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スイスの高級時計、オメガと双眼鏡のオメガは無関係 (双眼鏡の話)

 まずは世界中で有名なスイスの時計メーカーのオメガの話

時計のOMEGA(オメガ)
 オメガ(OMEGA)は1848年にスイスで創業した老舗高級時計ブランドです。当初から卓越した精度と宇宙開発やオリンピック公式計時などの偉業で知られ、代表作には月面着陸に帯同した「スピードマスター」や本格ダイバーズの「シーマスター」があります。

 1848年にルイ・ブランがスイスのラ・ショー・ド・フォンで工房を開設。
 1894年に画期的な高性能ムーブメント「オメガ(OMEGA)」を開発。これが大成功を収め、のちに社名となりました。
 1932年にロサンゼルスオリンピックで、スイスの時計ブランドとして初めて公式計時を担当。
 1965年には、スピードマスターがNASAの公式腕時計に認定され、のちに人類初の月面着陸を果たした時計として伝説になります。
 1999年には、革新的な「コーアクシャル機構」を導入し、摩耗を減らして長期間高精度を維持する技術を確立します。

 オメガの主な名品をあげたら枚挙にいとまが無いくらいです。
スピードマスター ムーンウォッチ
 宇宙飛行士と共に宇宙へ行った、世界で最も有名なクロノグラフ。
シーマスター ダイバー300M
 高い防水性とデザイン性を誇る、プロフェッショナル向けダイバーズウォッチ。
コンステレーション
 精度コンテストでの数々の勝利を記念して作られた、ドレッシーで気品あふれるモデル。
シーマスター アクアテラ
 高い耐磁性能と日常使いしやすいエレガントなデザインを融合させた万能ウォッチ。

 時計をよく知らない僕でも、シーマスターの緑やコンステレーションの青の文字盤に憧れたものでした。



 一方、ヤフーオークションなどでよく見かける双眼鏡のオメガを見てみましょう。

双眼鏡のOMEGA(オメガ)
 こちらは、昭和の戦後(1950〜1970年代頃)、東京の板橋区周辺に集まっていた中小・零細の光学機器メーカーが製造したものです。主に、輸出用や大衆向けにつけられたごく普通の双眼鏡のモデル名でしかありません。つまり、一般向けのごく普通のスペックの双眼鏡であり、大量生産されたであろうことから、希少性などはありません。

 実際、ヤフーオークションでは、よく見かけます。オークション等で見かける「オメガ」の双眼鏡の多くは、昭和の1950年代後半から1970年代前半(昭和30年代〜40年代頃)に製造されたものです。日本の光学産業が世界一の輸出量を誇り、最も勢いがあった黄金期に作られました。
 1970年代の後半に入ると、台湾企業や韓国企業などの台頭、さらに円高の影響によって板橋区の町工場による双眼鏡輸出は急速に衰退していきました。そのため、流通している「オメガ」の双眼鏡は、ほぼすべてが1970年代前半までに作られたヴィンテージ品(およそ50年以上前のもの)と考えても良さそうです。
 出品者によっては、OMEGAの前というか上にある√にも似たマークを混同してJOMEGAなどと表記しているものも散見されるのが、面白いとこでもあります。

 当時の板橋区は世界でも指折りの双眼鏡生産地でした。多くの町工場がそれぞれ自由なブランド名を掲げて国内外に輸出しており、そのひとつとしてギリシャ文字の最終文字で究極とか最高の意味があるとされるOMEGA名が使われたのかな?と推察されます。
 当時、板橋区の町工場の中には、A社は「レンズを作る工場」、B社は「金属の枠を作る工場」、C社は「組み立てる工場」というように分業化されているケースもあったと言われています。それらを束ねる「貿易商社(問屋)」が、海外で売れそうな名前として「OMEGA」というブランド(商標)を勝手につけて輸出していたため、実際の製造会社が表に出ていません。

 また、この時代はアメリカなどへの輸出向けに「見栄えのいい数字」を競って印字するのがブームになってました。文字盤に「30×50」や「50×50」といった、実際のサイズ(せいぜい7〜8倍程度)よりも明らかに大きな倍率が誇大にプリントされている場合、この時代の典型的な輸出用モデルです。もし、オークションなどで気になる双眼鏡が、そのような誇大な倍率であると表記されていたら、気をつけた方が良いかもしれません。

 双眼鏡のオメガには、製造した会社名は表に書かれていませんが、双眼鏡の金属部分をよく見ると、小さな文字で「J-B」や「J-E」から始まる番号(例:J-B 123 など)が刻印されていることがあります。これは当時、粗悪品の輸出を防ぐために使われた「コード番号」ですが、僕の手元にあるオメガの双眼鏡には、その刻字が見当たりませんでした。
 つまり、製造メーカーすら表に出ない形で問屋が取り扱っていた商品といえそうです。


最後の最後にもしもの話
『現在、双眼鏡のオメガがもし現役であったら?』
 もし現代で同じように「オメガ」という名前の双眼鏡を新しく売り出したら、時計のオメガのスイス本社から怒られ、商標権侵害で訴えられる可能性が考えられます。当時は御咎めなしであっても、現代の法律やブランド防衛の基準では完全にアウトでしょう。そう考えられる理由は3つです。
◯ 有名ブランドはジャンルを超えて守られる(著名商標の保護)
 本来、商標権は「時計」「カメラ」などのジャンル(区分)ごとに取得するのが一般的なようです。しかし、世界的に誰もが知っている「オメガ」のような有名ブランドの場合、「ジャンルが違っても、消費者が勘違いするような名前の使い方はダメ」という強い法的保護(著名商標の保護)が働きます。
◯時計のオメガも「光学機器」に深い関わり
 時計のオメガは、オリンピックの公式計時(タイム計測)を長年担当しています。現代のスポーツ計測には、超高性能なカメラやレーザー光線、光学センサーが使われており、これらはすべて「光学技術」です。そのため、別の会社が「オメガの双眼鏡」を出すと、「時計のオメガが作った公式の光学機器かな?」と一般の人が誤解してしまうため、厳しく差し止められます。
◯スイス・オメガ社の厳格なブランド管理
 現在のオメガは、世界最大の時計グループ「スウォッチ グループ」の筆頭ブランドです。大企業として世界中の商標を厳しく監視しており、ブランドイメージを傷つけたり、便乗したりするような動きには即座に弁護士を通じて警告文を送る体制が整っています。
 では、なぜ昭和の双眼鏡は怒られなかったのか?昭和の時代(1950〜70年代)にお咎めがなかった主な理由として考えられるのは…
◯インターネットがなかった。
 日本の小さな町工場が「オメガ」と刻印してアメリカの田舎町に輸出していても、スイスの時計本社が気づく術が無かったのかもしれません。
◯商標の法律が緩かった。
 当時は「時計」と「双眼鏡(光学機器)」は全く別のジャンルとして扱われており、国際的な商標の監視も現代ほど厳しくありませんでした。
◯ロゴを真似していなかった。
 時計の「Ω」マークは使わず、単にギリシャ文字の言葉として「OMEGA」と文字で書いていただけだったため、グレーゾーンとして見過ごされていた可能性があります。
 昭和のオメガ双眼鏡は、「のどかな時代だったからこそ存在できた、奇跡的なお下がりブランド」と言えます。今同じことをすれば、一発でOMEGA公式からストップがかかることでしょう。

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