零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep10-2 待つのも役目
女官は、ガルドの靴先を見た。
それから、椅子に立てかけられた大剣へ目を移した。
「先日も立っていらっしゃいましたね」
「あぁ」
「それは剣を立てかけるものではありません」
「わかってる」
「でしたら、お座りになってはいかがでしょう」
ガルドは壁に大剣を立てかけて、椅子を引いた。
そして座った。
大剣は、ずれて横に倒れた。
柄が石の床に当たった。
硬い音が響いた。
「おい」
「おい、ではありません」
ガルドは口を閉じた。
「すまない。こっち側は、何も分からない。笑ってくれていい。呼び方を教えてくれないか」
「女官。女官様、などと言われる方が多いです」
「そうか」
「様は、いるのか」
「薬草茶に焼き菓子が添えられるかもしれません」
「女官さま、剣はどこにおいたらいい」
「まず、座り方がなっていません」
ガルドが立ち上がった。
「腰を深く入れすぎです」
「深く?」
「休む場所ではありません。待つ場所です」
ガルドは椅子の前に立ったまま、背もたれを見た。
「座るな、ということか」
「座ってください」
「難しいな」
「難しくありません」
女官は椅子を指した。
「背を預けない。足を開かない。剣を壁に立てかけない」
女官は椅子を見た。
「呼ばれたら、すぐ立てる形で座ります」
ガルドは大剣を見た。
「剣は」
「持ったままで」
「抜かないぞ」
「当然です」
「なら、なぜ持つ」
女官は扉を見た。
「あなたは、そういう方として呼ばれています」
ガルドは大剣を片手に椅子に座り直した。
背中を預けなかった。
膝を閉じようとして、途中で止まった。
女官はその足元を見た。
「もう少し」
「これ以上は、剣が邪魔だ」
「剣ではありません」
ガルドは自分の膝を見た。
「俺か」
「はい」
女官は頭を下げて、部屋から出た。
ガルドは立って、腰を回して、また浅く座った。
顎を引いて、背筋を伸ばした。
女官が花の描いてある白い器を運んできた。
白い卓に置いた。
皿には焼き菓子が添えられていた。
ガルドはそれをしばらく見た。
「これは、どう飲む」
女官が視線を上げた。
「普通にお飲みください」
「指を入れるのか」
女官は少し黙った。
「入れません」
「どこを持つ」
「持ち手に指を添えます」
「入れないのか」
「入れません」
「面倒だな」
「作法です」
ガルドは息を吐いた。
「剣の方が楽だ」
ガルドが持ち手を摘んだ。
皿が小さく鳴った。
茶器を傾けた。
「味が分からないな」
「味わうものではありません」
「じゃあ何で飲む」
「香りを楽しむためです」
「それがこっち側なのか」
「そうです」
ガルドは焼き菓子に目を落とした。
「すまない。これは持って帰っていいか」
「一度お出ししたものは持ち帰れません」
「そうなのか」
「はい」
「世話になった人がいる」
「そうですか」
ガルドはもう一口飲んで茶器を置いた。
また皿が鳴った。
窓から入る光が向きを変えていた。
向かいに立つ女官が、ガルドを見た。
「お疲れですか」
「座ってる方が疲れる」
「しばらくお待ちいただくことになります」
「体を動かす場所はあるか」
女官は窓の外を見た。
「隣に騎士団の練習場がございます」
「騎士って柄でもねぇ」
「では、こちらでお待ちください」
ガルドは茶器を見た。
大きな花の柄が窓の光に照らされていた。
「わかった」
少ししてから、顔を上げた。
「隅でいい。頼む」
「確認いたします」
女官が部屋を後にした。
しばらくして、扉が開いた。
騎士が入ってきた。
腰に剣を下げている。
騎士はガルドを見た。
「お前は何をしている」
ガルドは立ち上がった。
「待ってる」
「待っている?」
「俺はそこから先には入れない」
「不満か」
ガルドは首を横に振った。
「しょうがない。待つのも俺の役目だ」
騎士はガルドを見ていた。
それから、扉の方へ顔を向けた。
「なら、来い」
ガルドは女官を見た。
「女官さま、帰る時は」
「お知らせいたします」
「すまない」
女官は頭を下げた。
騎士は廊下へ出た。
ガルドも続いた。
練習場は、広かった。
床には砂が敷かれていた。
木剣の音が鳴っている。
若い騎士たちが並び、同じ動きを繰り返していた。
ガルドは端に立った。
「なぁ」
騎士が横目で見た。
「なんだ」
「あんな木の棒で強くなれるのか」
周りの若い騎士たちの手が、少し止まった。
騎士は木剣を一本取った。
「やってみるか」
ガルドは大剣を立てかけて、木剣を受け取った。
二度、手首で木剣を振った。
「軽いな」
「誰とやる」
「誰とやればいい」
騎士は自分の木剣を持った。
「私とだ」
二人は向かい合った。
若い騎士たちが少し下がった。
騎士が先に踏み込んだ。
木剣が鳴る。
ガルドは受けた。
足をずらし、横へ流す。
騎士の木剣が戻る。
ガルドは遅れて合わせた。
また鳴った。
騎士の口元から歯が見えた。
「型が無茶苦茶だな」
「わりぃか」
「悪くはない」
騎士の足が前へ出る。
ガルドは肩を引いた。
木剣が胸の前を抜ける。
ガルドはそのまま、騎士の手元へ木剣を滑らせた。
騎士が手首を返して止めた。
二人は少し離れた。
練習場が静かになっていた。
騎士は若い者たちを見た。
「誰か、やりたい者はいるか」
一人の若い騎士が前へ出た。
「俺がやってみたいです」
ガルドは若い騎士を見た。
「怪我させていいのか」
若い騎士の顔が少し赤くなった。
つま先で地面を突いた。
騎士が言った。
「構わん」
「そうか」
若い騎士は木剣を構えた。
背中が伸び、木剣の握りもきれいだった。
そのまま、まっすぐ突っ込んだ。
ガルドは半歩横へずれた。
若い騎士の木剣が空を切る。
ガルドは木剣の腹で、若い騎士の尻を叩いた。
乾いた音がした。
若い騎士が振り返った。
ガルドは木剣を肩に乗せた。
「そんなんじゃ、コボルトも斬れないな」
若い騎士の顔がさらに赤くなった。
「もう一度」
「来い」
若い騎士はまた踏み込んだ。
目が、木剣を追った。
ガルドは木剣を滑らせた。
若い騎士の手元が開く。
ガルドの足が、若い騎士の膝の外を軽く蹴った。
若い騎士は砂の上に片膝をついた。
「卑怯だ」
ガルドは若い騎士を見下ろした。
「戦場では、敵は蹴らないのか」
若い騎士は口を閉じた。
ガルドは木剣を下ろした。
「振ったら終わりなのか。振ったあとに油断するな」
若い騎士は立ち上がった。
「もう一度」
「やめておけ」
騎士が言った。
若い騎士は振り返った。
「しかし」
「そこまでだ」
騎士はガルドを見た。
「十分だ」
ガルドは木剣を返した。
「騎士は面倒だな」
騎士は木剣を受け取った。
「冒険者も面倒そうだ」
「そうでもない」
ガルドは砂のついた靴を見た。
「魔物は作法を知らないからな」
練習場の入り口で、女官が立っていた。
「ガルド様」
ガルドが顔を上げた。
「戻るのか」
「はい」
ガルドが大剣を背負った。
「わかった」
若い騎士が頭を下げた。
「ありがとうございました」
ガルドは片手を上げた。
「尻、冷やしとけ」
若い騎士が小さく息を吐いた。
女官は何も言わず、廊下へ向いた。
ガルドは女官について、練習場を出ようとした。
背後から声がした。
「ガルド」
ガルドは足を止めた。
騎士が、木剣を肩に乗せて立っていた。
「また来い」
ガルドは振り返った。
「俺は冒険者だ」
「冒険者も年を取る」
「俺は平民だ」
「身分はどうにでもなる」
騎士は、若い騎士たちを見た。
それから、ガルドへ目を戻した。
「中身はどうにもならん」
女官がガルドの横で待っていた。
騎士が言った。
「暇な時に来い」
ガルドは片方の眉を上げた。
「それは命令か」
「ああ」
騎士は笑わずに言った。
「残念だったな。俺は騎士団じゃねぇ」
少しして、男が笑った。
ガルドも笑った。
ガルドは片手を上げてから、女官の後について廊下へ出た。
白い廊下に戻ると、女官が包みを差し出した。
「これは」
「焼き菓子です」
「持って帰れないんだろ」
「こちらは、お出ししていません」
ガルドは包みを受け取った。
「女官さま、なんて言えばいい」
「ありがとうございます」
「そうか。ありがとうございます」
ガルドは馬車の扉を押した。
中で、ニルは窓の外を見ていた。
エルフの女は向かいに座り、ニルの手を見ていた。
馬車が動き出した。
しばらくして、ニルが言った。
「ガルド」
「あぁ」
「何してた」
ガルドは窓の外を見た。
「素振りだ」
「そう」
「お前は」
「止めた」
「そうか」
「うん」
馬車の車輪が石畳を踏んだ。
ガルドはニルの手を見た。
「冷えてるのか」
「うん」
ガルドは外套を外してニルの膝に置いた。
「かけとけ」
「うん」
エルフの女が言った。
「歩かせるなと言われた」
ガルドはエルフの女を見た。
「サルカか」
「そうだ」
「なら歩かせない」
ニルは外套を手に乗せた。
「歩ける」
「そうだな」
白い王宮が、少しずつ後ろへ離れていった。
ガルドは一度だけ、王宮の方を見た。
すぐに前を向いた。
「帰るぞ」
「うん」
しばらくすると、窓の外には子どもたちが走っていた。
ガルドは収納袋の中を覗いた。
包みを見て口を閉じた。
店の灯りが土の道を照らしていた。
ギルドの扉が開いた。
ガルドたちが入った。
暁のリーダーが壁に寄りかかっていた。
「ニル」
ニルが頷いた。
「大丈夫」
「そうか」
エルフがリーダーの前で足を止めた。
「歩かせるなとサルカが言っていた」
リーダーは頷いた。
「ニル、宿へ帰るぞ」
ニルはリーダーに連れられて出ていった。
ガルドは二人の背中を見てから、受付台の横へ行った。
ミレイが顔を上げた。
「王宮の菓子だ」
包みを差し出した。
ミレイは椅子を引いた。
「私、ですか?」
「あぁ。女官さまが、包んでくれた」
ミレイが包みを両手で抱えた。
ガルドがミレイの手に視線を落とした。
「ありがとう、ございます」
ガルドが言った。
ミレイの口元が少し緩んだ。
ガルドは長卓へ歩いた。
軽口の男と片目の男が木のジョッキを傾けていた。
「座れ、ガルド。お前のもある」
軽口の男が木のジョッキを押した。
ガルドが椅子を引いた。
「で、ミレイか」
ガルドの口が開きかけて止まった。
「飯でも誘ったか」
片目の男が身を乗り出した。
ガルドはエールを一口飲んだ。
「いや、誘ってない」
「誘わねぇのか。お前でも怖いか」
「行くって言われた方が、怖い」
「なんだよ、それ」
軽口の男が椅子に背中を預けた。
片目の男が言った。
「朝から大変だったらしいな」
ガルドが木のジョッキを卓に置いた。
「そうでもない」
「そうか」
「でも、大変だった」
「どっちだよ」
ガルドは肩を回して座り直した。
「座り方を教わった」
軽口の男はガルドを見た。
「今も座ってるじゃねぇか」
「そうじゃなくて、な」
「なんだよ」
「膝だ」
「膝?」
「膝をつけろと言われた」
片目の男は自分の膝を見た。
それから、膝を寄せた。
「こうか?」
「もう少し背を伸ばす」
片目の男が背筋を伸ばした。
ガルドも同じように伸ばした。
「こうだ」
片目の男はそのままジョッキを持ち上げた。
少し飲む。
すぐに息を吐いた。
「疲れるな」
軽口の男も同じ姿勢のまま飲んだ。
「味がわからねぇな」
片目の男は膝を開いた。
「王宮のやつら、これで一日いるのか」
軽口の男が笑った。
奥の円卓で女の冒険者たちが笑った。
ガルドの背筋が戻った。
木のジョッキを手にして傾けた。
誰かが手を上げた。
「肉とエールだ」
厨房で皿が鳴った。
ガルドは木のジョッキを置いた。
手を握った。
親指の位置を少しずらした。
肘から先を小さく振った。
ギルドの高い窓から灯りが漏れていた。
「終わりですよ」
酒場の店員が冒険者を揺すっていた。
階上でギルド長が低い長椅子に背中を預けていた。
「落ち着いたみたいね」
ミラが卓に薬草茶を置いた。
湯気が上って、広がった。
「夕方、騎士団から来た」
ギルド長が卓の上の封筒をミラに押した。
ミラが封筒を開けた。
抜いた紙が小さく鳴った。
「妃様の件ね」
「あぁ」
「褒美って」
「ニルだな」
「嫌がりそうね」
ギルド長は薬草茶を一口飲んだ。
「ガルドも別件だ」
「……騎士団の臨時指導員」
「あいつは何をしたんだ」
酒場の椅子が卓に逆さまに上げられた。
木が鳴った。
