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〝意識高い系〟

 10年くらい前、めちゃくちゃ耳にしていたこのワード。なんか最近聞かなくなったなぁと思って生成AIに尋ねてみたら、もう死語だと言われました。デスヨネ。

 相手を揶揄する表現ですよね。
 〝意識高い系〟に限らず、たぶん日本人に多い傾向だと思っているんです、こういう風潮。

 もともとは普通に、その意味どおり褒め言葉として用いられていたと記憶しています。おおよそ20年前くらいでしょうか。
 それがいつしかネガティブな意味で用いられるようになった。

 またまた生成AIに尋ねてみたんですが。
 このフレーズは、

「中身が伴わないのに自分を過剰に演出する人」
を、皮肉るネットスラングとして広く定着した

 とのことでした。

 確かにそういうイメージあります。

「え、何そんな必死にちゃってんのォ〜?」



 〝意識高い系〟に限らず、この国では遥か昔からこのカルチャーが根付いて今に至るのではないかと推測します。一生懸命な人を指差して嘲笑うことにより、劣等感から目を背け、己を保とうとする。
 特に調べたわけではありませんが。

 目標に向けて頑張っている人を見ると、努力していない自分自身を省みて恥ずかしくなり、反動で、その相手を馬鹿にしてしまう。
 私自身、そういったダサい根性が自分の中にあるし、過去そういった言動をしてきた自覚があります。

 「え、てかそれ何アピールなの?」とか。
 「あいつうざくない?」と陰口叩くとか。

 そんな心理が働くのだと。
 無理やりマウンティングすることで、自分は負けていないという立場を取ろうとするというか。
 いや、必死になってんのはどっちだよ。お前、負け負けだかんな?

新時代を切り拓くのはいつだってファーストペンギン



 人間として、精神的に卑しいですよね。
 結果が伴おうがそうでなかろうが、はたまた自分を過剰に演出する目的であろうが、前向きに歩んでいる人は、何の自己研鑽もしていない人より、はるかに素晴らしい。

 妬み嫉みの類。
 中高生くらいだったら、そういう感情を抱くのはわかります。思春期ってそんなもんですよね。
 しかし、いい大人になってなお、そのマインドが直らないのは恥ずかしいことです。が、よく見かけますよね、そういう人。
 冷笑の文化。

 これは持論ですが、妬み嫉みを笑いに昇華できるのであれば構わないと思っています。攻撃じゃなくて、相手がオイシくなるイジリ。言われたほうも「おいしくしてくれてありがとう」と思ってくれるなら。
 一方、ただただ貶めようとする行為は、人としての器が小さすぎると言わざるを得ません。
 自戒を込めての記事でした。

妬み嫉みをエネルギーにして笑いに変える達人


 〝意識高い系〟が死語となった今は、何がこういった「揶揄フレーズ」に該当するのでしょうか…?
 昭和生まれおじさんの私としては、無知が故にうかつに使用して周囲を不快にさせていないか怖いので、気になるところです。


 持つのであれば、自分を客観視して判断する〝意識〟〝高く〟持ちたいものです。





山ちゃんの相方:「ハスってんじゃねーぞテメェ!」

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