写真を1分間観続ける練習
写真を、1分間じっくりと観たことがありますか。
たぶん、多くの人はないと思います。
写真展によく行く人でも、ないかもしれない。
でも、たった1分で写真は変わります。
正確に言うと、写真が変わるのではなく、自分の見え方が変わります。
今日はその話です。
「観る」と「見たつもり」は、けっこう違う
写真を1分間観続けたことがありますか?
……何を言ってるんだ、と思いますよね。
わかります。自分でも少し思っています。
では、質問を変えます。
写真展でも、写真集でも、グラビア雑誌でも何でもいい。
1枚の写真を、1分間じっくり観たことがありますか?
これ、意外と少ないはずです。
人は思っているより、すぐ次へ行く
展覧会で、1枚の絵の前に立ち止まって観る平均時間は、およそ20秒と言われています。
20秒。
長いようで、かなり短い。
10秒もあれば、表面的なことはだいたいわかります。
何が写っているか。
明るいか暗いか。
好きか嫌いか。
上手いかそうでもないか。
そのくらいなら、すぐ判断できる。
むしろ、理解できない写真は素通りしがちです。
わざわざ理解しようとしない。
別に人生に支障はないからです。
それも、まあ正しい。
正しいんですが、ちょっともったいない。
1分観ると、写真の“奥”が出てくる
でも一度、1分間だけじっくり観てみてください。
最初は何も起きません。
20秒くらいで「もう見たな」と思います。
30秒あたりで少し退屈します。
40秒を超えたあたりで、ようやく別のものが見え始めます。
それまで見えていなかったものが、急に立ち上がってくるんです。
花の写真なら、茎に止まった小さな生き物。
背景のボケの中にある、かすかな色の揺れ。
ポートレートなら、表情そのものより、その表情の先にあるもの。
目線の迷い。
肩の力。
呼吸の気配。
主役だけを見ていたはずなのに、
その周辺にある世界が急に見えてくる。
ここが面白いんです。
写真は「情報」じゃなく「関係」でできている
写真って、写っているものを理解したら終わり、ではないんですよね。
むしろそこから先に、写真らしさがある。
何が写っているか。
それは入口です。
でも本当に語ってくるのは
なぜその位置で切ったのか
なぜその瞬間だったのか
どこまで見せて、どこを残したのか
そういう、写真の中の関係性です。
1分観ると、その関係が少しずつ見えてきます。
「きれい」で終わっていた写真が、急に“考え始める”ことがあります。
この瞬間が、かなり好きです。
それはちゃんと名前のある見方です
これは気合いで頑張る話ではありません。
ちゃんと美術教育の考え方としてあります。
スロールッキング。
ゆっくり見ること。
すぐに評価しないこと。
すぐに「わかった」としないこと。
少しだけ、その場に留まること。
それだけで、美術に対する思念はかなり深まります。
写真も同じです。
早く消費するより、少し長く向き合う。
ただそれだけで、作品との距離が変わるんです。
おすすめのやり方
やることはシンプルです。
1枚選ぶ。
タイマーを1分にする。
ただ観る。
分析しなくてもいいです。
正しい感想を持とうとしなくてもいい。
「なんか気になる」だけでも十分。
終わったあとに、
最初に見えなかったもの
途中で気になった違和感
なぜか残った部分
このあたりを一言メモすると、さらに面白いです。
おわりに
写真を観る力って、撮る力とかなり繋がっています。
たくさん撮るのも大事。
でも、じっくり観ることも同じくらい大事です。
1分でいいんです。
たった1分。
でもその1分で、
「見たつもり」だった写真が、少しだけ深くなる。
それはたぶん、写真だけじゃなく、美術そのものを味わう練習にもなるはずです。
スロールッキング。
かなりおすすめです。
