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零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep10-1 妃の腕

ギルドの前に馬車が一台、止まっていた。

ニルはそこで足を止めた。

馬車の横に、宮廷薬師が立っていた。

「ニル様。お待ちしておりました」

「五の日じゃない」

ニルは馬車を見た。

薬師が馬車の扉を開けた。

「中でお話しさせてください」

ニルは頷いた。

ニルは馬車に乗った。

薬師も続いた。

扉が閉まると、外の音が少し遠くなった。

「妃様の呪いを、見ていただきたいのです」

「僕は治せない」

「それで構いません」

薬師は膝の上で手を重ねた。

「何が起きているのか、それだけでも知りたいのです」

ニルは窓から外を見ていた。

「では、参りましょう」

薬師が言った。

「待って」

薬師の手が止まった。

「はい」

「パーティ」

「……ニル様しか入れません」

「そう」

ニルは扉に手をかけた。

「帰ります」

「お待ちください」

ニルは扉を開けた。

通りの先で、ガルドがエルフと歩いていた。

ガルドは前を向いていた。

エルフが顔を横に向けた。

「ガルド」

ニルが呼んだ。

ガルドは手を剣の柄にかけたまま走った。

馬車の前で止まった。

ガルドはニルを見て、薬師を見た。

「何だ」

ニルは薬師を見た。

「パーティ」

薬師は一度、目を伏せた。

「……わかりました。護衛ということでよろしければ」

ガルドが薬師に目をやった。

「俺は護衛じゃねぇ」

薬師は頭を下げた。

ガルドは馬車を見て、それからニルを見た。

「その形が要るんだな。めんどくせぇな、お前らは」

ガルドが馬車に乗った。

ニルは奥に座った。

薬師が扉を閉めた。

馬車が動き出した。

石畳の音が続いた。

ガルドは向かいに座って、膝に肘を置いた。

「面倒か」

「うん」

「そうか」

ガルドは背もたれに体を預けた。

「なら、聞かなくていいな」

「うん」

「乗合馬車よりずいぶん楽だな」

「うん」

薬師は二人を見た。

そのまま目を閉じた。

馬車は王宮の門をくぐった。

一つ目の門が開いた。

馬車は進んだ。

二つ目の門の前で止まった。

薬師が先に降りた。

「ガルド様は、こちらまでです」

ガルドは馬車を降りた。

靴底の下で音が割れた。

「わかってるよ」

ニルも降りた。

ガルドはニルを見た。

「行ってこい」

「うん」

ニルは薬師の後について歩いた。

女官が、ガルドの前に立った。

「こちらへ」

靴の音が石に返った。

ガルドは女官の後ろを歩いた。

壁の白さに立ち止まって首を回した。

「上まで白いんだな」

外に目をやると、庭の花が見えた。

「こちらへ」

扉の前で女官が頭を下げた。

扉が開いた。

中には椅子と、白い卓があった。

「またこれか」

ガルドが大剣を外して椅子に立てかけた。

ゆっくり滑る大剣の先に、靴先を置いた。

床に砂粒が落ちた。

ギルドの前に、エルフの女が立っていた。

少しの間、扉を見ていた。

扉を押して中に入った。

誰かが横目で見た。

すぐにまた、皿の音と笑い声が戻った。

エルフの女は受付台の前まで歩いた。

リナが顔を上げた。

「ご要件は何ですか」

「サルカは、いないのか」

リナは帳面へ目を落とした。

「今日はまだ見ていません」

「そうか」

エルフの女は振り返った。

「外で待たせてもらう」

エルフの女はそのまま扉を押して出た。

しばらくして、暁の男たちがギルドへ入ってきた。

リーダーが受付へ向かう。

片目の男が木のジョッキを持ったまま壁際に寄る。

軽口の男は扉の方を見た。

「ん?」

扉の外に、さっきのエルフの女が立っていた。

軽口の男がリーダーの肩を叩いた。

「悪い、先に行っててくれ」

「何だ」

リーダーが振り向いた。

「外」

軽口の男はそれだけ言って、扉を開けた。

エルフの女は通りを見ていた。

軽口の男が横に立った。

「サルカか?」

エルフの女は顔を向けた。

「そうだ」

「で、今日は何なんだ」

エルフの女は少し黙った。

「ガルドと、連れのニルが、馬車に乗ってどこかへ行った」

軽口の男は片腕を伸ばし、反対の手で抱えて体をひねった。

「なんだそりゃ」

「私にはわからない」

軽口の男はギルドの扉を見た。

「ご苦労さまだな。こっちに来な」

「なぜだ」

「そういうのは、上に投げるんだよ」

軽口の男は扉を開けた。

三段の階段を上がった。

エルフの女も続いた。

階上で、ギルド長が顔を上げた。

「また何かあったのか」

軽口の男は片手を上げた。

「俺はわかんねぇ」

それから、隣のエルフの女を指した。

「こいつに聞いたらいい」

ギルド長の目がエルフの女に移った。

軽口の男はもう、階段の方を向いていた。

「俺は戻るから、あとは頼むな」

「お前な」

「ここは居心地がわりぃ」

軽口の男は階段を降りた。

靴音が軽かった。

下では、暁の男たちが待っていた。

リーダーが顔を向ける。

「何だった」

「上に投げた」

「そうか」

軽口の男は暁の列に戻った。

エルフの女は、上でギルド長と向かい合っていた。

ギルド長が肘をついたまま、エルフの女を見た。

「今度は何だ」

「ガルドと、連れのニルが、馬車でどこかへ連れて行かれた」

ギルド長が窓から外を見た。

「どんな馬車だった」

エルフの女は腰の小袋から、細い木片を出した。

木片の先で、卓の上に線を引く。

「こんな紋章が入っていた」

ギルド長はその線を見た。

少し黙った。

「宮廷薬師か」

下で誰かが笑った。

皿が鳴った。

ギルド長はもう一度、エルフの女を見た。

「ガルドは剣を抜いたか」

「触った。だが、抜いていない」

「そうか」

ギルド長は指で卓を一度叩いた。

「なら、連れて行かれたんじゃない。乗ったんだ」

「で、サルカを待ってたわけか」

「そうだ」

ギルド長はエルフの女へ向き直った。

「お前はここで待て」

エルフの女はローブの裾を直した。

「わかった」

ギルド長は階段の下を見た。

軽口の男はもう暁の列に戻っていた。

リーダーは受付の前でリナと話していた。

ギルド長は小さく舌打ちした。

「また、王宮か」

ギルド長は椅子に座り直した。

下では、暁のリーダーと軽口の男が扉の方へ歩いていた。

「いってらっしゃい」

リナの声が聞こえた。

扉が開いた。

外の音が少し入って、すぐに閉まった。

酒場の円卓では、バルトじいが陶杯を傾けていた。

「明日は教会の掃除なんじゃよ」

片目の男がパンをちぎった。

「よかったじゃねぇか。飯は出るだろ」

「出るかのう」

片目の男は皿をバルトじいの方へ押した。

バルトじいは皿を見た。

「二つもある」

「一つじゃ明日までもたねぇだろ」

バルトじいは片目の男を見た。

「いいのか」

「食わねぇなら俺が食う」

「待て待て待て。食わんとは言っとらん」

バルトじいはパンを一つ手に取った。

もう一つを指で寄せた。

「一つは袋に入れていいかのう」

「好きにしろよ」

片目の男が笑った。

扉が軋んだ。

リナが顔を上げた。

扉の前に、サルカが立っていた。

リナは受付台を回って駆け寄った。

それから上へ声を張った。

「サルカさん、来ました」

上で椅子の音がした。

「上がってこい」

ギルド長の声が通った。

サルカが階段を上がってきた。

「なんだい。朝から」

最後の段で足を止めた。

エルフの女を見た。

「おや。お前もいるのかい」

エルフの女はサルカを見返した。

ギルド長が言った。

「そいつは何もしてない」

サルカは壁際の椅子を引き寄せて座った。

「なんだい」

ギルド長は卓に肘を置いた。

「宮廷薬師がニルを連れて行った。ガルドが同行しているらしい」

サルカは背もたれに体を預けた。

「しょうがないねぇ」

ミラが帳面を閉じた。

「妃様でしょうね」

サルカはミラを見た。

ギルド長がエルフの女を見た。

「そいつは部外者だぞ」

サルカは手を振った。

「大丈夫さ。もうあたしを怒らせない」

エルフの女が二度頷いた。

「そうだ」

サルカはエルフの女へ顔を向けた。

「お前、森の民だったね」

「そうだ」

「呪いの草はわかるかい?」

「全部はわからない」

「そうかい」

サルカはギルド長を見た。

「馬車は出せるかい?」

「ギルドの馬車は今ない。朝から王宮に行くほど暇じゃないからな」

ギルド長は下へ目を向けた。

「ミラ、頼めるか」

ミラは階段を降りていった。

ギルド長はサルカを見た。

「サルカ、どうする気だ」

サルカは椅子の上で足を組み替えた。

「こいつも連れて行く」

エルフの女が顔を上げた。

「私もか」

「薬師よりは知ってるだろ」

サルカは立ち上がった。

「ガルドは奥までは入れないねぇ」

ミラが階段を上がってきた。

「借りられる馬車はあるわ。御者がいない」

ギルド長は少し黙った。

それから、壁を叩いた。

「バルト!」

下で陶杯の音が止まった。

「たまには役に立て」

酒場の円卓で、バルトじいが椅子を引いた。

「なんじゃ」

バルトじいは腰に手を当てて、階段の下まで歩いてきた。

「呼んだか、アルゴス」

ギルド長が手首を払った。

「その名前で呼ぶな」

「他の名を知らん」

下で片目の男が少し笑った。

ギルド長は舌打ちして、ポケットから銀貨を出した。

親指で弾く。

硬貨が弧を描いた。

バルトじいは手首を返して受け取った。

「御者が必要だ」

バルトじいは手の中の硬貨を見た。

「いい色じゃのう」

それからギルド長を見上げた。

バルトじいは腰に手を当てた。

「どこまでじゃ」

サルカが立ち上がった。

「王宮だよ」

バルトじいは目を開いた。

「わしは門で止められるぞ」

ギルド長が言った。

「そこまでで帰っていい」

バルトじいは銀貨を袋に入れた。

「働くかの」

片目の男が皿のパンを持ち上げた。

「じいさん、袋は?」

バルトじいが振り返った。

「忘れるところじゃった」

バルトじいは収納袋の紐に肩を通した。

サルカが階段を降りた。

エルフの女も続いた。

バルトじいは腰を一度叩いて、扉へ向かった。

リナが扉を開けた。

バルトじいは外へ出ながら言った。

「今日は忙しいのう」

外に馬車が回された。

御者台には、バルトじいが座っていた。

馬が鼻を鳴らした。

バルトじいが手綱を少し引くと、馬はすぐに黙った。

サルカがバルトじいを見た。

「懐かしいねぇ」

バルトじいは顔を向けた。

「昔はちいと、いい男じゃった」

サルカが笑った。

サルカは馬車に乗った。

エルフの女も続いた。

バルトじいが手綱を軽く振ると、馬車が動き出した。

土の上で車輪が小さく跳ねた。

サルカは窓の外へ目を戻した。

馬車は王宮へ向かった。

王宮の門の前で馬車が止まった。

バルトじいは御者台から降りて、腰を叩いた。

「年寄りにはきついのう」

そう言いながら、馬車の扉を開けた。

サルカとエルフの女が降りた。

バルトじいは門を見た。

「わしはここまでじゃ」

二人は門へ向かった。

バルトじいは少しの間、王宮を見上げていた。

「相変わらず大きいのう」

馬が首を振った。

門の前で、兵がサルカを止めていた。

「入れるだろ」

門番は一度、サルカを見た。

それから、隣のエルフの女を見た。

サルカは少し笑った。

「ミルゼを呼びな」

門番の顔が止まった。

「……因果の魔女様は、私は会えません」

少しして、門番が横へ下がった。

「門を開けろ」

鉄の音がして、門が開いた。

サルカは歩き出した。

エルフの女が後ろについていく。

門番は二人が通り過ぎるまで、頭を下げていた。

サルカは廊下を歩きながら、通りかかった侍女に声をかけた。

「宰相はどこだい」

侍女は足を止めた。

「宰相様ですか」

「そうだよ」

侍女はサルカを見た。

「お約束がなければ、お取り次ぎすることはできません」

サルカは少し笑った。

「宰相に言えばいい。サルカが来た。そう伝えな」

侍女が顔を上げた。

侍女は廊下の奥へ小走りに向かった。

エルフの女がサルカを見た。

「お前は怖いな」

「優しいだろ」

廊下の奥から、宰相が歩いてきた。

侍女がその後を追っていた。

宰相はサルカの前で足を止めた。

口を開きかけた。

サルカが先に言った。

「他の名で呼ぶんじゃないよ。サルカだよ」

宰相は口を閉じた。

少し間が空いた。

「……サルカ様。お久しぶりです」

「様もいらないよ」

「失礼いたしました」

「そういうのはいい。ニルが来てるだろ」

宰相の目がわずかに動いた。

「はい」

「妃の部屋。案内しな」

宰相はサルカを見た。

それから、後ろのエルフの女へ視線を移した。

「そちらは」

「あたしの知り合いさ」

「では、こちらへ」

少し進んでから、エルフの女が声を落とした。

「お前はなんだ」

サルカは前を向いたまま言った。

「サルカだよ」

エルフの女は少し黙った。

「そう、だったな」

妃の部屋の前には、兵士が二人立っていた。

宰相が扉の前で足を止めた。

「下がっていなさい」

宰相が扉を叩くと、中から扉が開いた。

薬師が振り返った。

その奥に、白い寝台が見えた。

ニルが寝台の横に立っていた。

サルカは部屋に入った。

「ニル。来てたんだね」

ニルが顔を向けた。

「うん」

サルカはニルの顔を見た。

それから、横に立つ薬師を見た。

「お前かい。ニルを連れてきたのは」

薬師は下を向いた。

サルカの足元で、敷物の端がわずかに浮いた。

エルフの女が一歩前へ出た。

「ここは病人がいるんだろ」

エルフの女はサルカを見ていた。

敷物の端が落ちた。

サルカは宰相へ顔を向けた。

「人払いしな」

宰相は一度、部屋の奥を見た。

「ですが」

「人払いしな」

宰相は頭を下げた。

「皆、外へ」

付き添いの侍女たちが動いた。

「薬師もだよ」

薬師は頭を下げて、部屋を出た。

侍女たちも続いた。

サルカは宰相と目を合わせた。

それから、扉へ目を向けた。

宰相は少し黙った。

「……失礼いたします」

宰相は部屋を出た。

扉が閉まった。

ニルが寝台の横で言った。

「治せない」

サルカはニルを見た。

「わかってるよ。だから、見に来たんだ」

天蓋の布の向こうに、妃がいた。

窓の白い光が、床に細く落ちていた。

サルカは寝台のそばに立った。

「見ていいかい」

天蓋の向こうで、妃が少し動いた。

細い腕が、布の外へ出た。

手首には、黒い根のような模様があった。

サルカはエルフの女を見た。

「わかるかい」

エルフの女は妃の腕に近づいた。

膝を折り、黒い模様を見る。

「森にはない」

「なら、なんだい」

「隣国の山で見たことがある」

サルカの目が少し細くなった。

「ほう」

「根が動く」

「放っておくとどうなる」

エルフの女は妃の手首から、肘へ目を動かした。

「根が胸に届く」

天蓋の布が、わずかに揺れた。

サルカは短く息を吐いた。

「解けるかい」

エルフの女は首を横に振った。

「無理だ」

布の向こうから、妃の声がした。

「痛みがあるだけです」

声は細かった。

エルフの女が妃の腕を見たまま言った。

「それは、伸びる時の痛みだ」

サルカはニルを見た。

「ニル、止められるかい」

ニルが顔を上げた。

ニルは妃の腕を見た。

「うん」

妃の指が少し動いた。

ニルが言った。

「サルカは?」

「この細い腕だ。あたしがやると、城がひっくり返っちまう」

ニルは頷いた。

ニルは寝台の横に立った。

妃の腕へ、指を伸ばした。

黒い根の模様に触れる。

「ゼロ」

音が落ちた。

部屋の外の気配が遠くなった。

天蓋の布だけが、静かに垂れていた。

ニルは指をつけたまま動かなかった。

妃の息が白くなった。

サルカが言った。

「ニル、そこまでだよ」

ニルは指を離した。

音が戻った。

遠くで廊下の足音が聞こえた。

黒い根は、手首の先で止まっていた。

サルカはニルの手を取った。

指先を包む。

「冷たくなってるじゃないか」

「うん」

ニルは自分の手を見た。

「止まった」

サルカはエルフの女を見た。

「宰相を呼びな」

エルフの女は頷いた。

扉へ歩き、扉を開けた。

宰相は小走りで部屋へ入ってきた。

宰相の目が妃の腕へ落ちた。

「解けたのですか」

「進まないようにしただけだよ」

宰相は黙った。

サルカは宰相を見た。

「隣国の呪いの草だよ」

サルカは妃の腕を見た。

「国王はセルナと何かあったのかい」

「詳しくは分かりませんが」

「そうかい。馬車を二台、用意できるかい」

「すぐに」

宰相は部屋を出た。

扉が閉まった。

サルカはニルの手を握ったままだった。

指先はまだ冷たかった。

「無理したね」

「止まった」

「そういう話じゃないよ」

エルフの女が近づいた。

妃の腕を見て、頷いた。

「これはもう動かない」

しばらくして、宰相が戻ってきた。

「馬車を二台、用意いたしました」

「そうかい」

サルカはニルの手を離した。

それから、エルフの女を見た。

「ニルを頼むよ」

サルカはニルへ顔を向けた。

「ガルドを連れて、先に帰りな」

ニルはサルカを見た。

「サルカは?」

「神殿に用がある」

部屋を出ると、並んでいた兵士たちは道を空けた。

宰相が前へ出た。

「こちらです」

廊下を進む。

途中で、別の通路へ分かれた。

宰相が言った。

「ニル様は、こちらの馬車へ」

サルカは反対の廊下を見た。

「あたしはこっちかい」

「はい」

サルカはエルフの女を見た。

「頼んだよ」

エルフの女が頷いた。

サルカは反対の廊下へ歩いた。

サルカの乗った馬車が神殿の前で止まった。

サルカが降りると、石段の上に神官たちが並んでいた。

一番前の神官が頭を下げた。

「セルナはどこだい」

「どこと言われましても」

「いるんだろ」

「拒絶の魔女さまは、おられます。私たちは部屋へたどり着けません」

「なら、こっちかい」

神官たちが道を空ける。

「あとは一人で行くよ」

サルカは振り返った。

神官は頭を下げた。

「では、お気をつけて」

石の床に、サルカの靴音が響いた。

神殿の奥は灯りがなかった。

白い石が青く見えた。

曲がり角を一つ曲がる。

奥へ続く廊下があった。

サルカは足を止めた。

「いるかい」

返事はなかった。

サルカはもう一歩進んだ。

「あたしだよ」

奥から声がした。

「帰って」

サルカは少し笑った。

「いるんだね」

「帰って」

「どこから入るんだい」

「帰って」

サルカは足を止めた。

「じゃあ帰るしかないねぇ」

すぐに声が返った。

「いやだ」

奥の扉がきしんだ。

灯りが、床に漏れた。


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