コメダか、びっくりドンキーか。朝から本気で迷った話
今日は休み。
朝から、記事の続きを書こうと思って、カフェでモーニングをしながら作業することにした。
そこで、まず迷った。
朝活を最後までやってから出かけるか。
それとも、途中で切り上げて、7時の開店に合わせて出るか。
朝活は6時頃から7時過ぎまで。
モーニングは7時から。
別に今日は平日だし、7時ぴったりに行かなくても、すぐ満席になるわけじゃない。
だったら、最後まで朝活やってもいいんじゃない?
そんな声も出てくる。
でも結局、途中で切り上げて出ることにした。
……で、決めたあともまだ考える。
最後までやってもよかったんじゃない?
そんなに急ぐ必要あった?
もう決めたのに、会議が終わらない。
次は、どこへ行くかで迷う。
びっくりドンキーか、コメダか。
びっくりドンキーは少し遠い。
でも、机が広い。
人も少なめ。
少し薄暗くて、作業には集中しやすい。
ただし、モーニングのパンとコーヒーは、私はコメダのほうが好き。
コメダは家から近い。
パンもおいしい。
コーヒーも好き。
でも、机は少し狭いし、店内は明るめで、お客さんとの距離も近い。
コーヒーのおかわりもできない。
迷う、迷う、迷う。
なんで私は、こんな小さなことでこんなに迷うんだろう。
車に乗ってからも、まだ決まっていなかった。
よく、自分に聞いてみるといい、と言う。
なので聞いてみた。
「どっちがいい?」
すると、
「今日は、おいしいパンが食べたいからコメダかな」
と出てきた。
あ、そうか。
じゃあコメダにしよう。
そう決めて、コメダへ向かった。
でも、道中でもまだ頭は考えている。
びっくりドンキーのほうが集中できたんじゃないか。
コメダを選んで本当によかったのか。
私はたぶん、決めたあとに残るこの「気持ち悪さ」を、ずっと、
間違った証拠
みたいに扱ってきたんだと思う。
選んだのに未練がある。
まだ考えている。
すっきりしない。
ということは、ちゃんと決められていない。
成長していない。
また同じことをやっている。
そんなふうに。
でも最近、もしかしたら逆なのかもしれないと思い始めた。
気持ち悪さが残っていても、決めたことをそのままやってみる。
その気持ち悪さを消すために、もう一度考え直さない。
「本当にこれでよかったのかな」と頭が言っていても、
まあ、今日はこっち。
で進んでみる。
これまで私は、決めるたびに採点していた気がする。
正解だった?
間違ってた?
成長できた?
また同じことやってない?
でも、もしかしたら、その採点自体をやめてみる必要があるのかもしれない。
決める。
やる。
終わり。
それくらいでいいのかもしれない。
……と思っていた、その日のこと。
コメダで2時間ほど作業していたら、だんだんお店が混んできた。
待っている人もいる。
この店舗は、混雑時は2時間を目安に退席するルールになっている。
なので、そこでコメダを出た。
でも、困ったことに。
私はすっかり勉強モードに入っていた。
まだやりたい。
もう少し続きをやりたい。
そこで向かった先は、
びっくりドンキー。
朝、あれだけ
コメダか。
びっくりドンキーか。
と悩んでいたのに、
結局どっちも行った(笑)。
しかも、びっくりドンキーでもちゃんと集中できた。
なんだ。
そもそも二択じゃなかったんだ。
朝の私は、
どちらかを選んだら、もう片方は失う
みたいな顔をして、ずいぶん真剣に悩んでいた。
でも現実は、
朝はコメダ。
そのあと状況が変わったから、びっくりドンキー。
それだけだった。
選択って、未来まで全部決めることじゃないのかもしれない。
その時点で、
「今はこっち」
と決めるだけ。
そして状況が変わったら、またそのとき選べばいい。
閉じるって、
もう二度と選ばないことじゃない。
今の選択を、いったん終わらせること。
そしてまた必要になったら、新しく開けばいい。
そう思ったら、
「選ばなかったほうへの未練を、きれいに消さなきゃ」
というのも、少し違う気がしてきた。
惜しいなら、惜しいままでいい。
気持ち悪さが残っていてもいい。
それでも、そのとき選んだほうへ一度進んでみる。
そして、採点しない。
なんだか今まで私は、
「正解を選ぶこと」
にずいぶん力を使ってきたけれど、
もしかしたら大事なのは、
選んだあとに、いったんそこを生きることなのかもしれない。
……まあ、この日の私は、
コメダもびっくりドンキーも生きましたけどね(笑)。
