時代が追いつかなかった音楽革命——mF247を知っていますか
知っている人は、もうかなり少ないかもしれません。
EPICソニーの創始者、そしてプレステの生みの親、丸山茂雄氏が立ち上げた
2005年12月に始まった mF247 (エムエフにーよんなな)というインディーズ音楽キュレーションWebサービスのことです。
今の感覚で見ると、かなり先を行っていました。
いや、先を行きすぎていた、と言ったほうが正しいかもしれません。
「たとえお金を払ってでも、自分たちの曲を聴いてほしい」
そんな熱量を持ったミュージシャンを世の中に出していく仕組み。
20年経った今振り返ると、あれは単なる音楽配信ではなく、思想のある発掘装置だったのだと思います。
mF247とは何だったのか
mF247の仕組みは、かなり明快でした。
アーティストが楽曲をアップロードする
レビュアー(審査員)が楽曲を審査する
合格したアーティストは登録料1万円を払ってサイトに登録する
一般リスナーは基本無料で楽曲をダウンロードして聴ける
この構造、今見てもかなり面白いんです。
要するに、
アーティストがお金を払ってリスナーに無料で聴いてもらうんです。
自分を発掘してもらうために。
プロモーションですね。
しかも
「誰でも参加できる」ではなく、「本気の人だけが上がってくる」
ように設計されていました。
無料でばらまくことではなく、
熱量のあるUGCをどう磨き、どう届けるか。
その発想が、かなり先鋭的でした。
しかも丸山氏らしく、インディーズを盛り上げるために
小室哲哉(DJ TK名義)や佐久間正英のような業界牽引者もひっそりと参加し、
商業的ではなく個人的な作品を発表していました。
2006年 年間ダウンロードランキング TOP5
1. 「SOMEDAY 2006」 — DJ TK
2. 「真っ赤なデイゴの咲く小道」 — 成底ゆう子
3. 「Someday mF remix」 — DJ TK
4. 「I WANT YOU BACK(mF247 remix)」 — DJ TK
5. 「深夜高速」 — フラワーカンパニーズ
https://barks.jp/news/592191
1xに似ている、と思っている
僕はこれ、写真の 1x(世界最高峰アートフォトギャラリー) にすごく近いと思っています。
1xも、ざっくり言うとこうです。
有料会費を払った意識の高いフォトグラファーのみ投稿できる
キュレーターが審査する
合格した写真だけが掲載される
ハイレベルなオンラインギャラリーが形成される
結果として、
「誰でも載せられる場所」ではなく、
「選ばれたものだけが並ぶ場所」になります。
この「場の質そのものを設計する」考え方が、mF247にもありました。
単に投稿サイトではない。
キュレーションそのものが価値だったんです。
実は僕も、中にいた
実は僕、mF247のローンチ時からレビュアーとして楽曲審査に関わっていました。
1xで言えば、エキスパートキュレーターみたいな立場です。
今こうやって書くと少し格好いいですね。
当時は毎日必死でしたが。
でも、あの時間は本当に面白かった。
毎日たくさんの楽曲を聴いて、判断して、選ぶ。
それは単なる審査じゃなくて、まだ名前のついていない熱量に出会う仕事でもありました。
好みで選ぶことも大切ですが、理論的、体系的に選ぶスキルも磨かれました。
新しいサウンドに触れるのは楽しかったし、
今やっているアーティスト発掘の仕事にも、アート評価の仕事にも、確実に繋がっていると思います。
今ビジネスを考えると、結局そこに戻ってくる
面白いのはここです。
いま僕が新しく、UGCを主体とした音楽ビジネスを考えると、
結局かなり mF247に近いもの が出来上がるんですよね。
つまり、20年前にすでに答えの輪郭があった。
もちろん、今は時代が違います。
SNSもある。
ストリーミングもある。
配信インフラも、決済も、認知導線も、当時とは比較にならない。
でも根っこの思想は変わらない。
本気の作り手を、ちゃんと選び、ちゃんと届ける。
その思想に、mF247はかなり早い段階で辿り着いていた。
だからこそ、丸山氏の先見性には頭が上がりません。
ただ、早すぎた
でも、mF247は早すぎた。
ローンチから約2年半。
2008年には一度サービスを終了します。
この「早すぎた」という感覚、
良いアイデアに触れたときほど残酷です。
考え方は正しい。
でも市場が追いついていない。
ユーザーの習慣も追いついていない。
技術も、空気も、まだ少し足りない。
未来を見ていたのに、未来がまだ来ていなかった。
そういうサービスって、あるんですよね。
そして、運営権がヤフオクに出る
ここからの展開も、いかにもあの時代らしい。
丸山氏いわく
「mF247は設立の使命は果たしたと考えている」
そして、なんと運営権がヤフオクに出品されました。
それこそが尖っているビジネス手法でした。
その後、入札の結果、なんと当時ニワンゴを率いていたひろゆき氏に運営権が移り、さらに4年間続いたんです。
そして、ひろゆき氏がニワンゴを離れるタイミングと重なるように、mF247はひっそりと完全終了しました。
サービスの終わり方まで含めて、なんだかすごく2000年代っぽい。
まだインターネットが、今より少し野生だった頃の匂いがします。
Spotify前夜、MySpace前夜、そのさらに前
今の若い人にとっては、少し信じにくいかもしれません。
Spotifyを筆頭とするストリーミングは、まだ影も形も薄い時代。
MySpaceが一世風靡する、さらに前。
音楽のネット流通が当たり前になる手前の時代です。
今なら普通に見える仕組みも、当時はかなり異端でした。
だからmF247は、失敗したというより、
未来を先にやりすぎたのだと思っています。
まとめ
mF247に想うことを一言で言えば、こうです。
時代が追いつかなかった革命。
でも、革命ってたいていそういうものかもしれません。
その瞬間には理解されきらない。
でも、あとから振り返ると「あれ、あそこに原型があったよね」となる。
まるでTikTokの原型となったVine(2012-2017)のように。
mF247は、まさにそういう存在でした。
そしてたぶん、
今またUGCやキュレーションや発掘型のビジネスを考えるなら、
あの思想はもう一度参照されるべきです。
20年前に一度現れた未来は、
いまなら、もう少しうまく育てられるかもしれない。
そう思うと、ちょっとわくわくします。
追伸
MySpace、Vineなついなw
