行きたい時に行っとかんと ~人生初の奄美大島へ~
きっかけは、先生のひとこと
7月に奄美大島に行くことになった。竹細工の仲間たちと。
最初のきっかけは、先生がグループラインに投げたひとこと。「7月に奄美に行くけど、誰か一緒に行きませんか?」
その時は、正直あまり興味が持てなかった。暑そうだし、遠いし。特に返事もしなかった。
ところが1か月後、毎年恒例のカモミールパーティーで、今度は直接誘われた。
「来年は行けないかもしれないから」
先生は75歳。山奥に分け入って竹を切り、重い竹を担いで運び、それを私たちに教えてくれる人だ。その背中を見ていると、とても「高齢者」という言葉が浮かばない。
動きは軽く、目は真剣で、竹のことを話す時はいつも楽しそうだ。だから私も、先生の年齢をあまり意識したことがなかった。
すでに行くことになっていたのは今泉さん。私より少し年下で、独身の彼女はさっぱりした性格で、いつも場の空気を明るくしてくれる存在だ。「先生の介護目的で行くんです」と笑った顔が、いかにも彼女らしかった。
なるほど、いくら気心の知れた仲間とはいえ、男女二人での旅となればいろいろ気を使うこともある。もう少しメンバーを増やしたかったのだろう。周りを見れば、みんな家庭があり、誘いにくそうだ。私は一応息子はいるが、もう大人だ。きっと誘いやすかったんだろうな。
「なんでそんなに奄美に行きたいの?」と聞くと、先生は少し遠くを見るような顔をした。
「若い頃、仕事で沖縄に行った時に見た海の青さが忘れられない。でも仕事だったから、ほとんど楽しめなかった。だから、あの海で、ただのんびりしたいんだ」
そして、少し間を置いてこう続けた。「もう、来年は行けないかもしれないから」
その言葉が、胸に刺さった。
「いつか」は、案外来ない
先生は今でも誰より元気に見える。でも、75歳という年齢は確かにそこにある。来年も元気でいる保証は、誰にもない。それは先生だけじゃない。私だってそうだ。
「いつか行こう」「そのうちやろう」と思っていることが、たくさんある。でも、そのいつかは、案外来ないのかもしれない。
そう気づいた瞬間、急に奄美の海が見たくなった。
私も沖縄に行ったことがある。その時「沖縄の海は世界一きれいだ」と本気で思った。世界中の海を見たわけでもないのに、あの青とも緑とも言えない色を見ているだけで、幸せな気持ちになった。
先生が何十年も忘れられなかったという海は、いったいどれほどのものなのだろう。一緒に見てみたくなった。
背中を押してくれた言葉
向かいの席を見ると、真由美さんと目が合った。彼女は家庭を持ちながらも、ずっと竹細工を続けている。「行ってみたいね」とぽつりと言った声に、私も同じ気持ちだと気づいた。でも、5泊はさすがに無理。親のこともあるし、仕事もある。そんな話をしていたら、高橋さんがやって来た。
事情を聞いた高橋さんは、迷う私たちにこう言った。
「お金がある時は時間がない。時間がある時はお金がない。年を取ったら両方あるかもしれんけど、今度は体力がない。行きたいと思った時に行っとかんと、行けんなるで。お金は後でどうにでもなる!」
高橋さんはいつもこうだ。難しい顔をして迷っている私たちを、笑いながら一言で吹き飛ばしてくれる。その言葉に、真由美さんと顔を見合わせた。確かにその通りだ。
結果、5人で行くことになった
その後、望さんも加わることになった。もともと今泉さんに誘われて、行こうかどうしようかと迷っていたらしい。そこへ私たちが「行こうか」という話になったものだから、気持ちが傾いたようだ。望さんはいつも少し慎重で、でも一度決めたら覚悟が決まる人だ。彼女が来てくれるなら、心強い。
こうして、気がつけば総勢5人の奄美大島行きが決まった。先生のように5泊はできないけれど、私と真由美さんは2泊3日。それでも十分だ。
あんなに興味がなかった奄美大島なのに、行くと決まった途端、急に楽しみになってくる。不思議なものだ。どんな海なんだろう。先生が何十年も忘れられなかった青い海は、本当にそんなにきれいなのだろうか。
旅は決まった瞬間から始まっている
これからが大変だ。飛行機を探して、宿を決めて、レンタカーも予約しなければならない。でも「旅は決まった瞬間から始まっている」というのは本当だと思う。
幸い、息子はもう大人だ。食事も仕事も、自分でどうにかできる。たまには、自分のための時間を使ってもいい。
5人で見る奄美の海が、どんな色をしているのか。先生が若い頃に見た沖縄の海と、同じ青さなのか。それを一緒に見るために、動き始めた。
