ぽつん
その本は雨が似合う。表紙からして雨が降っている。男の人が傘を差している。灰色を基調としたちょっと暗っぽい感じのその絵は、でも本の内容としては少しも一致しない。そもそも話のなかで雨は一度も降らなくて、男の人は出てくるけれど傘は差さない。表紙の絵は物語に出てくる少女の心のうちで、話を読む私の心のうちでもある。心はぽつんとしている。ひとりで、さびしく、突っ立っている。音もないのにぽつん。
喉が渇いたのですいかを食べた。甘いすいかは好きになれず、中心の部分よりも皮に近いとこが好きだった。小学生のとき、よその子とすいかを食べるのには困ったものだった。どのあたりまで食べてよいのかと。さぐりながら食べる。こっそり目だけできょろきょろ見る。食べる速度を遅くして頃合いを測る。もどかしい。さっさと食べたい、さっさと食べてくれ。話なんかしてないでさ。男の子ほど食べるのが遅い、種で遊んだりして。肝心なとき役に立たない。私はいつもより浅く食べ、後悔することになる。もっと食べたかった。でもまわりの子たちはそこまで食べてないみたい。すいかは難しい食べものなのだな。みんなと一緒に食べるもんじゃない。でもあんな大きいのひとりじゃ無理だし。すいかで社会性を学ぶ夏。なんかつまらなそうだ。
母親はすいかを食卓に出すとき皮を切りはずしてくれた。発明だと思った。皿の上のひと口大よりはちょっと大きめに切られたすいかはフォークで刺すのに手ごろで、そのためにこそ存在があるのだとすら思わせた。食べやすい。おいしい。何よりひそかに悩む必要がない。集中できる。すいかのみずみずしさに、口からこぼれる果汁に、みるみるひいていくカラダじゅうの温度に。
雨はやんでいて、窓の外は明るくなっている。いくらかあの本の表紙も明るく見えた。すいかはひとりぼっちで食べるものではないのだな。口のなかに残ったすいかの種をふっと皿に吐き出す。カラン、ではなく、ぽつん、と音が聞こえた気がした。
