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【雨町せいの日記帳】私がnoteを始めた理由は、紙を食べたからだ。

あの名作に感動したとか、憧れの作者がいたとか、そんな綺麗な理由じゃなかった。

私の創作の原点は、紙を食べたことだった。

noteに投稿するようになってから、創作について考えてみた。
そもそも、こういう文章を投稿するという行為が初めてで、何かを発信するということも初めてなのだ。

初めてだらけの一年生。
そこで、自分の「創作」と呼べる原点はどこなのか?

思い当たるのは、わたしの中の薄い記憶。
小学一年生の美術コンクールだ。

たしか、市の学校が全員強制参加のタイプで、図画工作の時間を活用して、1時間のコマを5時間分やったと思う。

ただ、当時のわたしは「絵」は才能とセンスの世界という認識が強く、
自分はそちら側ではないことが、はっきりとわかっていたので、
適当に20分で描いて提出した。

クラスで一番最初の提出だった。

今思い返せば、わたしの適当さ加減と、
「終わらせたい」という不誠実な態度を、教師は見抜いていたのだろう。

特に理由も告げられず、「再提出」と言われた。

そのとき、自分の中の何か大事なものが頭で
白く炸裂して一瞬世界から音と光が消失した。

遅れて雨のように、情報が降ってきた。
徐々に教室が復元されていく。

誰かの椅子が床と擦れる音、クレヨンでカリカリと絵を描く音だけが教室に響き渡っていた。

天井の照明が目に眩しくて、それを認識した時には、自分の中の煮えたぎるような黒い溶岩流は溢れていた。

「なんでなんだぁぁぁぁぁぁ‼︎」って言いながら

昔の陶芸家さながら、目の前で自分の描いた絵をビリビリに引き裂いて、

その絵を、衝動的に食った。
塗ったクレヨンの人工的な化学物質の味がクソまずい。

結局、吐いたよ。

もう、そこまでクラスの目の前でやっちゃったから、引けないよね。
いや、むしろ周りは引いてたが。

そのあとは、残った時間をフルに使って描き直して、
提出はクラスで一番最後だった。

描いた絵は、「火災の絵」。
人が燃えて、消防士が必死に助けようとしてるけど、どうにもできない。
そんな絵。

審査の講評では、
「爆発するような怒りと、やりきれない悲しみを感じた」とかそんな感じだったと思う。

結果は、金賞だった。

ただこの話は、「金賞取れて良かったね」じゃなくて。
人の琴線に触れるものを作るには、感情がこもっていないとダメだったって、気づけたこと。

それが、最大の財産だった。

わたしの場合は、子供心ながらに理由を説明されずに再提出を伝えられた「怒り」と、
自分の描いた絵を否定された「悲しみ」が原動力だったってことだったんだろう。

だから今につながって、noteを始めた。

最初の一歩は、怒りと悲しみだった。

今もその二つを抱えながら、人の心を震わせることができればなんでもいいと思ってる。

あなたの原動力は、
どこから湧いてくるの?

以上、わたしの拙い小学生の思い出でした。

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