〝飲みハラ〟
飲み会で交流を深める意味はある
VS
飲み会なんてクソだ、強要すんな
という構図。今の時代だと後者が優勢かと思います。圧倒的に…ッ!
新人時代
私は若い頃、会社の飲み会が大っ嫌いでした。
乾杯の音頭が行われた直後、いちばん偉い人の席へ皆がグラスを持って媚びへつらいに並ぶ長蛇の列ができるのを「気持ち悪っ」と思って眺めていました。
「俺は絶対に、媚び諂わないぞ」と。
私は、お酒が飲めません。
これは典型的な感覚だと思うのですが、上司の武勇伝をひたすら聞かされ、お酌をし、自分の座席から動かないでいると「もっと卓を回ってコミュニケーション取らなきゃダメだよ」と説教され、シラフのまま酔って崩れていく人の様をただ見つめるだけの、ひたすら苦痛の時間。
ときには、いい大人が喧嘩し始めることも。勘弁してくれよ…
メインの宴席が終了すると、途方もない苦痛・心労からやっと解放されたという思い。二次会など行くわけもなく、逃げるようにコソコソ帰ってました。
おまけに、翌日、あんなに馬鹿騒ぎしていたはずの人たちが、かしこまって「昨日は、ありがとうございました」と頭を下げ合っている。
いや、親睦を深める目的だったんちゃうんかい!なんで関係性がリセットされてんの!?
じゃあ、やっぱ飲み会の意味なんてないじゃん!!
そう思って私は会社の〝形式的な、半強制型の宴席〟に参加するのを一切やめました。そんな暇があったら自己研鑽や趣味の時間に充てたい。
行くんなら、本当に語り合いたい人同士で集まればいい。
心から尊敬している人の話は聞きたい。
軽蔑している人の話など聞きたくない。
何が「飲みニケーション」だよボケ!

リアルな話でいうと、まだ「アルハラ」という言葉自体は存在していませんでしたが、上司が部下にお酒を強要するような文化は既に古いとされている時代でした。
ただ「ソフドリでもいいから、みんな宴席には必ず参加しようね!という空気感」は残っていました。
なにその同調圧力?ジジイ達に付き合ってられるかよ!
そんな感じでこそこそ避けて過ごしていると、あるとき管理職から呼び出され、説教を食らいました。「君は飲み会に参加していないそうだな」と。
曰く、「あれは、労うべき人たちがいて行なっている儀式なんだ。君自身の感情など関係ない。欠席するということは、その方々に対して失礼だ」と。
納得できなかった私は「労いの形は飲み会だけとは限らないんじゃないですか」「飲めない人もいるのに強要するのはおかしいと思います」などと折れることなく反発し続け、その結果「もういい」と上司から見限られてしまいました。
↑この動画から示唆を得て今回の記事を書きました
続・新人時代
ここまでが、非正規雇用だったときの話です。
その後、私は、晴れて正式採用となり、新たな部署に配属されました。
そのときに、改めて決意したんです。
個人的に、飲み会なんてくだらねぇと思っている。
でも、ちゃんと経験してみもせず頭ごなしに否定するのは違うんじゃないかと。
だったら、新人としてこれから1年間、我慢して徹底的に全ての飲み会へ出席してやろうじゃないか。しかも、二次会だろうが四次会だろうが、常に最後まで先輩方に付き合ってやる。
そして2年目を迎えたタイミングで大声で言ってやるんだ。
「俺はこの1年間、その場から得るものなど何も無かった」
「ほら、やっぱり飲み会なんて意味がないだろ!?」って。
・どれだけ忙しくても全ての飲み会に参加する
・どれだけ深い時間でも必ず最後まで付き合う
・どれだけ眠くても翌日の仕事に穴は空けない
このルールを自らに課し、1年間やり遂げました。
まあ、元気な20代だったからできたことですね…。
そうやって苦手なことと向き合い続けた結果、確実に得たものがあります。
飲み会を開催したがる人の気持ちと、それを嫌がる人の気持ちの両方が理解できた。
後者はもともと持っていたわけですが、前者の心理を学べたのは大きかったです。
〝この老害たちとどう付き合っていけばいいのか〟が、普段の仕事にも生かされるようになり、段々と「この人は尊敬できないな」と毛嫌いしていた上司とも円滑なコミュニケーションが取れるようになっていきました。
非正規雇用時代の不器用だった私からすると、かなりの成長を遂げた思います。自画自賛ですが。

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えー。告白します。ここまで、嘘を付いていました。
私、本当はお酒めっちゃ好きです。 ←オイ
1人で家で飲むのは大好きなんですよ。成人になってから、毎日のように晩酌してました。でも飲み会は大嫌いだったので、職場では下戸のふりをしていたんです。強要されそうになっても「自分、まじで飲めないんで」と、頑なに断っていました。
人前で酔っ払う自分を見せるのも、人前で酔っ払っている他人を見るのも不快だったから、偽っていたわけです。
深夜、辛抱しながら四次会までシラフで上司に付き合った後、帰宅してビールのロング缶がぶ飲みしてストレス解消してました(もちろん、翌日、運転しなきゃいけない場合は控えていましたよ)。

続続・新人時代
自身の成長を実感し「嫌な経験からも、得るものはある」と学んだ私は、1年限りと決めていたこの〝修行〟を、2年目以降も継続しようと決意することになります。
特にキツかったのが、会社内のサークルの飲み会なんですけど(興味なくても強制的に所属させられていました)、平日でも関係なく毎回、朝3時くらいまで続いてました。
宴会がスタートしてからずっと、毎回同じ先輩方の「武勇伝」を聞かされながら、常に卓上を見渡し、誰のグラスが減っているかを確認しつつ、眠い目をこすりつつ、私はセコセコ動いてお酌をし続けます。
おかげさまで以前の自分には備わっていなかった〝気遣い〟というスキルが徐々に育ちました。
そうすると、です。
〝テッペン〟回ったあたりから、先輩が私の奉公を認めてくれて、今までのくだらない話を止めて、真剣に仕事の具体的なアドバイスをしてくれるんです。
そうなるとこっからは俺のターンです。私は、ここぞとばかりに、仕事の悩みをひたすら相談しました。
サークルなので他部署の先輩とも交流できるため、新鮮で参考になる話がたくさん聞けるんですよ。
それが、すごく為になりました。
教わったことを実践し(シラフなんで翌日もちゃんと覚えてます)、自分なりに改良し、そうして継続していくうちに私は結果を出し、社内で周りから評価されるようになりました。
嫌なことと敢えて向き合ったことで、成長のスピードが加速度的に上がったと感じています。

飲み会が苦手な若い世代へ
もちろん、ここまで述べてきたのはあくまで私個人のエピソードであり、誰にでも当てはまるわけではありません。
飲み会など一切行かず、既存の常識や上司にも反発しながら、才能だけで成果を上げて出世する人だっています。
ただ私のような凡人は、先輩のありがたい助言を糧にして自分の業務に活用することで成長できたタイプだったというだけです。
2026年現在、〝飲みハラ〟〝アルハラ〟なんてほとんど無くなったでしょう。
けど時代が変わったとはいえ「気難しい先輩」は常に存在すると思いますし、その懐に潜り込むスキルは持っていて損はないかと。
いや、職場に限った話ではなく、飲み会に限った話でもなく、自分と異なる価値観を有している相手に対して、否定から入るのではなく歩み寄ろうとする姿勢は大切なことではないでしょうか。そう思います。
飲み会のコール曲、色々あると思いますが、わたしの世代は↑が定番でした。
