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23.景色が、距離の決まりを忘れた日

田んぼを見に来ました。

水はしっかり入っています。稲もずいぶん伸びて、出穂したばかりの頃にはまっすぐビーンと立っていた穂が、少しずつ垂れ下がってきました。葉の色も、あの頃より少し薄くなっています。

よく見ると、粒の色があまりよくないところもあります。ひと株だけではなく、どの株にも、ところどころ。

少し気になります。

でも、畦にしゃがんで稲と同じ高さに目線をそろえていると、そういう細かなところを、しばらく横に置いておいてもいいような気がしてきました。

目の前には、数え切れないほどの茎と葉と穂が重なり合っています。それぞれ一本ずつの稲なのに、これだけ集まると、もう何か大きなひとつのものに見える。

圧倒的な生命の塊。

豊か、という言葉も浮かびます。

命、という感じもする。

けれど、力強くこちらへ迫ってくるわけではありません。風がほとんどないので、みんな静かに、ただそこにいます。

遠くの林や竹林からは、虫の音が絶えず聞こえていました。その中にはセミの声も混じっています。まだ夏といえば夏なのだけれど、ずっと聞いていると、夏の音の奥に、もう次の季節が入り込んでいるような気もしてきます。

いつものように、遠くを走る電車の音も聞こえます。右のほうからひとつ、左のほうからもうひとつ。別々の場所から近づいてきた音が、田んぼの向こうで一度重なり、また離れていきました。

虫の音も、電車の音も、ずっと聞こえているのに、田んぼは静かです。

ほとんど動かなかった空気が、ときどき、まとまりになってこちらへやってきます。

すると、それまで黙っていた稲が、

ざわざわざわ。

一斉に少しだけ話し始める。

目の前の稲が揺れ、その先の稲も揺れ、黄緑から黄色へ移りかけた田んぼの表面が、さあっと色を変えていきます。

毛足の長いシャギーの絨毯を、手のひらでダダダザッと撫でたときのようです。風という見えない手が、広い田んぼをひと撫でする。通り過ぎると、稲はまた静かになり、何事もなかったようにそこにいます。

視線を少し上げると、稲穂の上にはトンボが飛んでいました。

一匹、二匹という数ではありません。気づかないうちにずいぶん増えていて、あちらにもこちらにも、たくさんのトンボが行き交っています。その向こうを、鷺らしき白い鳥が飛んでくる。さらに遠くには、小さな飛行機が見えます。

その全部の背景に、空がありました。

視界の三分の一ほどに見えている青空は、パキッとした青ではなく、鮮やかな水色でもありません。少し白みがかっているような、霞んでいるような。でも、霞んでいると言ってしまうと、何かが違う。

パステルとも違う。

やわらかい水色。

やさしい水色。

はっきりしていないのに、妙にきれいな水色。

その名前のつかない空を、雲の塊がゆっくり横切っていきます。手前ではトンボが飛び、その下では稲が静かに立ち、遠くの林からは虫の音が聞こえ続けている。

太陽は雲に隠れていて、日差しはそれほど暑くありません。ときどき届く風は、水の上を渡ってくるからなのか少し湿っていて、それでも涼しく、肌に触れると心地よい。

ああ、なんという世界なんだろう。

そんな言葉が浮かびました。

なんだか分からないけれど、涙が出てきます。

理由を考えるより先に、また風が来て、稲がざわざわと話し始めました。

立ち上がると、枝豆の匂いがしました。まだ豆はできていないのに、近づくだけで、もう枝豆の匂いがする。葉なのか、茎なのか、それとも草全体がこの匂いを持っているのか。目に見える実より先に、匂いの中ではもう枝豆になっていました。

足元の用水路には、驚くほどの勢いで水が流れています。どこかでまとまった雨でも降ったのでしょうか。さっき肌に触れた穏やかな風も、この激しい水の流れも、同じ田んぼの中にあります。

そのとき、また遠くを電車が通りました。

見慣れているはずの電車が、今日はなぜか、とても大きく見えます。

田んぼの奥行きは何も変わっていないのに、線路ごと、いつもよりこちらへ近づいてきたようでした。

目の錯覚だろうと思って見送ると、しばらくして反対側から、もう一本の電車が来ました。

それも、やっぱり大きい。

おかしい。

右から来ても、左から来ても、今日の電車は大きい。

風が来ると稲が話し出し、セミや虫たちの声には、もうかすかな秋の気配が混じっています。まだ実のない黒大豆からは、近づくだけで、もうあの青い匂いがする。空の水色にはうまく名前がつかず、遠くを走る電車は、線路ごとこちらへ近づいてきたように見えます。

私はまだ、同じ田んぼの畦にいました。

変わったのは、景色のほうだったのでしょうか。

どうやら今日は、景色が距離の決まりを忘れていたようです。





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