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零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep8 死なない形

階上から笑い声が聞こえた。
サルカが受付のカウンターに寄りかかった。
「リナ、あれは?」
「マッシさんが引退らしいです」
「それで笑ってるのかい」
リナは帳面に手を添えたまま、声を落とした。
「子どもが、できたらしいです」
サルカが目を細めた。
「そうかい。当分は死ななくなったねぇ」
階段を、ミラが上がっていった。
上の笑い声が、増えた。
ニルは階上を見ていた。

扉が開いた。
床を軋ませながらガルドが歩いた。
長卓の椅子を引いた。
リナが受付台から身を乗り出してガルドを見た。
サルカと顔を見合わせた。
「どうしたんでしょう」
「放っておきなよ」
「……はい」
ニルが掲示板へ歩いた。
依頼書を剥がして、受付台へ置いた。
サルカが覗き込んだ。
「おや、やるのかい?」
「うん」
「ニルも面白いことするねぇ」
サルカが長卓のガルドを見た。
「リナ、書いておくれ」
「いいんですか?」
「面白いじゃないか」
サルカは長卓に歩いた。
「ガルド。行くよ」
ガルドが顔を上げた。
「三人、か」
「不満かい」
「俺は、何をすればいい」
サルカが口元をゆるめた。
「斬る以外にできるのかい?」
サルカが声を出して笑った。

リナが紙を持って階段を上がった。
ギルド長が陶杯を置いた。
「どうした」
リナが紙を机に置いた。
「いいですか」
ギルド長は紙を受け取った。
前髪をかき上げて、目を閉じた。
背を椅子に預けた。
「ガルドとニルか」
「サルカさんもです」
ギルド長は目を開け、頭の後ろで指を組んだ。
「好きにさせろ」
口元を少し緩めた。
リナは紙を持って階段を降りると、長卓へ歩いた。
紙を胸の前に下げた。
「処理、しますね」
「ニル。行くよ」
サルカがニルを呼んだ。
ニルのローブの裾が床を擦らなかった。
扉が開いて足音が重なった。

暁の男たちが入ってきた。
軽口の男が長卓を見た。
「わりぃ、先行っててくれ」
リーダーが頷いた。
軽口の男が言った。
「赤いやつか」
ガルドが椅子を引いて立った。
「あぁ」
「痛みは」
「ない」
「そーかよ」
それから軽口の男はサルカとニルを見た。
「死なねぇな」
軽口の男は向き直って右手を振って、受付台へ行った。

ガルドは大剣を背負った。
「お散歩、だっけ?」
「なんで知ってる」
サルカはリナを見た。
「お散歩行くよ」
「うん」
「散歩、か」
ガルドがニルの後ろについた。
「行ってくるよー」
サルカが扉を押した。
リナは別の受付に紙を渡していた。
「いってらっしゃい」
受付台の横から、ミレイが声を張った。
ガルドは振り向かなかった。
扉が閉まった。

サルカが振り向いて言った。
「ガルド、何後ろを歩いてんだい」
「いや、これでいい」
「よく分からない男だねぇ」
「うん」
ニルが頷いた。
ガルドが背負い紐を直した。
「行く前から、始まってる」
「そうなのかい?」
「あぁ」
「力抜きなよ。死にに行くんじゃないんだから」
「うん」
ニルがまた頷いた。

ギルドの扉が開いた。
片目の男が女の冒険者と入ってきた。
そのまま長卓へ歩いた。
壁際に座っていた男が笑った。
「お前、依頼くらい見てから飲めよ」
片目の男が返した。
「座ってるお前に言われてもな」
壁際の男が長卓へ来た。
女の冒険者が言った。
「バルトじいは? 昨夜、飲みすぎてたんだよ」
「備品倉庫で寝てるんじゃないのか?」
「またか」
三人が笑った。
扉の金具が鳴った。
軽口の男と暁の男たちが列で出ていった。
「すげーな、騎士団みてーだ」
「死なずに帰るだけで、女は助かるんだよ」
女の冒険者が言った。
扉が閉まった。
「あたし、バルトじい見てくるね」
女の冒険者が椅子を引いた。
しばらくして、バルトじいを連れてきた。
受付台の前を過ぎるとき、
「倉庫は家じゃありません」
リナが言った。
「そうじゃったぁ」
バルトじいが返した。
二人はそのまま長卓に座った。

森の緑の匂いが濃くなった。
靴の先が草を分けた。
時々、枝が鳴った。
「黙ってられるとこっちまで重くなるね」
サルカが足を止めた。
「ガルド、こっち来な」
ガルドが顔を上げた。
「なんで変な歩き方してんだい?」
「暁が、やってた」
「暁」
ニルが言った。
サルカがガルドの顔を見て、深く息を吐いた。
「あたしらは暁じゃないよ」
「そう」
ニルが返した。
「ニル、暁はずっとこれかい?」
「うん」
「そうかい」
「うん」
「それは暁の死なない形だね」
「うん」
サルカはニルを見た。
「ガルド、ニルと歩きな」
「うん」
ニルがガルドの横へ寄った。
「パーティ」
ニルが帽子を直した。
「まだ俺は、パーティか」
ガルドがニルを見た。
「うん」
ニルが答えた。

「サルカ」
ニルが森の奥を指した。
サルカが目を凝らした。
「見えないねぇ。わかるのかい?」
「うん」
「そうかい。じゃあ、あっちだね」
サルカが歩き出した。
二人もその後を歩いた。
サルカがニルを呼んだ。
「あいつかい?」
指した先に赤く動く何かがいた。
「うん」
「もう少し近づくかい」
「うん」
「ガルド。いたよ」
ガルドが大剣の柄に指をかけた。
ガルドが声を落とした。
「どこだ」
「あんた、何やってんだい?」
サルカが笑った。
「もう少し近寄らないと、わかりにくいかね」
そのままサルカは歩いた。
「ガルド。指、離しな」
サルカが前を向いたまま言った。
ガルドは腕を下げた。

木が倒れる音が聞こえた。
茂みの向こうで、レッドベアが別の木に爪を立てていた。
「どうする」
ガルドは声を落としたままだった。
「やめておくれよ」
サルカが声を出して笑った。
「ニル、正面を真後ろに傾けるからね」
「うん」
「サルカ?」
ガルドが首を傾げた。
「なんだい、分からないのかい」
「分かるやついるのか?」
「ニルは分かってるみたいだねぇ」
サルカがニルを見た。
「うん」
ニルが頷いた。
「うん、じゃねーよ」
ガルドが頭を掻いた。

「じゃあ、あたしがやってくるから待ってな」
「おい」
ガルドが言った。
サルカはそのままレッドベアに近寄った。
「一人で行くな」
ニルがガルドに言った。
「パーティ」
ガルドは足を踏み出したまま止まった。
レッドベアがサルカを見て吠えた。
「おい」
ガルドが柄に指をかけた。
「待って」
ニルが手を横に伸ばした。
ガルドは胸の傷を押さえた。

サルカはそのまま歩いて、宙に指で円を描いた。
「お前の正面は真後ろだよ」
サルカはレッドベアに背を向けた。
レッドベアがサルカへ爪を振り下ろした。
レッドベアの背中が裂けた。
レッドベアが吠えた。
ガルドは口を開いていた。
それから頭を振った。
「ニル」
ニルが顔を向けた。
「あれはなんだ」
「魔法」
「そーじゃなくて」
「正面を真後ろにした」
ガルドは額に手を当てた。

「ニールー、いいよ」
サルカがニルを呼んだ。
ニルが歩いて出ていった。
「おい、お前まで」
ニルが振り向いて言った。
「パーティ」
レッドベアは首を回していた。
「ニル、好きにおやり」
「うん」
ニルはそのまま歩いて、レッドベアの前に立った。
レッドベアが立ち上がった。
ニルの帽子の上に、影が落ちた。
前脚が高く上がった。
ニルが一歩、横へ入った。
支えていた後ろ脚に、指先が触れた。
森の音が消えた。
「ゼロ」
レッドベアの腰が落ちた。
後ろ脚が崩れた。
膝が土に落ちた。
レッドベアがまた吠えた。

「ガルド、何してんだい」
ガルドが腰を低くして茂みから出てきた。
それを見たサルカが笑った。
「まっすぐ、あいつの前に立ちな。そして首を落としな」
ニルが戻ってきた。
「足の中、止めた」
ニルが言った。
「やればいいんだろ、やれば」
ガルドが腰を伸ばして、肩を回した。
「ニル、まっすぐでいいんだよな」
「うん」
ガルドはまっすぐレッドベアの正面へ歩いた。
レッドベアの後ろ脚に重さが残っていた。
ガルドはまだ腰を低くしていた。
「なんだい、その格好は」
サルカが言った。
「うるせぇ」
ガルドが前を向いたまま返した。
ガルドはレッドベアの前に立った。
「でかいな」
ガルドは、柄を絞った。
革手袋が鳴った。
腰を入れて下から踏み込んだ。
肩が遅れて、大剣が走った。
レッドベアの首が落ちて転がった。
ガルドは大剣を振って、血を払った。
草に血が飛んだ。
「なんなんだ!」
ガルドが吠えた。

ガルドはしばらくレッドベアを見ていた。
それからレッドベアの腹を手のひらで叩いた。
「肉、なのか」
ニルが横で頷いた。
ガルドは収納袋の口を開けた。
中から荷車の持ち手が少し出た。
「持って帰るのかい?」
サルカが言った。
ガルドは手を止めた。
「いや、いい」
荷車を袋に戻した。
「首だけ入れていきな」
「体はどうする?」
「回収班に頼むんだよ」
「そうなのか」
「あんた、一人だったから知らなかったんだね」
「あぁ」
ガルドはもう一度、レッドベアの腹を手のひらで叩いた。
「サルカ」
「なんだい」
「こいつは血抜きした方がいいのか?」
「どうやって吊るすんだい?」
ガルドがレッドベアの体を回った。
「うん、それもそうだな」
「回収班が上手くやるんだよ」
「なら、いいな」
「うん」
ニルが頷いた。
「ニル、頼めるか」
「何」
「首、凍らせてくれ。このままだと袋の穴から血が落ちる」
「わかった」
ニルの指がレッドベアの首に触れた。
「ゼロ」
垂れていた血が止まった。
ガルドはレッドベアの首を収納袋に入れた。
袋の口を縛った。
ニルはガルドを見た。
「パーティ」
ガルドが頷いた。
「あぁ、パーティだ」

ギルドの扉が開いた。
サルカが先に入った。
ニルとガルドが並んで入ってきた。
「リナ、戻ったよ」
サルカが声をかけた。
リナが受付台に立った。
「おかえりなさい」
「報告書、書いとくれ」
「はい」
「いいかい、あたしが正面を真後ろにした」
「僕が足の中を止めた」
ガルドが一歩踏み出した。
「俺が首を落とした」
リナが顔を上げた。
「はい、ガルドさんが首を落とした」
声が少し大きかった。
リナが振り向いた。
視線の先にミレイがいた。
二人の口元が緩んだ。

「首はどこで確認する」
ガルドが言った。
「少し待ってくださいね」
リナが受付台を回って、階段を上がった。
しばらくしてギルド長が降りてきた。
「足は出してないのか」
ギルド長が言った。
口元が緩んだ。
ギルド長が収納袋に手を入れ、レッドベアの毛を掴んだ。
そのまま袋から出した。
「凍ってるのか」
「ニルに頼んだ」
ガルドが答えた。
ギルド長はニルを見た。
それからレッドベアの首を正面から見た。
「リナ。レッドベアだ」
「はい」
リナが帳面にペンで書き込んだ。
「体は」
「置いてきた」
「西の奥だよ。大岩の先。頼めるかい」
サルカが言った。
「リナ、手配してやれ」
「はい」
リナが奥へ行った。
「ガルド、袋ごと回収班に回せ。少し待ってろ」
ギルド長が階段を上がった。

しばらくしてギルド長が手すりに出た。
「ガルド、使え」
布をガルドに投げた。
ガルドが受け取った。
布を両手で開いた。
口紐が垂れた。
「収納袋」
ガルドが階上を見た。
「ギルドの紋章じゃないか」
サルカが言った。
「貸すだけだ。引退するまで死ぬな」
ギルド長はそう言って、奥へ戻った。

しばらくしてギルド長が壁を叩いた。
「サルカ、来てくれ」
サルカは階段を上がった。
「悪いな。こっちに入ってくれ」
ギルド長が奥の扉を開けた。
「ここで話をするってことは、良くないことだね」
「あぁ」
「妃が呪われたらしい」
「それはまた面倒な話だねぇ。で、あたしに何の話だい」
「解けるか」
「できないことはないさ。ただ、あたしも何が起きるか分からないよ」
ギルド長が前髪をかき上げたまま止まった。
「神殿はどうしたのさ」
「神殿か」
「セルナがいるだろ」
「その、拒絶の魔女がな……」
「なんだい」
「国王を拒絶してる」
サルカが笑った。
「何してるんだい、あの子」
「俺も詳しくは知らん。歩いても歩いても、誰も部屋に近づけないらしい」
「そうだろうね。拒絶なんだから」

サルカが足を組み替えた。
「ミルゼに頼むかい? 先に治ったことにする」
「因果の魔女も考えたんだが、つなぐ原因がない」
「面倒だねぇ」
「まさか、同じこと考えてないよね。ニルはだめだよ」
ギルド長は額に手を置いた。
「理由は」
「冷えちまうんだ。使いすぎると」
「そうなのか」
「下手すりゃ、ニルが止まっちまう」
ギルド長が天井を見上げて目を閉じた。

酒場の円卓で軽口の男が飲んでいた。
「ガルド」
軽口の男が呼んだ。
ガルドは木のジョッキを手に円卓の椅子を引いた。
大剣を外して、椅子の横に置いた。
それから座った。
「やったのか。赤いやつ」
「あぁ」
「どうだった」
「やった気がしない」
ガルドが答えた。
軽口の男が腸詰めをかじって、木のジョッキを傾けた。
「やった気ってなんだ」
「なんかこう、うぉぉぉって」
「それがなかったのか」
「なかった」
ガルドが木のジョッキを傾けて卓に置いた。
「なら、死ににくくなったな」
軽口の男が言った。
「そうなのか」
ガルドが皿を見た。
「食え」
軽口の男が皿を押した。
ガルドが腸詰めをかじった。
軽口の男が木のジョッキに指をかけた。
「俺はその、やった気ってのはもう忘れた。倒れてくれりゃそれでいい」
「そうなのか」
「首は落ちたろ」
「あぁ」
「それでいいんだ」
軽口の男が手を上げた。
「おい、こっち、こいつに肉だ」
「はーい」
店員が厨房に入った。


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