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『パスト ライブス/再会』は大切な人がいるときに観る。

大切な人「と」いる時ではない。
大切な人「が」いるなら、1人で『パストライブス』を観よう。

どんなに愛し合っていようと、絶対に存在するその人の中の「届かない場所」。

愛することは全てを知ることではない。
知らない、分からないも全部ひっくるめて、
目の前の最愛の人を抱き止められるか。

『パスト ライブス』は、そんな強さに魅せられる作品だ。


映像美

監督、セリーヌソンは元々劇作家で、本作が映像としては処女作である。
映画監督として初めてとは思えないほど、彼女の映像は印象的な、オリジナリティのある切り取り方、色味を持つ。

この物語はノラ、ヘソン、アーサーの3人しかほとんど出てこない。
この3人の刻一刻と変化するそれぞれの関係を巧みな演出で表現するわけだが、
印象的なのは画面上の人物の距離感の作り方である。

そのセンスは冒頭のシーンでいきなり発揮される。

冒頭のバーで3人語らうシーン。
カウンターの向かいで3人を見ている客(私たち観客と一緒に)が、3人の関係性を予想する。
誰が友達で、誰がカップルなのか。はたまたそのどちらでもないのか。

会話の内容は聞こえないので、判断材料は3人の距離、表情、体の向きという視覚情報だけだ。
この冒頭のシーンですでにセリーヌソン監督の繊細な演出能力が爆発している。

この不思議な3人はどういう関係なのか?
そんな疑問を紐解く100分が始まるのだ。

またもう一つ演出方法として印象的だったのは、それぞれの関係性に変化を生みそうなシーンの直後、彼らの表情が見えないような撮り方をすることだ。

3人の関係が複雑化していく後半によく見られるが、ある時は強い逆光、ある時は背中越しに人物を撮る。

明快な解を観客に押し付けない、とても優しい余白に感じる。

「君の寝言は韓国語だけだ」

これは物語の後半、大人になったヘソンがノラに会いにきた時、アーサーがノラに放ったセリフだ。

ノスタルジックな偶像だったヘソンが実体を持って現れ、ノラは見るからに興奮気味である。
この時アーサーはこの2人のロマンチックな再会に強い不安を感じる。

知ってるかい?
君の寝言は韓国語だけだ

『パスト ライブス』

魅力的だけど、時々怖くなる。
君の中に僕が行けない場所があるように感じる
だから韓国語を学ぼうとした。

『パスト ライブス』

アーサーが自らの不安を赤裸々に語るこのシーンは、国籍の違いという明白な設定があるものの、全ての恋人同士が少なからず抱える不安ではないだろうか。

幼馴染でも、親でさえ、他人を完全に理解することはできない。
他者と完璧に分かり合えるはずなんてないことが表現された印象的なシーンである。

そんな強い不安にさらされるアーサーに対してノラは毅然と答える。

ここに辿り着いた
ここが私のいるべき場所だった

『パスト ライブス』

しかし翌日。
アーサーが初めてヘソンと出会う時。

ノラとヘソンが並んで立っているのを見て、
そのあまりの自然さに打ちひしがれ、アーサーは涙目になりながら彼を歓迎するのだ。

『パスト ライブス』

運命の人と最愛の人

ヘソンの帰国前最終日、彼ら3人は朝4時までバーで飲み明かす。
ここで冒頭のシーンに戻るが、最初の印象とは全く変わる。
そこに映るのは、運命の人と最愛の人に挟まれた女性の姿である。

途中まではノラが英語があまり話せないヘソンの通訳をしながら3人で話すが、次第に韓国語だけで2人の世界に入っていく。
その2人を眺めるアーサーの目は憧憬と悲哀に満ちている。

この対話の中でノラに会わずにはいられずNYにやってきたヘソンは、彼女への想いを語りながら少しずつ心の整理がついていく。

ここに来てよくわかった
君は君だから旅立った
君が君だから僕は好きだ
そして君は去っていく人なんだ

『パスト ライブス』

まだ12歳だったけど、僕は彼女を愛した

『パスト ライブス』

誠実な言葉である。
彼の目にはもう未練はない。

ラストシーン

2人でヘソンのウーバーを待つ2分間。
2人は絶妙な距離を保ちながら、
何かが起こることを期待して、何も起こらないことを願うように沈黙のまま車を待つ。

106分の中で最も静かで、最も雄弁なシーンだ。

そして何も起こることはなく、もしくは何かが起こる前に車が到着する。
去り際ヘソンは「来世で会おう」と笑顔で伝え車に乗乗り込む。

ヘソンを見送り、ノラは涙を流しながら家路につく。
家の前ではアーサーが煙草を吸いながらノラを待っていた。
何も喋らず、アーサーがノラを抱き寄せ、ノラはアーサーの胸で咽び泣く。

『パスト ライブス』

運命に弄ばれずに愛せるか

作中で主人公たちが「もしあのタイミングで他の人と会ってたら」という話を何度かする。
もしあの時出会っていたら、運命の人は違ったのではないかと。

でも人生に「もし」はない。
今たどり着いているここが、きっといるべき場所なのだ。

人生は、自分がコントロールできない出会いのタイミングでほとんど決まっていくのかもしれない。
でも、もしそんな中、愛し合える人と出会えたなら、全力で目の前の人を愛そうと思う。
ラストシーンでアーサーがノラを抱き寄せた時、改めて思えた。

もし私の大切な人が、前世のイニョンに引き裂かれそうになった時も、
正面から愛して抱き止めてあげられるようになっていたい。

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