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しくしたん通信(裏ガイド 1)

見ているつもりで、見ていない ―― RASと“目に入らない描写”


書けないのは、技術のせいではない

しくしたんをやっていると、こんな声を聞きます。

「書こうとしても、何も見えない」
「目の前にあるのに、どこにも引っかからない」

でもそれは、観察力や語彙力の問題ではありません。
脳が、最初から“見せていない”だけです。


RAS――脳のフィルター

人間の脳には「RAS(Reticular Activating System)」と呼ばれる情報のフィルターがあります。

私たちは、目に入ったすべてを処理しているわけではありません。
脳が「必要だ」と判断した情報だけを通し、それ以外は最初から弾いています。

つまり、見ているつもりでも、
実際に見えているのは“選ばれた一部”だけ、ということです。


脳は先に「分かった形」を見せてしまう

たとえば、椅子が目の前にあるとします。

私たちはそれを見て、「椅子がある」と思います。
でもそのとき拾っているのは、形や質感そのものではありません。

  • 座るためのものだ、という理解

  • 今は誰も使っていない、という判断

  • この場所は静かだ、という処理

目に入った情報を、脳が整理した“結果”だけを見せられている状態です。

では、その前。
整理される前には、何があったのでしょうか。


RASが通さなかったもの

脚の太さの、わずかな違い
表面に残った、使われた跡
背もたれに当たっている光と、当たっていない部分
床とのあいだにできた、名前のない影

脳にとって「特に重要ではない」と判断されたもの。
意味になる前の、ただの現象。

でも、しくしたんで扱おうとしているのは、
まさにこの、まだ名前を与えられていない断片です。


なぜ見えないのか

それは、脳が「見なくていい」と決めているからです。

RASはとても親切です。
生活するうえでは、余計な情報を省いてくれる。

けれど、描写においては、その親切さが
本質そのものを削り落としてしまいます。


じゃあ、どうするのか

RASに逆らうには、「何を見るか」を自分で決めるしかありません。

「椅子を見る」のではなく、
「椅子の脚の影の濃さだけを見る」と決める。

すると、体が変わります。

視線が少し落ちる。
呼吸が、ゆっくりになる。
動きが、鈍くなる。

この体の状態に入れたとき、
それまで見えなかったものが、見え始めます。


見えなかったものが、見えるようになるとき

「光が当たっていた」
「紙の角が、少しめくれていた」
「呼吸が、浅くなった」

そんな一瞬に目が止まるようになるとき、
描写は技術ではなく、選択の結果になります。


まとめ

  • RASは「不要な情報」を遮断するフィルター

  • 私たちは、選ばれた情報しか見ていない

  • 描写は、そのフィルターを意識的に外すことから始まる

  • 書けないのではない。見せられていなかっただけ


編集後記

ボールペンを机の上に置いた。
長い方の影が、濃かった。

それだけのことなのに、人はすぐに意味を足したがる。
静かだとか、寂しいとか、夜みたいだとか。

たぶん、意味がない状態に耐えられないんだと思う。

でも、見た瞬間にあったのは、
ただ「影が濃かった」という事実だけだった。

しくしたんでやっているのは、
その事実で、少しだけ立ち止まること。

うまく書こうとしなくていい。
感じたと言わなくていい。

影が濃かったなら、濃かったで終わらせていい。

それを読んだ人が何を感じるかは、読者の領域。
「こう感じてください」と言った時点で、それはもう描写ではなくなる。

影を見て「寂しい」と書きたくなる。
その寂しさの中には、悲しさも、切なさも、空白も混ざっている。
だから寂しいと一言でまとめるようには書けない。

一言ではまとめられないものを、
まとめないまま置いておく。

正直、かなり難しい。
嫌になるほど難しい。

だからこそ、この難しさで遊んでいきましょう。


🔖 このシリーズについて

この「裏ガイド」は、しくしたんをより深く理解するための解説シリーズです。
感覚だけではつかみにくい「なぜこの練習が必要なのか」を、
心理や脳の仕組みから紐解いていきます。





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