人口が減ると、あなたの暮らしはどう変わる?秋田で先に始まった『病院・バス・仕事・地域』が消えていく未来「ルポ 人が減る社会で起こること」を小学生でも分かるように説明します
ルポ 人が減る社会で起こること
秋田「少子高齢課題県」はいま
著者 工藤 哲
はじめに
このnote記事は、無料部分の「小学生でもわかる解説」だけでも十分にご理解いただけます。
有料エリアには「音声考察(日本語版・英語版)」と本のエッセンスをより深く理解するための「大人向けの解説」を用意しております。
なお、この記事は無料・有料・音声考察のすべてにおいて、原著の引用は一切使用しておりません。すべて、私自身の言葉のみで構成したものです。

日本で一番「人が減っている」秋田県と、私たちの未来。
みなさんは、日本が今、どんどん人口が減っているというニュースを聞いたことがありますか?
人口が減るということは、私たちが暮らす社会が大きく変わってしまうということです。
この本は、日本の中で一番早いスピードで人口が減り、お年寄りの割合が増えている秋田県を舞台に、実際にどのようなことが起きているのかを詳しく調査してまとめたルポルタージュです。
ルポルタージュとは、記者が現地に足を運んで、そこに住む人たちの声を直接聞き、社会の本当の姿を記録した記事のことです。
秋田県と聞いて、みなさんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか?
可愛くて大きな秋田犬、スーパーで見かける美味しいお米のブランドであるあきたこまち、あるいは美味しい日本酒やたくさんの農産物を思い出す人が多いかもしれません。
また、冬にはたくさんの雪が降り、とても寒くて移動が大変そうな場所だという印象を持っている人もいるでしょう。
著者の記者は、2020年の秋に中国の上海から秋田県に赴任しました。
最初はのどかな景色や優しい人たちに感動していましたが、各地を取材するうちに、ある重大な変化に気がつきました。
それは、どこに行っても街やお店が比較的空いており、何となく人の姿が減っているということでした。
具体的な数字を見てみましょう。
著者が赴任した2020年の秋、秋田県の人口は約96万人でした。
しかし、そこからたった4年半ほどの間に、人口は90万人を下回り、6万人以上も減ってしまったのです。
この「6万人」という数は、野球やサッカーが行われる東京ドームに満員の観客を入れたときの人数(約5万5000人)よりも多い数です。
つまり、毎年1万人以上のペースで、ものすごい勢いで人がいなくなっているのです。
将来の予測では、秋田県の人口はこれから25年間の間に、現在の約6割近くにまで減ってしまうと予想されています。
また、14歳以下の子どもの割合や、実際に仕事をして社会を支える15歳から64歳までの人の割合も、秋田県は全国で最も低い状態が続くと見られています。
その一方で、65歳以上のお年寄りの割合はどんどん高くなり、2050年には秋田県の人口の半分(49.9パーセント)がお年寄りになると予測されています。
これは全国で最も高い割合です。
「人が減って、お年寄りばかりになる」ということは、ただ遠い秋田県だけの問題ではありません。
専門家の研究によると、2045年以降には、日本の中心である東京都を含むすべての都道府県で、人口が減り始めると言われています。
つまり、今、秋田県で起きている様々な困りごとや難しい問題は、これから15年ほど経ったあとに、日本全国のどこでも起きる「私たちの未来の姿」そのものなのです。
日本全体を1人の人間に例えると、大都市が「顔」であれば、食べ物や人材を送り出して支えている地方は「足腰」にあたります。
足腰の力が衰えてしまえば、顔がどれだけ綺麗であっても、国としてしっかり立ち続けることは難しくなってしまいます。
そのため、秋田県で今何が起きているのかを正しく知ることは、これからの日本全体を考えていくためにとても重要なことなのです。
お年寄りのお祝い金を続けるべき?お金が足りない市の大きな選択。
お年寄りの割合がとても高くなった秋田県では、お年寄りをお祝いするための「お金」をめぐって、激しい対立が起きました。
2023年の春、秋田県仙北市(せんぼくし)という、観光や歴史で有名なお寺や古い屋敷がある美しい市で、ある条例の変更案が話し合われました。
仙北市には、お年寄りを敬い、元気に暮らしてもらうために、毎年9月になると、その年に80歳になる人へ5000円、100歳になる人へ10万円のお祝い金を支給するという決まり(条例)がありました。
しかし、新しく就任した市長は、このお祝い金のうち「80歳への5000円」の支給を事実上やめてしまおうという提案を市議会に行いました。
なぜ、市長はお年寄りを喜ばせるためのお祝い金をなくそうとしたのでしょうか?
その理由は、市の財政(お金のやりくり)がとても厳しくなっていたからです。
仙北市が将来の不足や緊急の事態に備えて積み立てていた「財政調整基金」という、いわば市の貯金は、2016年には約27億円もありました。
しかし、人口が減って市に入る税金が少なくなっていく一方で、老朽化した新しい市役所の建物を建てたりしたため、2023年には貯金がたったの3700万円にまで減ってしまっていたのです。
さらに、仙北市は面積が1000平方キロメートルを超えるとても広い市で、その8割は森林であり、冬にはたくさんの雪が降る豪雪地域です。
人口がどれだけ減っても、そこに住んでいる市民がいる限り、道路の雪かき(除雪)をしなければ、人々は生活できません。
また、上下水道の維持や、市民が使う病院を維持するためにも、莫大なお金がかかり続けます。
人が減ると、住民1人あたりの負担額はどんどん増えていってしまいます。
市長は、「この1年間に市内で生まれた赤ちゃんの数はついに70人を下回りました。
これは私が子どもの頃の10分の1の水準です。
これは少子化というレベルではなく、すでに子どもがほとんど生まれない状態です。
今、思い切った少子化対策にお金を使わなければ、将来、市そのものが消滅してしまいます。
そのためには、お祝い金を少子化対策のための予算に回させてほしい」と、市民や議会に理解を求めました。
これに対して、市議会や一部の市民、特にお年寄りたちからは、激しい反対意見が噴出しました。
反対した議員たちは、「戦争が終わったあとの大変な時代を生き抜き、日本やこの地域を支えてきてくれたお年寄りにとって、節目のお祝い金をもらうことは人生の大きな生きがいであり、楽しみです。
お祝い金をなくすことは、市民の思いを踏みにじるものであり、行政への不信感を高めてしまいます。
5000円くらいのお祝い金なら、お祭りや赤字事業の無駄を見直せば、十分に生み出せるはずです」と主張しました。
また、お祝い金をもらったお年寄りが、それをきっかけに家族を集めて地元の食堂で外食をしたり、孫やひ孫にプレゼントを買ってあげたりして、結果的には若い世代にお金が還元されているという意見もありました。
市議会での話し合いの結果、お祝い金をなくすという市長の提案は、反対多数で否決(却下)され、お祝い金はそのまま残されることになりました。
この出来事は、これからの日本が直面する「シルバー民主主義」という大きな問題を象徴しています。
シルバー民主主義とは、人口の中でお年寄りの割合が高くなることで、選挙の票を多く持つお年寄りの意見ばかりが優先され、少数の若者や子どもたちのための政策が後回しにされてしまうという政治や社会の現象のことです。
高齢者と若者のどちらを優先するかという対立ではなく、限られた予算を未来の世代にどのように引き継いでいくのか、冷静に話し合うことの難しさを、この問題は私たちに教えてくれています。
お医者さんが足りない!山を走る医療用自動車と、後継ぎのいない会社。
人が急激に減ると、私たちの命を支える医療の現場や、日々の暮らしを動かしているお店や乗り物にも、大きなピンチが訪れます。
まず、お医者さんが足りなくなる問題です。
秋田県では、人口が減ることで病院を利用する患者さんの数も減り、多くの病院の経営が苦しくなっています。
限られた数のお医者さんや看護師さんを効率よく活用するため、県や医療の専門家は、似たような役割を持つ複数の病院を1つにまとめ(集約化・広域化)、それぞれが異なる強みを持って役割分担をする仕組みに変えようとしています。
しかし、病院を1つにまとめてしまうと、当然、家から病院までの距離が遠くなってしまいます。
特に、自分で車を運転できないお年寄りや、近くにバスが走っていない過疎地(かそち:人が極端に少なくなった地域)に住む人々にとっては、診察を受けるための移動が命がけの負担になります。
そこで、仙北市では2024年の2月に、「仙北維新電身丸(しんしんまる)」という特別な医療機器を載せた車の運転を始めました。
この車は、お年寄りの移動の負担を減らすために導入されたもので、およそ2400万円の費用がかかっています。
車の中には、心電図を測る機械や、お腹の中を調べる超音波診断装置、リモート診察のための電子カルテシステムなどの最新のデジタル技術がぎっしりと詰め込まれています。
この車に看護師さんと運転手さんが乗って、お年寄りの自宅を順番に回っていきます。
そして、車の中にいる看護師さんと、病院にいるお医者さんをパソコンの画面でリアルタイムに繋ぎ、お医者さんがリモートで診察を行います。
看護師さんは、「お寺の診察室や、離れた場所で行う検査がすべて車の中で完結するので、とてもやりがいがあります」と語っています。
これにより、移動が難しいお年寄りでも、安心して自宅にいながら診察や検査を受けることができるようになりました。
もう1つの深刻な問題は、会社を経営する「社長さん」の後継ぎがいないということです。
調査によると、秋田県内の社長さんの平均年齢は62.5歳(2023年)で、なんと6年連続で全国で最も高くなっています。
さらに、後継ぎが決まっていない会社の割合を示す「後継者不在率」は、秋田県では70.0パーセントに達し、全国で2番目に高い水準です。
若者が少なくなると、代々続いてきた会社を次の世代に引き継ぐことができず、黒字で利益が出ている会社であっても、社長さんの高齢化や病気によって、そのまま会社をたたまざるを得ないケース(廃業)が増えています。
この人手不足は、私たちの暮らしに欠かせない「公共交通機関(こうきょうこうつうきかん)」、つまりバスやタクシー、鉄道にも大きな影を落としています。
バスの運転手を目指す若者が減ったため、秋田県内の主要なバス会社では、ここ数年で運転手の数が約3割も減ってしまいました。
その結果、お年寄りや高校生が毎日使う路線バスが廃止されたり、本数が減らされたりしています。
お年寄りが安全のために車の運転免許を国に返す(自主返納する)と、バスも走っていない地域では、どこにも出かけることができなくなってしまいます。
隣の家まで何十メートルも離れているような過疎地では、お年寄りが家の中に引きこもりがちになり、運動不足で筋力が落ち、うつ病や認知症を引き起こすという「悪いスパイラル(連鎖)」が起きています。
社会を支えるためのお医者さんや、後継ぎ、運転手さんが不足することは、地域に住む人々の健康や暮らしの安全そのものを脅かしているのです。
人が減った場所にやってくるクマ!命がけの暮らしと特産品を守る戦い。
人口が減ることで、私たちの暮らしに予想もしなかった新しい危機が迫っています。
それが、野生の「ツキノワグマ」による重大な被害です。
昔は、人間が住む街と、クマなどの野生動物が住む山奥の間には、人間が畑を耕したり木を切り出したりする「里山(さとやま)」という境界線がありました。
しかし、人口が減って、山に近い集落から人がいなくなったり、空き家が増えたりしたことで、この境界線があいまいになってしまいました。
その結果、クマにとって人間が住むエリアとの障害物がなくなり、どんどん人里や街の中に進出してくるようになったのです。
2023年、秋田県内でクマに襲われてケガをした人の数は、過去最高の70人に達しました。
これまでは山の中で遭遇することが多かったのですが、最近では、人々が毎日暮らす住宅地や街の中心部での被害が急増しています。
それを象徴する前代未聞の事件が、2024年の11月に起きました。
秋田市内の住宅密集地にあるスーパーマーケットの中に、なんと体長約1メートルのメスのツキノワグマが侵入したのです。
クマは荷物を搬入するためのトラック用の入り口(シャッターが開いていた場所)から入り込み、お肉売り場の近くで従業員を襲って大ケガをさせました。
その後、クマはスーパーのバックヤード(お肉や野菜を加工する裏方の部屋)に潜り込み、なんと2日間も店の中に立てこもりました。
警察や市の職員たちは、店内の安全を確かめるために、人が入る代わりにドローンを店内に飛ばして中の様子を観察しました。
そして、おとりとなるハチミツやリンゴ、パンを入れた頑丈な箱型の罠を設置し、無事にクマを捕獲することに成功しました。
この事件は、日常的に使う買い物スポットにまでクマがやってくるという、住民たちへの大きなショックと不安を与えました。
暗い早朝、毎日みんなの家に新聞を届けている新聞配達の人たちが、クマに突然襲われる悲惨な事件も相次いでいます。
ある70代の女性は、まだ真っ暗な午前4時頃、お家を回りながら新聞を配っていたところ、後ろからいきなり大きなクマに襲われました。
お尻や腰を引っかかれ、肩を噛まれ、頭に爪を立てられる大ケガを負い、治るまでに1ヶ月以上かかる重症となりました。
クマが走るスピードは人間の数倍も速いため、突然出会ってしまったら、人間は自分の力だけで逃げ切ることは不可能です。
さらに山奥では、伝統的な山菜やタケノコ採りをしていたお年寄りがクマに襲われて亡くなる悲しい事件も起きています。
2024年の5月には、山にタケノコを採りに入った男性が行方不明になり、救助に向かった2人の警察官までが突然現れたクマに襲われ、顔や腕をひどく噛まれて大ケガを負うという事件が起きました。
この時のクマは、人間が持っているタケノコなどの食べ物を力づくで奪い取ったり、人間そのものを食べ物として認識して積極的に攻撃してきたりする、最も危険度の高いクマだったと考えられています。
クマの被害は、秋田の伝統的な農業や特産品にも大打撃を与えています。
仙北市には、江戸時代から300年以上も大切に育てられてきた、子どもの拳ほどの大きさにもなる日本一大きな「西明寺栗(さいみょうじぐり)」という特産品があります。
しかし、2023年の秋には、この美味しい栗の実を狙って、ツキノワグマが栗林に連日押し寄せました。
クマたちは太い枝を力任せにバキバキと折り、木の上に登って美味しい栗を食べ尽くしてしまいました。
栗林の周囲は深い森に囲まれており、いつクマが出るか分からないため、農家の人たちは1人では怖くて収穫に行けなくなりました。
その結果、栗の収穫量は例年の半分にまで減ってしまい、大きな損失となりました。
このような事態を受けて、自治体ではクマが民家の近くに隠れないように、昔から庭に植えられていた柿や栗の木を国の補助金を使って切り倒すという対策を進めています。
先祖代々、秋田の農村で親しまれてきた美味しい柿や栗のあるのどかな風景が、安全のために消えていくという寂しい変化も起きています。
地元の小中学校では、子どもたちが安全に通学できるように、リュックサックやランドセルに「クマよけの鈴」をつけることが日常のルールになっています。
また、電気を通して動物が触れると痛みを感じて退散させる「電気柵(でんきさく)」を畑の周りに張り巡らせる農家も増えています。
クマを退治するハンター(狩猟者)のグループでも、メンバーの4割以上が70代以上という高齢化が進んでおり、これからの地域を野生動物から守るために、若い世代のハンターを育てる訓練や、頭を守るための特別なヘルメット、防弾チョッキのような防護服の開発などが急いで進められています。
「しょっぱい味」が大好き!健康と伝統のあいだで揺れる食文化。
秋田県や東北地方を訪れた人が、生活の中でまずびっくりすることの1つに、「料理の味付けがとても濃くて、しょっぱい」ということがあります。
この地域の食文化には、塩分が非常に多く含まれているという、長年続いてきた大きな特徴があるのです。
なぜ、秋田県ではこれほどしょっぱい味付けが好まれてきたのでしょうか。
その理由は、この地域の歴史と、厳しい気候(冬の長さ)にあります。
冷蔵庫やスーパーマーケットがなかった昔、東北地方では冬になると深い雪に覆われ、野菜や魚を収穫することができなくなりました。
そのため、人々はあたたかい春や夏に獲れた食材を、厳しい冬の間も腐らせずに長持ちさせるために、たくさんの塩を使って「塩漬け」や「燻製(くんせい:煙でいぶすこと)」にして保存する知恵を生み出しました。
その代表的なものが、大根をいぶして米ぬかと塩で漬け込んだ「いぶりがっこ(漬物)」や、真っ白な塩が表面に吹き出るほどしょっぱく焼き上げたサケの塩引きである「ぼだっこ」です。
これらのしょっぱいおかずは、寒い冬に温かいご飯をたくさん食べるために、最高の相棒として親しまれてきました。
また、鉱山(こうざん)で働く人や、激しい農業の仕事で大量の汗をかく肉体労働者が多かったため、体から失われる塩分を補うために、自然と濃い味付けが根付いていったという背景もあります。
しかし、塩分の取りすぎは、人間の健康に重大な影響を及ぼします。
1960年代、秋田県では「脳卒中(のうそつちゅう:脳の血管が切れたり詰まったりして倒れる病気)」で亡くなる人の割合が、全国だけでなく、世界的に見てもトップレベルに高いことが大きな社会問題となりました。
当時の人々は、激しい仕事で消費するエネルギーを補うためにご飯を大食いし、それをお腹に入れるために、塩の塊のようなしょっぱい漬物や、味の濃い味噌汁をたくさん飲んでいたのです。
秋田県の佐竹知事自身も、2011年に軽い脳出血(脳卒中の1つ)を起こして倒れた経験を持っています。
知事は当時、毎晩のようにお酒を飲み、塩辛やスジコ、漬物などの塩分の濃いおつまみが大好きだったそうです。
知事会見の途中に、持っていた紙を何度も手から落としてしまい、「おかしい」と思って病院へ行ったところ、脳出血と診断され、50日間近く入院して厳しいリハビリを行うことになりました。
このショックから、知事は栄養士から厳しい指導を受け、おつまみを野菜やチーズに変え、醤油の代わりにポン酢やレモン汁を使うなど、徹底的な「減塩(げんえん:塩分を減らすこと)」の生活に変えました。
知事は「本気で食事を変えれば、1ヶ月で味覚が変わります。
今では外食の味がしょっぱすぎると感じるようになりました」と、実感を語っています。
秋田県では、お年寄りたちに塩分を控えてもらうために、昔からある伝統的な「秋田音頭」のリズムに合わせて、「麺類のスープは残そう」「毎日の味噌汁の回数を減らそう」と呼びかける「新・減塩音頭(しん・げんえんおんど)」を作って啓発活動を行っています。
しかし、何百年も先祖代々受け継がれてきた家庭の味覚や、「お客さんには、たくさんのおかずと塩気のきいた漬物でもてなすのが最高の礼儀だ」というお年寄りのプライドを、簡単に変えることは非常に難しいのが現実です。
実際、健康的なヘルシー料理で全国的に有名なお店(タニタ食堂)が秋田市に進出したことがありましたが、味付けが薄くて県民の好みに合わず、客足が伸びずに数年で閉店に追い込まれてしまうという、不名誉な出来事も起きました。
その一方で、はるか昔の「縄文(じょうもん)時代」の食生活を体験するイベントが、秋田県鹿角市(かづのし)にある世界文化遺産のストーンサークルの博物館で行われ、注目を集めています。
縄文人は、味噌や醤油などの調味料を持っていませんでしたが、山で採れた栗やクルミ、キノコ、山菜、川で獲れた川魚などを土器で煮たり焼いたりして、素材そのものの旨味を最大限に活かして食べていました。
現代の人工的な調味料や、しょっぱい味付けに慣れきってしまった私たちが、この縄文時代のシンプルな「素材の味」を体験することは、本当の自然の美味しさを知り、これからの健康的な食生活をどのように作っていくかを考えるための、素晴らしいヒントになっています。
「もったいない秋田」:素晴らしい宝物を安売りしない新しい挑戦。
秋田県を旅行すると、他の大都会や有名な観光地にはない、息をのむほど素晴らしい大自然や観光スポットがたくさんあることに気がつきます。
例えば、男鹿半島の海沿いにある高き「ゴジラ岩」は、夕日が沈む時間帯に特定の角度から見ると、まるで怪獣のゴジラが口の中に夕日をくわえて、真っ赤な火を吹いているように見える不思議な奇岩(きがん)です。
これは、地元の写真家が偶然発見してSNSで発信したことから一躍有名になり、今では秋田県を代表する観光ポスターの主役になっています。
また、岩手県との県境にある八幡平(はちまんたい)の山頂近くにある沼は、春の雪解けの季節(5月から6月頃)になると、沼の周囲の雪が丸く溶け、中心に白い雪が残ることで、まるでエメラルドグリーンの「龍の目(ドラゴンアイ)」のように美しく見える不思議な絶景を作り出します。
これは、台湾からの観光客がSNSで「ドラゴンブルーだ」と感動して発信したことをきっかけに、今では世界中から観光客が押し寄せる超人気スポットになりました。
さらに、大館市にある個人の藤の花の庭園である「十ノ瀬 藤の郷(とのせ ふじのさと)」は、亡くなったお父さんが趣味で植えていた藤の花を、地元のデザイナーの協力で美しく写真に収めて発信したところ、突然2万人もの観光客が押し寄せる人気スポットに生まれ変わりました。
しかし、これほどの素晴らしい観光資源や宝物がありながら、秋田県の人々は長年、これらを「安すぎる値段」で提供したり、あるいは完全無料で提供したりしてきました。
著者が訪れたある地域の歴史的な資料館は、中に入ると非常に貴重な展示品がたくさん並んでいるのにも関わらず、入場料はわずか150円でした。
さらに、展示されている美術品を解説した立派な作品集まで、無料でプレゼントされてしまったのです。
また、冬に行われる美しい雪のお祭りでは、地元のボランティアのおばあちゃんたちが、手作りの美味しいおしるこや漬物を観光客に無料で振る舞っていました。
見かねた観光客が「とても美味しいので、ちゃんとお金を払いたいです」と申し出ても、おばあちゃんたちは「私たちは遠くからわざわざ来てくれたことが嬉しいから、おもてなしの気持ちでやっているの。
お金をもらうのは嫌いだから、1円もいりません」と笑顔で断ってしまったそうです。
おもてなしの善意はとても美しく、素晴らしいものです。
しかし、地域の人口が減り、お祭りを引き継ぐ若者たちの収入がなくなっていく中で、すべてを無料や赤字同然のボランティアで続けていけば、結果的にその素晴らしいお祭りや観光地そのものが、お金が回らなくなって消えていってしまいます。
おもてなしの心で損をし続ける仕組みは、地域の経済を豊かにすることには繋がらないのです。
そこで、今、秋田県では「価値があるものには、ちゃんとした対価(お金)をつけよう」という、新しい挑戦が始まっています。
あじさいの美しさで全国的に有名になった男鹿市のお寺「雲昌寺(うんしょうじ)」では、あじさいが最も綺麗に咲く見頃の時期や、土曜日・日曜日などの混雑する日、さらには夜間のライトアップの時間帯に合わせて、拝観料(入場料)を300円から1300円までの間で細かく変動させる「料金変動制(ダイナミック・プライシング)」を導入しました。
副住職は、「あじさいを綺麗に咲かせるためには、1年を通じて肥料を買い、草を刈り、危険な虫や蚊に刺されながら水やりをする、膨大な手間とコストがかかっています。
また、値段を安くしすぎてお寺がパンクし、周囲の住民に大混雑の迷惑をかけるくらいなら、適切な価格をつけて、静かにゆっくりと絶景を楽しんでもらう方が良いと考えました。
そして、お寺がしっかりと稼ぐことで、地元の周辺のお店やホテル、観光地にもお金が回り、地域を元気にすることができます」と、その狙いを語っています。
秋田のプロバスケットボールチーム「秋田ノーザンハピネッツ」も、試合の人気や対戦相手によって、チケットの値段を変動させる仕組みを導入しています。
さらに、これまで人手不足で放置され、地面に落ちて無駄になっていた民家の柿の実をボランティアで収穫し、美味しい若者向けのスムージーに加工して販売する活動や、秋田沖でたくさん獲れるものの、これまで食べ方が分からずに捨てられていた「シイラ」という魚を、
地元の海洋高校の生徒たちが美味しいジャーキーにしてお土産として売り出すなど、「もったいない秋田」の資源から、新しいビジネスと価値を生み出すワクワクする取り組みが始まっています。
女の子たちが東京へ行ってしまう理由と、これからの日本。
秋田県が抱える最大のピンチであり、解決しなければならない課題は、地元の優秀な「若い女性(女の子たち)」が、高校を卒業した進学や就職のタイミングで、どんどん県外(特に東京などの大都会)へ逃げるように出て行ってしまい、二度と地元に戻ってこないということです。
なぜ、女の子たちは生まれ育った大好きな秋田県を離れて、東京へ行ってしまうのでしょうか?
その背景には、秋田県に根強く残っている「男性は仕事、女性は家庭」という、昔ながらの性別による役割分担の古い価値観や思い込み(バイアス)があります。
秋田県の企業やお役所の重要なポジション、リーダーシップを握る立場を調べると、そのほとんどすべてを男性が占めています。
優秀な女子学生が「将来、この地域で自分の能力を活かして、やりがいのある仕事をしたい」と思っても、会社の上司や周囲の大人が、悪意はなくても
「女性には責任の重すぎる仕事は無理だから、簡単なサポート作業だけをやっていればいい」
「早く結婚して家庭に入るのが女の子の幸せだ」
と決めつけてしまい、挑戦するチャンスを奪ってしまうことが少なくありません。
また、都会に比べて給料(賃金)がとても低いことも、大きな原因です。
秋田県で生まれ育ち、大切に育てられた女の子たちが、都会の大学へ進学し、そこで生き生きとした多様な生き方に触れてしまうと、
「チャンスもやりがいもなく、男尊女卑(だんそんじょひ)のような古い考え方が残る地元には、もう戻りたくない」
と感じてしまうのは、当然のことなのかもしれません。
地元の親や祖父母たち自身も、家の中で子どもに向かって「秋田には何もないから、将来は都会に出て行ったほうがいいよ」と、簡単に伝えてしまうことがあります。
このまま若い女性がいなくなってしまえば、当然、地域で新しい赤ちゃんが生まれることはなくなり、人口減少はますますスピードを上げて取り返しのつかない状態になります。
この問題を解決するために、秋田県では初めての女性の「理事(お役所の重要な役職)」に、大企業の元女性社長である津山さ苗氏などを起用し、女性がやりがいを持って働ける職場づくりや、
男性が積極的に育児休暇をとって家事と仕事を両立できる環境づくりなど、社会全体の意識改革に全力を挙げて取り組んでいます。
また、すべての機能やお金、若い人材が大都会に集まり続ける「東京一極集中(とうきょういっきょくしゅうちゅう)」は、日本全体にとって非常に恐ろしいリスクでもあります。
元知事の佐竹氏は、「もし、東京で大きな首都直下地震が起きたり、富士山が噴火したりする大災害が発生すれば、政治も行政も経済の機能も、すべてが東京にある日本は、一瞬にして全滅し、機能がストップしてしまいます。
一般の投資でも、リスクを分散することが鉄則であるように、大都市の繁栄を支えている人材や美味しい食べ物、クリーンなエネルギーを作り出している地方の多様性を守り、リスクを全国に分散させることが、日本の危機管理において絶対に不可欠なことなのです」と、強く警告しています。
秋田県で今、目に見える形で起きているクマの被害、お祝い金の対立、病院の危機、公共交通機関の廃止、社長の後継ぎ不足、そして若い女性の流出という様々な大問題は、決して他人事ではありません。
それは、15年後の日本全体のあらゆる地方都市や、みなさんが暮らす街でも必ず起きる「未来の姿」そのものです。
私たちが今、秋田県で起きている現実を冷静に見つめ、これまでの「当たり前」や「古い思い込み」を捨てて、若者や女性が生き生きと活躍できる、多様で柔軟な社会を作っていくことこそが、15年後の日本全体の未来を救うための、最初の大切な一歩になるのです。

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