[書籍紹介]高専生、歴史を学ぶ ~「あの戦争」は何だったのか~
はじめに
こんにちは、某高専 専攻科に通っているmoriです。
私は常々思っていたことがあります。
高専生、一般教養なさすぎる!!!
高専生は高校1年〜大学2年までの5年間(専攻科は+2年)を過ごしますが、理数系の講義が多い関係で、その中で、社会系(歴史、地理、公民など)の講義はほとんどありません。
私の記憶では、高専5年のうち、社会系の講義数は大体10個ぐらいだったと思います。(ちなみに、国語などの人文系の講義も少ないです…)
その影響もあり、高専生の一般教養周りは、普通高校出身の人たちと比べて、かなり知識が少ないです。
これによって、一般教養を学ぶことで得られるはずだった知識の幅が狭くなり、発想や思考の幅が狭くなる可能性があると個人的には思ってます。
歴史に関して言えば、私の好きな言葉で"歴史を学ぶことは陰謀論への処方箋"という言葉があります。繰り返される歴史の中で大衆がどのように扇動されてきたかということを学ぶことで、よくある陰謀論にハマりにくくなるという考えです。
上記のような考えから、私自身は最近、自分の興味の赴くままに歴史や地理の本を読むようにしています。
(偉そうなこと言ってますが、私の一般教養もかなり危ういです笑)
その中で、最近読んで最も勉強になった本を今回は紹介しようと思います。
1. 本書の概要
題名:「あの戦争」は何だったのか
著者:辻田真佐憲
出版社:株式会社講談社
日本における「あの戦争」を現在につながる大きな流れへと接続し、「われわれの物語」としてふたたび受け入れ、最終的に「あの戦争は何だったのか」という究極の問いに答えるための試みである。
最後の戦争、あの戦争、さきの大戦などよく言われるものは、一体何なのか、また、我々日本人はどのようにこれを受け入れていくかということについて書かれた本です。
2. 読書メモ
ここから下は、私が本書を読んだ際のメモの中で重要だと感じた部分です。 ※間違いもあるかもしれないので、実際に本書を読むことをお勧めします。
「あの戦争」の捉え方
15年戦争史観
満州事変からが「あの戦争」が始まったとする考え方。
平成天皇もおそらくこの考え方。
左派的な傾向が強めの史観。
「東亜百年戦争」論
林房雄が主張し始めた。
大東亜戦争は欧米列強の植民地主義に対する日本の反撃戦争の最終局面だったという考え方。
東亜百年戦争を東亜解放戦争と位置付けた。
右派的な傾向が強めの史観。
実証主義
上記のような大きな見取り図を排して、史料に基づいて細かく分析すべきという考え方。
現在の「大東亜」は日本をどう見ているのか
シンガポール
歴史館などでは、紹介している大東亜の国々の仮名で、最も日本に対して厳しい展示を行なっていた。
戦後の国民意識や国防意識を醸成する上で、日本による占領が使い勝手の良いシンボルだった側面も。
インドネシア
豊富な天然資源を持っており、石油などはインドネシアだけで戦前の日本の需要を満たせるほどだった。
歴史館などでは、シンガポールと同様に日本の行いを厳しく批判。
しかし、日本以上に旧宗主国のオランダに対して厳しい批判。
タイ
戦時中は日本と同盟国であり、米英にも日本に1ヶ月遅れて宣戦布告。
しかし、実際には日本と互いに不信感もあり、しばしば衝突も起きていた。
日本敗戦後はうまく立ち回り、宣戦布告を無効化。
このような事情もあり、バンコクの軍事博物館では、対日抵抗の歴史が強く強調されている。
中国・長春
南満州鉄道の北端に位置する土地
戦前の日本に対する肯定的な記述を見つけることはほとんど不可能。
中国において、中国共産党は抗日戦争の主力として戦ったという歴史観を掲げており、それが現在の一党独裁体制の正当性を支える重要な柱となっている。
当時の日本を再評価するような姿勢は、体制の根本を揺るがしかねず、政治的にも容認されない。
日本が一貫して中国侵略を企画していて、中国共産党が一貫して抗日を貫いたという物語を展開している。
しかし、恨みを継続すべきでないというのが国家としての公式見解として提示。
フィリピン
大東亜戦争最大の激戦地
フィリピン全体では戦争を通じて100万人以上が犠牲になり、このような悲劇的な記憶が強く残っている。
戦後しばらくの間、強い反日感情が根付いていたが、謝罪の意を示したことが和解への一因となった。
また、マルコス政権の圧政により、日本時代の圧政が相対化されたという側面もありはする。
現在は日本と友好関係。
上記のことから明らかになること
歴史とはやはり単なる事実の羅列ではなく、一定の歴史観や価値観に基づいて構成される物語である。
あの戦争はいつ終わるのか
終わりのシナリオ
風化
戦争が今や切実な関心の対象ではなくなりつつあり、こうした状況を踏まえれば、記憶の風化によってあの戦争が事実上終わるというのが最も現実的な形かもしれない。上書き
より大きな戦争、あるいはそれ以上に深刻な歴史的体験による、強制的な上書き。著者の理想
やがて、あの戦争がしかるべきところへ落ち着くこと。
歴史とは常に誰かの視点から語られる解釈であり、完全な客観性などないのだから、無理に客観性を装った、中立的な名称を求めなくても良いのではないか。
しかるべき落としどころは、100点や0点といった極端な発想にとらわれる必要は無いという視点が重要。
著者が選びとりたいのは、戦中日本の行動を小さく否定することで、日本と言う国自体を大きく肯定する道。(アジア主義を掲げていたこと、人種差別撤廃を主張していたことなどから学べることも大いにある)
昭和の戦争だけに注目すると、どうしても肯定的な説明が難しくなり、それを無理にやりやろうとすると荒唐無稽な歴史観に陥りやすい。
そのためあの戦争を近代史全体の文脈の中で捉え直す必要がある。
そうすることで極端に偏らない65点の歴史感が立ち現れるのではないだろうか。
3. 感想
今回、この本を読んで、日本の近代史の知識を得るだけでなく(戦時中の首相が東條英機だと初めて知りまし笑)、歴史というものがどのように構成されるか、そして、歴史を学び考えることの必要性を知ることができたと思います。
また、印象に残ったフレーズとして、以下の2つを紹介します。
自分はそもそも知らなかったと感じる人もいるかもしれないが、ここで重要なのはほんとに知っていたかどうかではなく、そのような言葉を受け取ったときに忘れないと応じる姿勢にある。知らなければこれを機に知れば良い。それが記憶を共有すると言うことの第一歩となるだろう。
我々の中には、中国など他国の歴史博物館はイデオロギー的に偏向していて、信用できないが、日本のものは中立的で信頼できると言う無意識の思い込みがあるのではないだろうか。しかし日本の歴史展示もまた常に正確とは限らない。むしろ日本には日本なりの問題や限界があるのである。
1つ目に関しては、現代のいじめにもつながるものがありますよね。「いつまで謝罪を続けないといけないんだ!!」や「そもそもそんなこと知らなかった!!」などを言い始めたら、両者の溝が埋まらないのだということをこのフレーズから学びました。
2つ目に関しては、私自身にも無意識のうちに、このようなバイアスが生じていたことに気付かされました。
2つ共通に言えることとして、一方の立場からの物事しか見えない・考えないことで、埋めることのできる溝を埋めることができず、学べることも学べないということが挙げられると思います。
これは、移民問題など、数々の対立問題を抱える、現代日本の我々が持つべき視点だと思いました。
4. 最後に
戦後80周年というこの年に本書を読めたことは、とても良かったなど思います。
近代日本史を学べるだけでなく、そこから、現代に活きる考え方や視点を得ることができました。
長くなりましたが、皆さん時間があれば、ぜひ読んでほしいと思います!!
これからも、本の紹介や、日々のあれこれ発信していこうと思っているので、応援よろしくお願いします!!
