二、私のお母さん①
東京ロングヘア殺人の事件現場は凄惨を極める。
四件のうち二件が河川敷、二件は雑木林。いずれも東京都内という共通点はあるが、川と山というまったく性質の違う場所が選ばれているのは興味深い。
犯人は事件現場の選定にこだわりが少ない。
この四箇所をマークした地図を見ても、何らかの法則性は見当たらず、そこから察するに住宅地などで被害者を拉致した後、車をいくらか走らせて人気のない場所へ行き、そこで犯行に及ぶというスタイルのようだ。しいて共通点を言えば拉致した後ほぼ必ず西へ向かうのだが、これが西に犯人の自宅があるからなのかどうかは分からない。なお、万堂の一人暮らしの部屋は都心にほど近い場所にあるので、この地図で言ったら犯行現場よりも拉致現場の方に近くなる。
万堂の犯行と仮定すると、わざわざ自分の部屋を通り越して都下の方まで出かけて殺し、また帰ってきて翌朝は出勤、ということになりそうだ。おかしいとは思わないが、ご苦労なことだとは言っておきたい。労う気はひとつも起きないけれど。
この事件はいつも平日の夜間に起きている。だいたい午後十時台に被害者が拉致され、犯行は深夜、それが発見されるまでには数時間から数日を要するというのがお決まりだが、犯行の曜日に規則は見られない。
そのため早くから警察では、この犯人は独身の勤め人だろうと考えていたそうだ。そのプロファイルに万堂はとりあえず当てはまっている。シフト制勤務なのではないかという見立てもあったそうだが、結果から言うと万堂の勤務は土日が休みの完全週休二日制(一部大型連休、年末年始を除く)、シフト制は採用されていない職場であった。
「移動……か」
犯人がわざわざ場所を変えて犯行に及ぶというのもまた、計画性や慎重さを感じさせる。突発的・衝動的殺人ならその場で殺してしまいそうなものだが、犯人は邪魔をされない場所まで車で被害者を連れて行き、じっくりと時間をかけて血祭りにあげるのが好きなのだ。
その場所は必ず野外。四件のうちにはひとつとして、屋内で行われた犯罪はなかった。
ぺらりと音を立てて何度も開いたページをめくる。犯行現場の写真。気味のいいものではないが、とうに見慣れてしまった。私はこういう写真は昔から飽きるほど見ている。堀くんは最初にこれを見たとき「うっ」と呻いて強い音を立ててファイルを閉じた。まあそれが極めて正常な反応だとは分かっている。分かってはいるが、極めて正常な精神の人間にこのテの仕事が務まるものかどうかは定かではない。
だってまず、犯人が正常な精神の持ち主ではないんだから。
シリアルキラーの教科書通り、本件においても犯行はどんどんエスカレートしていった。
最初の犯行では首を絞めて殺害した後、脚や胴を殴る蹴るした上でスカートを裂き、落ちていた木の枝を陰部に突き刺すという犯行だったようだが、二人目からは生きているうちに暴行を加えている。特にひどいのは四人目の被害者で、後頭部を殴られてから服をビリビリに破かれ、露出した胸部・腹部・陰部がバールで滅多打ちにされている。中でも陰部へは執拗に加虐されたようだが、これが解剖医の見解通り生きている間にされた行為なのだとしたら、犯人は獣以下だ。
恨みを込めて何度も何度も執念深くなぶり殺す。
これが人間のすることか。
「ドクズの畜生め」
女である私だけでなく、堀くんが毛を逆立てて怒っていた。
有名なロンドンのジャックのように切り刻んだわけではないから、現場に血はあまり流れていない。けれど目を開けたまま絶命した被害者の口元には渇いた血がこびりついていた。内臓が破れて吐血するまで、繰り返しやられるのだ。胴は痛々しい痣にまみれそこかしこが青紫に腫れあがっている。激しく抵抗したのだろうか、肋骨や大腿骨が骨折していた被害者もいた。
彼女たちの嘆きの絶叫が聞こえてきそうな今際の顔。
彼女たちが、何をしたというのか。
何の落ち度もない女性たちを平然と殴り蹴り死に至らしめた犯人が許せないと誰だって思う。
平然と……?
いや違うか。それ以上だ、たぶん。
犯人は非常に冷静だ。彼は血に酩酊しているんじゃない。血管を切って血が吹き出すような、分かりやすいスプラッターに走らない。撲殺魔。それも一撃で殺さないやり方で、徐々に弱っていく獲物を狩る。じわじわと追い詰めて殺す。
愉しんでいる。
陰湿な、獣。
私は細く長く息を吐いて目をつぶる。
この犯人は犯行現場で、きっと嗤っていただろう。愉悦を薄い口唇に刻み、踊るような目で被害者を見下ろしながら、何度も何度も打ち下ろす。重く詰まった金属棒。その耳には被害者の掠れた哀願が染み入るのか。
ちろり。
私は犯人が赤く舌なめずりしたのを想像して、額に手を当てた。
私の額はじっとり汗ばんで、火照っていた。
この犯人は、悪魔だ。人間のすることとも思えない。
いま急に、ひどく気分が悪いのに気がついた。
建物全体が老朽化して、冷房の効きが甘いから。それでついつい換気がおろそかになって酸素が薄くなっているのだろう。
「今日はもう帰ろう」
お疲れさんと思いながら、私はエアコンのスイッチを落とした。ふと窓の下に見えた夜道が薄暗く細く陰気に見えた。厚い雲に覆われて月も見えない。
犯人は捕まっていると分かっているのに、なんとなく背筋がぞぞっと湧き上がる。
ロングの女は独り歩きに気をつけろ。
暑いからねと言い訳をして、私は長い髪をぱっとまとめてお団子にして、通勤用の三センチヒールにむくみきった足を差し入れた。
頭上で古くなった電灯にまとわりついた夏虫が羽音を立てて、二度三度、蛍光灯にその身をぶつけた。
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