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零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep11 炊き出しの順番

エルフがギルドの扉を押して入った。
朝日が入って、すぐに閉じた。

エルフは長卓のそばで足を止めた。

「ガルド、ずいぶん暖かそうな首だね」

「これか。レッドベアの毛を分けてもらったんだ」

「ガルドはすごいな。あの二人と組んで、よく首が残っている」

受付台の奥で、ミレイの手が止まった。

ガルドは口元を上げた。
「それが俺の役割らしい」

ミレイのまばたきが遅かった。

「隣町はどうだった」

「静かな町だった。ギルドには騎士団が出入りしていたな」

「妖精狩りはどうなった」

「よく分からんが、今はどこにも売られていない」

「よかったな」

「あぁ。ここの森は青くていい。離れがたいな」

ガルドは陶杯を傾けた。

「森へ帰るのか」

「もう森を出て長い」

「そうか」

「今日はそれを言いに来た。名を置いていく。エレーナだ」

「エルフは名乗らないはずじゃなかったか」

「意味があれば名乗る」

ガルドは陶杯を傾けて、頷いた。

「帰れる時に帰れ。それがいい」

「あぁ、そうさせてもらう」

エルフは受付台へ歩いた。

「ミレイだったか」

ミレイが立ち上がった。

「あの男はいいやつだ」

ミレイは下を向いた。

「私が連れて帰りたいくらいだ」

ミレイが顔を上げた。

エルフがミレイと目を合わせた。

ミレイは頷いた。

エルフは一度ガルドを見て、扉を押した。

ギルドの扉の外から笑い声が入った。
誰かが振り向いた。
扉が開いた。
足音がした。
剣の鎖が鳴った。

片目の男が扉へ走った。

「蒼月じゃねぇか」

蒼月の男たちが片目の男と手を打ち合わせた。
乾いた音が鳴った。

「今、帰ったところだ」

奥の円卓から声が飛んだ。

「お前ら生きてたか」

「なんとかな」

蒼月の男が円卓へ手を上げた。
ギルド長が階上の手すりに寄りかかった。

「戻ったか」

手すりを見上げて、蒼月の男が言った。

「もう行かねぇぞ。魚は食い飽きた」

ギルド長が笑った。
蒼月の男たちも笑った。

誰かが言った。

「蒼月の連中にエールだ。俺のおごりだ」

「おかえりなさい」

リナの声が少し大きくなった。
蒼月の、弓を背負った男が受付台の方を見た。
リナの口元は上がっていた。

厨房で皿が鳴った。
店員が木のジョッキを抱えて厨房から出てくる。
木のジョッキが卓に並んだ。
店員はまた厨房へ戻った。

ガルドは陶杯を置いて椅子を引いた。
ニルは依頼の紙を見ていた。
ガルドが横に立った。

「指名はないのか」

「うん」

ニルは紙を剥がしてガルドに向けた。

「孤児院の修理、か。俺たちは大工か」

「やったことない」

「そうか」

「これも冒険」

「そうか」

「ミレイも来る。炊き出しがある」

「そうなのか?」

「ミレイの順番は今日」

ニルは紙を持って受付台へ歩いた。

「おい、ニル」

ガルドが後に続いた。
ニルが振り向いて口元を緩めた。
受付台で、紙をリナに渡した。

「ニルさん、おはようございます」

リナが首を傾けて口元を上げた。

「お願い」

「孤児院の修理ですね。いいんですか?」

「うん、ガルドとやる」

「サルカさんは」

「サルカは今日はいない」

「わかりました」

ニルが頭を下げた。

「いってらっしゃい」

リナの声が通った。
受付台から離れて、ガルドはニルに一歩寄った。

「ニル、リナが元気だな」

ニルは長く息を吐いた。
それから、ガルドの背中を二度叩いた。

「何だよ、ニル」

ニルは口元を緩めた。
受付台の奥で、ミレイが口を押さえていた。
肩が小さく震えていた。

ガルドは扉の前に立った。

「行くか」

ニルが扉を押した。

ギルドの通りに風が吹いた。
小さな渦が土を巻いて崩れた。

二人が顔を背けた。

「ニル、寒くないか」

「大丈夫」

ニルがローブの袖口を少し引いた。
下に服の袖が見えた。

「新しい服か」

「うん、リーダーから」

「そうか」

「兄と呼んでいいってリーダーが言ってた」

ニルの口元が緩んだ。
ガルドが笑った。

肉屋の店主が手を上げた。
ガルドが手を上げて返した。
風に、ニルは帽子を押さえた。

ガルドは歩幅をニルに合わせた。

角を曲がってしばらく行くと、子どもたちの声が聞こえた。
ガルドが手を上げた。

「ギルドから来た」

大工たちが視線を合わせた。
手を上げる大工がいた。
いくつかの視線がすぐに外れた。

「何をしたらいい」

ガルドが言った。
老いた大工が顎をしゃくった。
木材が積み上げられていた。

「運べばいいのか」

ガルドが言うと、大工たちは道具を持って散った。

「ニル、修理だよな?」

「うん」

「壁も屋根もひでぇな。運べるか」

「大丈夫。重さを止める」

「俺を運んだやつか」

「そう」

ガルドは材木を二束、肩に担いだ。
靴底が土を削った。

「重さを止める?」

ニルがガルドを見た。

「いや、いい。働くってそういうことだ」

「そう」

ニルは木材に触った。

「ゼロ」

風に声は消えた。
それから二束、肩に担いだ。

大工が言った。

「おいおい、どこにそんな力があるんだ」

「重さを止めた」

「重さを? なんだって」

「止めた」

「そこに置いとけ」

そう言って釘をくわえた。
ガルドは腰を叩いていた。
そしてまた二束、肩に担いだ。

「おっちゃんすげーな。こんなに持てるのか」

子どもが言った。
靴の先から指が覗いていた。

「あぶないぞ」

ガルドが笑った。
子どもは走ってニルの方へ行った。

「兄ちゃんもこんなに持てるのか」

さっきより声が大きかった。
ニルは何も言わず、担いだまま歩いた。

「おい、兄ちゃん!」

大工がニルを呼んだ。
大工が二人、木を持っていた。

「軽いな。何をした」

「重さを止めた」

「ずっと軽いのか」

「夜には重くなる」

「そうか」

老大工が声を張った。

「おい、こっちからやっちまうぞ」

大工たちが集まった。

「持ってみろ」

「なんだこれ」

「この兄ちゃんがやってくれた」

後ろから見ていた大工が口を挟んだ。

「これは楽でいいな。今日でやれるんじゃねぇか」

「さっさと作っちまうか」

大工が動き出した。
柱に板を渡す。
ノコギリが粉を上げる。

「そっち持て」

「もう持ってる」

大工たちの声が響いた。
ガルドがニルに近寄った。

「俺のもやってくれるか」

「うん」

ガルドが腰に手を当てた。

「運んだぞ。次は何をすればいい」

ガルドが聞いた。
大工が奥から声を張った。

「ノコギリは使えるのか」

「使える」

ガルドはニルの手に触れた。
声を落とした。

「冷えたか。魔法の使いすぎだな」

「うん」

「ミレイのところで手伝え」

「わかった」

ガルドが大工たちへ声を張った。

「こいつは魔法切れだ。あとは俺を使え」

「魔法切れってなんだ」

「魔法切れは魔法切れだ」

向こうで木を切っている大工がガルドを呼んだ。

「こっちを頼む」

ガルドが木を切りながら言った。

「なんで屋根も壁もこんなにひどいんだ」

「この前の嵐と、あとは金だな」

「そうか。早いとこ、作ってやりてぇな」

後ろから老大工の声が飛んだ。

「なら、手を止めるな」

ガルドが返した。

「あぁ、そうだな」

しばらくすると、老大工が言った。

「休むぞ」

「おっちゃん、冒険者か」

子どもがガルドの前に来た。
ガルドがしゃがんだ。

「あぁ、そうだ」

「海、知ってるか」

「海はデカい」

「デカいのか?」

ガルドは子どもの頭に手をのせた。

「あぁ、デカい。なんでも飲み込んじまう」

子どもの目が少し大きく開いた。

「シスターは広いって言ってたぞ」

「それは昼の海だな」

子どもは走って向こうへ行った。
ガルドとニルは積んだ木材に腰をかけた。

「冷えたのは大丈夫か」

「うん。このくらいなら」

「魔法は冷えるんだな」

「うん、止めるから」

ガルドは落ちていた木の皮を拾った。

「なぁ、ニル。親はいるのか」

ニルは裾のおがくずを払った。

「分からない」

「何もか」

「うん」

ニルが横を向いた。

「ガルドは?」

ガルドは立ち上がって、顔を少し上げた。

「オヤジはまだ帰ってこないだけだ」

「そう」

「そうだ」

小さな女の子がガルドの前に来た。
ガルドがしゃがんで目を合わせた。

「どうした」

小さな女の子が泣き出した。
男の子が走ってガルドの前に立った。

「泣かすな!」

ガルドは両手を開いて、上げた。
木の皮が揺れて落ちた。

「俺は何もしてない」

男の子は女の子の手を引いて、向こうへ行った。
柱の影から女の子がガルドを見て、また泣き出した。

「ニル」

「ん?」

「俺、怖いか?」

「大きいから?」

「泣かれるのは、嫌だな」

「うん」

大工が木の板を木片で叩いた。

「始めるぞー」

ガルドはノコギリを握った。

「ニル、ミレイの方へ行ってろ」

ニルはローブの裾を払って歩き出した。

大工が柱を登っていた。
ガルドが下から声をかけた。

「俺はどうする」

「登れるのか」

「あぁ、このくらいなら」

「来るな。お前みてぇなデケェのが来たら倒れちまう」

大工たちが笑った。

「屋根の板、取ってくれ。そっちじゃねぇ、手前のだ」

ガルドが板を手渡すと、大工たちが藁の上に板を敷いた。
金槌が板を叩く音が響いた。
それがいくつも重なった。
ガルドは板を手に取って、上げた。

「少し重くなってきてる」

大工が受け取った。

「そういうもんなんだろ」

屋根が張られていった。
下から見える空が、少しずつ消えた。
老大工が板を木片で叩いた。

「飯だー」

ギルドの職員たちが大鍋を運ぶ。
ミレイとニルはパンの木箱を運んだ。
大工たちは、鍋の周りに集まった。
ミレイがパンを手渡した。

「並んでください」

大工たちの手が伸びて、箱のパンが消えた。
ミレイの肩が下がった。
職員が木の器にスープを注ぐと、それもすぐになくなった。
ニルは箱の中を覗いた。

「だから子どもたちは向こう」

「そうなんです」

ミレイが空の箱を重ねた。

子どもたちがニルのローブを引いた。

「遊ぶ」

パンをくわえている子もいた。
ニルは口元を緩めて、子どもたちと向こうへ行った。
ニルの手をつかんだ子が、その手を離した。

「兄ちゃんの手、冷たいな」

ニルは手をこすり合わせた。
子どもがまたニルの手を引いた。

「まだ冷たいな。ちゃんと飯食ってるか」

横の子が後ろ歩きしながら言った。

「シスターが言ってたぞ。飯食えば温かくなるって」

ニルはそのまま手を引かれた。

ガルドは一人、木材に腰を掛けていた。
隣にミレイが腰を下ろした。

「汚れるぞ」

「わかってます」

「そうか」

「聞いていいか」

ミレイがガルドに目を向けた。

「はい」

「あそこで走ってる女の子に泣かれた。俺の顔は怖いか」

「怖くはありません」

「遠くにいても、泣かれた」

ガルドは木の皮をつまんで剥がした。
ミレイは目を閉じて、長く息を吸った。

「あなたが、怖がってるから」

「……そうか」

風が土を舞い上げた。
ミレイが顔をそらした。

「すまない」

「何が、ですか」

「……すまない」

向こうで子どもが笑った。
ニルが追いかけられていた。

空が赤く孤児院を照らしていた。
大工たちが道具を片付けていた。

「兄ちゃん、おかげで終わった」

「そう」

「素っ気ねぇ兄ちゃんだな」

大工がニルの肩を叩いて笑った。
子どもたちが孤児院の扉から出たり入ったりしている。
笑い声が重なっていた。
シスターが腰を折った。
その後ろに女の子が隠れて、ガルドを見ていた。

「ありがとうございます」

ガルドが頭をかいた。

「俺じゃなくて、みんなだ」

ミレイの口元が緩んでいた。

「ニル、帰るぞ」

二人は孤児院に背中を向けた。

「兄ちゃん、また頼むぞ。デカいの、あんたもな」

ガルドは前を向いたまま手を挙げた。
ニルが袖のおがくずを払った。

酒場の長卓では、バルトじいとサルカが陶杯を傾けていた。

「バルトじい、ここんとこ見なかったね」

「馬を見てての」

「馬かい」

「旅に、の」

そう言って陶杯の薬草茶に目を落とした。

「そうかい」

サルカが陶杯を卓に置いた。
陶杯がかすかに鳴った。

奥の卓で笑い声が上がった。
蒼月と暁の男たちが歌っている。
バルトじいが陶杯を空けた。

ギルドの扉が開いて、ニルとガルドが入った。
ニルが受付台に立った。
ガルドは受付台までは来なかった。
リナが首を傾けて口元を上げた。

「おかえりなさい、ニルさん」

「屋根も壁もできた」

リナは帳面を開いて、ペンで書きとめた。

「早かったですね」

「うん」

ニルは頭を下げて、受付台から離れた。

「ニル、こっちだよ」

サルカが手を挙げた。

「サルカ来てた?」

ニルが椅子を引いた。

「バルトじい、元気ない」

そう言ってから、ニルは手を挙げて薬草茶を頼んだ。
サルカが陶杯に指をかけた。

「バルトじいは元気だよ」

バルトじいはニルと目を合わせた。

「わしは元気じゃよ」

「そう」

店員がニルの前に陶杯を置いた。

ガルドは扉の前にいた。
振り向いたサルカと目を合わせると、扉を押した。
通りを歩く猫が見えて、扉が閉まった。

奥の円卓でまた笑い声が上がった。
木のジョッキが鳴った。
また誰かが歌い出した。


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