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零距離 届かない魔法使い ギルド編 ep7 お散歩

下で扉が閉まる音がした。

ガルドは目を開けた。

窓に立てかけた板の隙間から、朝日が入っていた。

床板の隙間から、話し声が聞こえた。

誰かが笑っていた。

起き上がる前に、拳を握った。

開いた。

肘を少し曲げると胸の奥が遅れて痛んだ。

ガルドは息を吐いて、それから起き上がった。

首を左右に傾けて肩を回す。

途中で腕を下げた。

左手で胸を押さえた。

もう一度、肩を回して、短く息を吐いた。

ガルドは階段を下りた。

靴音が鳴って床板が軋んだ。

重ねた皿が鳴った。

おばちゃんが卓を拭きながら振り向いた。

「もういいのかい」

「あぁ」

「食べてくかい?」

「あぁ」

「早く座っておくれ」

ガルドは大剣を壁に立てかけてから、椅子を引いた。

「パン、食べたのかい?」

おばちゃんがスープの皿を置いた。

皿の底が鳴った。

「……あぁ」

「あれ、角のパン屋だろ。よく買えたねぇ」

「そうなのか」

「すぐ売れちまうんだよ」

おばちゃんは向かいの椅子を引いた。

「女かい?」

「何が」

「あんたの女かいって聞いてるんだよ」

「いや、違う」

「じゃあ、なんだい」

「わからない」

おばちゃんは少しだけガルドを見た。

それから立ち上がった。

「早く食べちゃっておくれ」

そのまま奥へ入った。

パンは持ってこなかった。

ガルドは皿を持ち上げて、スープを飲んだ。

匙は使わなかった。

壁に立てかけた大剣を背負った。

扉を押す。

「行ってくる」

奥で皿の音が鳴っていた。

朝の光に、目を細めた。

酒場側の長卓で、片目の男が陶杯を傾けていた。

「今日の薬草茶苦いな」

周りを見回してから続けた。

「サルカもニルも来てねぇな」

「何かあったのか?」

「何もねぇだろ。サルカだ」

向かいの男がパンをちぎった。

「お前、サルカの何知ってるんだ」

「言わねぇ。おっかねぇから」

片目の男がパンの皿を見た。

「それもらうぞ」

「教えてくれたらな」

「聞いたら食えなくなるぞ」

片目の男がパンを掴んだ。

向かいの男は、ちぎったパンを口に入れた。

受付台では若い冒険者が大声を出していた。

「これ、俺達にやらせてくれよ」

「だめなものはだめです」

「失敗したら俺達が死ぬだけだろ」

そばを通ったバルトじいがこめかみを掻きながら言った。

「お前さんらが死ぬのは勝手じゃが、リナが書く書類が増えるじゃろ。お前さん、先に書いてみるか?」

若い冒険者が目を伏せた。

「俺は字は書けねぇ」

「なら書けるようになってからじゃな」

バルトじいが笑った。

「バルトじい、バルトじい」

片目の男が手招きをした。

バルトじいは少し足を速めた。

「なんじゃ」

片目の男がパンを半分にしてバルトじいに放った。

バルトじいは両手で受け損なって指で上に弾いた。

それをまた両手で取った。

「あぶない、あぶない」

バルトじいは笑った。

「な、今日は仕事あるのか?」

片目の男が聞いた。

「教会の掃除はもうちょっと先じゃ」

「じゃあ俺達と薬草とりに行くか?」

「いいのか?」

バルトじいがパンをかじった。

「森の手前なら行けるだろ、バルトじいでも」

バルトじいはパンを口に入れたまま頷いた。

「よし、決まりだ」

片目の男と向かいの男が椅子を引いた。

二人は卓を回って受付台へ歩いた。

バルトじいが、パンを噛みながらついてきた。

受付台の前に立った。

「三人じゃ」

リナの目尻が下がっていた。

バルトじいは受付台の羽根ペンを取った。

ゆっくりと名前を書いた。

三人は扉に向かった。

「リナ、行ってくる」

片目の男が手を上げた。

「いってらっしゃい」

リナが口元を上げた。

バルトじいが扉を押した。

片目の男と、もう一人の男が続いた。

通りでは、町の子どもたちが走っていた。

ガルドは体を左右にひねった。

大剣がずれた。

直してから、またひねった。

左手を胸に当てた。

角を曲がると、バルトじいが通りを歩いていた。

片目の男と、もう一人の男は少し先にいた。

バルトじいの左足が遅れていた。

笑い声が聞こえた。

ガルドはギルドの扉の前に立った。

扉はところどころ木がすり減って、色が浅かった。

大きく息を吐いてから、扉を押して入った。

靴音が重く床板を鳴らした。

「おはようございます」

受付台には、窓から光が差し込んでいた。

ガルドは受付台に、畳んだ布を置いた。

「これは?」

リナが布を見た。

「美味かったって」

リナは一度まばたきをした。

「はい。伝えておきます」

受付台の奥で、ミレイが机に向かっていた。

ペン先は紙から浮いていた。

扉が開いて足音が重なった。

「ガルド」

暁のリーダーが声をかけた。

上から見ていたギルド長が言った。

「ガルド。暁についていけ」

「ニルは」

ギルド長の横に、ミラが立っていた。

「サルカとニルはお休みです」

ギルド長は続けた。

「一人ではまだ森には入るな」

「暁、頼めるか」

暁のリーダーが返した。

「問題ありません」

「頼む」

ギルド長とミラが奥へ下がった。

軽口の男が言った。

「ガルド、治ったのか?」

「動ける。痛みはある」

「ならお散歩だ」

リーダーが言った。

「余計なことは言うな」

「余計じゃねぇよ」

リーダーは軽口の男を見た。

「そうだな」

受付台の前に暁のリーダーが立った。

リナが紙とペンをリーダーに渡した。

リーダーがペンを動かした。

「ガルドさんも一緒ですね」

「あぁ、そうだ」

「では、東がいいかもしれませんね」

「東の魔物は」

リナは帳面をめくって指を滑らせた。

「出てもオークですね」

リーダーは手を止めて、ガルドを見た。

「東で頼む」

「わかりました」

リナが紙を帳面に挟んだ。

リーダーが振り向いて、暁の男たちに言った。

「今日は東だ」

男たちは扉に向かった。

リーダーが軽口の男の横に並んだ。

声を落とした。

「ガルドを頼む。無理はさせるな」

「散歩で無理するバカはいねぇよ」

軽口の男はガルドを見た。

「そこまでバカじゃねぇだろ」

リーダーが口元を緩めた。

「暁、行ってくる」

リーダーが扉を押した。

「いってらっしゃい」

リナの声がした。

暁の男たちとガルドが続いた。

「ガルド、お前は俺とだ」

軽口の男がガルドの横に並んだ。

「わかった」

扉が閉まった。

馬車が横を過ぎていった。

暁の男たちは一列で歩いた。

ガルドと軽口の男は列の後ろへついた。

「なんで一列なんだ」

ガルドが聞いた。

「横に広がったら邪魔だろ。俺達は仲良しこよしじゃねぇ」

軽口の男が答えた。

ガルドは黙って歩いた。

東の門は静かだった。

しばらく歩くと硬い土の道が終わった。

草の道に入った。

「こっちが東か」

ガルドが聞いた。

「そうだ。東は来たことねぇのか」

「ない」

「西は死にやすい。俺は東で十分だ」

軽口の男が指を頭の上で組んで腕を伸ばした。

しばらく進むと道の片側に枝がいくつか落ちていた。

軽口の男が枝を拾った。

「リーダー、折れたところがまだ青い」

「わかった」

リーダーが答えた。

軽口の男は枝を道端に戻した。

そのまま歩いた。

道の先にオークが木を揺らしていた。

リーダーが片手を上げた。

「ガルド、お前は見てろ」

「もう振れる」

「そうじゃねぇ」

「なんだ」

軽口の男は、顎で前を示した。

「振る場所がねぇ」

ガルドは柄にかけた指を離した。

軽口の男がガルドに言った。

「ちょっと行ってくるわ」

リーダーが男たちと目を合わせた。

揃えた指を左右に振った。

男たちが頷いた。

軽口の男が、オークの正面へ走り出した。

リーダーともう一人が左右に散る。

もう二人が後を追った。

軽口の男は走りながら、左手で土を掴んだ。

オークの顔に投げる。

オークが顔を振った。

軽口の男の短剣が、オークの腕に入った。

オークの手から棍棒が落ちた。

軽口の男は、そのまま横を過ぎた。

両脇から、剣がオークの腹に入った。

抜く。

オークの膝が折れた。

そのまま倒れた。

土が浮いて、戻った。

「わりぃな。首に行けなかった」

軽口の男が言った。

「問題ない」

リーダーが返した。

他の男たちも頷いた。

二人の男が、オークの足に縄をかけた。

近くの太い枝に縄を回し、引いた。

オークの足が持ち上がった。

ガルドが近づいて言った。

「何をしてるんだ」

軽口の男が振り向いた。

「これか。血を抜いてんだよ。傷まねぇようにな」

「収納袋があるだろう」

「血を入れると臭くなる。なんでも入れりゃいいってもんじゃねぇ」

ガルドは自分の収納袋を見て言った。

「そうか」

軽口の男が続けた。

「これは戦利品じゃねぇ。肉だ」

軽口の男が、オークの腹を手のひらで叩いた。

「いつもこうなのか?」

「何がだ」

「みんな、黙って動いただろ」

軽口の男は、吊られたオークを見た。

「魔物に気づかれたら、めんどくせぇ」

「そうか」

ガルドは、枝から下がる縄を見た。

「吊るすのもか?」

「肉屋も喜ぶだろ」

「そうなのか……」

しばらくして、一人がオークを収納袋にしまった。

別の男が穴を掘り、血の染み込んだ土を入れて埋めた。

「それはなんだ」

ガルドが言った。

「あれか。血の染み込んだ土は臭くなるからな。魔物が寄ってきても面倒だ」

ガルドの後ろにいた男が言った。

リーダーが周りを見た。

「終わったな。移動する」

「ここも沢伝いのほうが少し早ぇ」

軽口の男が言った。

「沢伝いに行くぞ」

リーダーが腕を上げると、男たちが歩き出した。

ガルドは歩きながら、胸のあたりに手を当てた。

横で、軽口の男がガルドを見た。

「痛てぇのか」

「まだ痛みはある」

「サルカに治してもらったのか?」

ガルドは少し黙った。

「治したとは言わなかった」

「じゃあなんだ?」

「進む方を、変えたとか」

軽口の男が片手で頭を抱えた。

「なんだそりゃ」

「俺も知らん」

「傷は?」

「三日くらいで、肉が盛り上がった」

軽口の男の足が、少し遅れた。

「今は跡もない」

「気持ちわりぃな、それ」

ガルドは胸から手を離した。

「肉、見えてたのか」

「見えてた」

「聞いてるこっちが痛くなっちまうな」

軽口の男は自分の胸を二度さすった。

「そういえば、ニルの魔法、見たけどよ。何だ、あれ」

「俺もわからない」

「なんか、草に話してたよな?」

「あぁ」

「何て言ってた?」

ガルドは森の奥を見た。

「ほとんど聞こえないけど、ろ、とか。聞こえた気がした」

「ろ、か」

軽口の男が足を止めた。

「ちょっと待ってな」

しゃがみ込んで、手をこすり合わせた。

ガルドを見上げて言った。

「ちょっと離れてな」

首を左右に曲げてから、足元の草を一本つまんだ。

「ろ」

草を引いた。

抜けなかった。

「……抜けねぇな」

指先に、草の汁がついた。

軽口の男はそれを見て、鼻で笑った。

「お前、やったことあるか」

「一度やった」

「抜けたか?」

「抜けなかった」

「だよなぁ」

軽口の男がガルドに手招きをした。

「お前も来い」

ガルドは大剣をずらしてしゃがんだ。

道の上に、男が二人、草に向かって背を丸めた。

「抜けろ、の、ろかもしんねぇ」

軽口の男がガルドの顔を見た。

「やってみろ」

「俺か」

「お前、ニルの近くにいただろ。なんか残ってるかもしれねぇ」

「なんかって」

「いいからやってみろ」

軽口の男は草を見た。

「ほら、早く」

ガルドは太い指で草を摘んだ。

それから軽口の男と目を合わせた。

軽口の男が頷いた。

「抜けろ」

ガルドが草を引いた。

草が切れた。

「だめかぁ」

軽口の男は立ち上がった。

手についた汁を、ズボンで拭いた。

ガルドも立ち上がった。

「意味わかんねぇ」

「あぁ」

二人はまた歩き出した。

少し先で、リーダーが振り向いた。

何も言わずに前を向いた。

「そういや、ニルは薬草ばっかり取ってんだよな」

「あぁ」

「金になんのか?」

「依頼らしい」

「薬屋かぁ。俺も飲んでたりしてな」

軽口の男が笑った。

「あとは、王宮」

「お前、それ言って大丈夫なのかよ」

「わからない」

「俺はなんにも聞いてねぇからな」

「あぁ」

「でよ、それは金になんのか?」

「言わない方がいい」

「だよなぁ。俺も死にたくねぇ」

軽口の男は少し黙った。

「……ニルも可哀想だな」

「可哀想?」

「王宮だろ?」

「あぁ」

「いろいろ面倒じゃねぇか。頭下げたり、礼儀とかあんだろ。知らねぇけど」

ガルドは少し黙った。

「花が描いてあった」

「どこに」

「小さな陶杯だ」

「で?」

「持ち方がわからなかった」

軽口の男は、少しだけ口を曲げた。

「そうだろ。いろいろあんだよ、ああいう所は」

「あるだろうな」

「だから、かわいそうなんだよ。そんな奴らに目ぇつけられて」

「そういうものか」

「そういうもんだ」

ギルドの扉が開いた。

バルトじいたちが入った。

「バルトじい、腰は?」

壁際の女の冒険者が声をかけた。

「まだまだ現役じゃよ。ちーとばかり疲れたがの」

バルトじいが笑った。

片目の男が受付台の前に立った。

「おかえりなさい」

リナが首を傾げた。

片目の男が薬草を収納袋から出した。

薬草が木箱からあふれた。

「すごいですね」

リナの目が大きく開いた。

バルトじいがこめかみを掻いた。

「穴場があるんじゃよ。根は取っとらん。次もこのぐらいにはなる。まぁ、ちょっと先になるがの」

リナが受付台に、報酬の入った箱を置いた。

バルトじいが一枚ずつ分けた。

片目の男が言った。

「あの場所はバルトじいのだな」

「また時期が来たらみんなで行けばいい。わし一人じゃ終わらん」

バルトじいは収納袋に報酬を入れて口を縛った。

そのまま酒場に入った。

手は腰を押さえていた。

若い冒険者の一人が受付台で声を上げていた。

「なんでじじいがよくて俺たちがダメなんだよ」

そう言って受付台を蹴った。

ミラが階段を降りた。

「静かになさい」

「うるせぇ、俺達もやれるんだ」

受付台の紙が一枚舞った。

若い冒険者の後ろにミラがいた。

若い冒険者の腕は後ろに回されて、首元にはペン先があった。

「静かになさい」

「そのじじいは、一瞬なら、たぶん私より早いわ」

上からギルド長が言った。

「堕天使は今日は帰れ。ミラ、もういいだろ」

ミラが手を離すと、堕天使の男たちは走って扉を押して出ていった。

長卓でバルトじいが木のジョッキを傾けていた。

手を上げて店員を呼んだ。

「腸詰めとパンをたのむ」

片目の男がパンを皿から取って言った。

「バルトじいご機嫌だな」

「自分の金で飲む酒も美味いなぁ。人の金で飲む酒も美味いがの」

バルトじいが笑った。

「飲みすぎるなよ」

「銅貨に羽がはえて飛んでいく〜」

バルトじいが歌った。

卓の周りが笑った。

壁際の円卓で木のジョッキが鳴った。

皿を重ねた店員が厨房へ入った。
奥で皿が鳴った。

影が長くなっていた。

ギルドの前でリーダーが振り向いた。

列を目で追った。

「全員いるな」

ギルドの扉が開いて男たちが列のまま入っていった。

最後にガルドがいた。

リーダーが受付台の前に出た。

男たちが後ろに並ぶ。

リナが受付台に立って首を傾げた。

「おかえりなさい」

リーダーが報告書を書きながら、リナに言った。

「東は静かだ」

「討伐は」

「オーク、一体」

リーダーが顔を上げた。

「ガルドも問題なかった」

「お散歩に問題は起きねぇよ」

軽口の男が言った。

リーダーは軽口の男を見て、それから言った。

「今日は助かった」

軽口の男は答えた。

「やることやっただけだ」

「解散」

リーダーが言うと男たちはバラけた。

「こっちに腸詰めだ」
奥の卓で誰かが手を挙げた。

「ガルド、飲んでくか」

軽口の男がガルドを小突いた。

「いや、今日は、帰る」

「そうかい。じゃ、さっさと寝ろよ」

「あぁ」

ガルドは扉を押して、出ていった。

軽口の男はミレイを見た。

目があった。

「ガルドは大丈夫だ。お散歩も上手にできたしな」

ミレイは頷いた。

奥の卓で誰かが皿を鳴らした。
店員が木のジョッキを抱えて歩いていた。


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