Ca-050:仙人雪衣│燕の巣とメレンゲのオムレツ
広東料理シリーズ、第一部完!
こんな料理が昔からあったなんて!
美しく、限りなく美しい、そんな一品を紹介しましょう。
広東の古き良き宴席において、その噂話が遥か千里を超えて伝わったと言われ、現代広東料理界においても伝説の逸品として讃えられる、ひときわ異彩を放つデザートがあります。
仙人雪衣(シンヤン・シュッイー / Sin jan syut ji)。
「仙人の纏う雪の衣」という名の料理です。
我々日本人には「じゅげむ」の落語に登場する「五劫の擦り切れ」でおなじみ、天女が纏う羽衣をイメージすると分かりやすいでしょうか。透明で、軽く、強靭。物語によっては様々なスキルを付与されていることもあります。
皿の上にこんもりと盛られた姿は、まるで仙人がまとう雪のように白い羽衣。あまりにも美しく、軽いため、この名がつけられました。中世の広東人もなかなかいいセンスをしていますね。
スプーンを入れれば、口の中でフワリと消えるメレンゲの衣、そして中から現れるのは、世界中の美食家たちが「永遠の若さ」を求めて奪い合ってきた究極の至宝、「ツバメの巣(燕窩)」です。
中国四大珍味の一つ、ツバメの巣。
知っている人にとっては垂涎の品ですが、今でも中華料理の深淵を知らない人には、「え?ツバメの巣?そんなものが食べられるの!?」と、変な顔をされる食材です。
日本の軒先にある泥と枯れ草の巣を想像してしまうのでしょう。もちろん、それは大いなる誤解です。
中華料理でツバメの巣と言った時、私たちが食すのは、アマツバメ科に属する「アナツバメ(Collocalia)」の巣です。彼らは泥を一切使わず、自らの唾液腺から分泌される純粋な分泌物だけで巣を作ります。
繁殖期を迎えた親ツバメは、約1ヶ月かけて1本の粘り気のある糸を吐き出し、それを何層も重ねて半月型のバリア(巣)を構築します。この涙ぐましい努力と生理の結晶を、私たちは「美食」として享受しているのです。穴燕は、波の高い海岸にある崖の上に巣を作る性質があるため、ツバメの巣の採取は今も昔も命がけです。現在は一台群生地であるベトナム産のモノが、多く出回っています。(もちろん、高級食材ならではの「偽物」も横行しているので要注意)
ツバメの巣には「官燕(白燕)」「毛燕」「血燕」などのランクがあります。最初に作られた純白の「官燕」は、不純物が最も少なく、まさに仙人の衣にふさわしい最高級の品です。かつて「血燕」はツバメが血を吐いて作ったと言われていましたが、現在では洞窟の岩盤に含まれる鉄分などの性質が染み込んだもの、という科学的解明がなされています。味や食感はほとんど変わりませんが、その色によって値段が数倍から数十倍まで差があります。
どれほどの高級品であっても、一度食べてみたいと思わせるそのストーリーテリングの伝統が、中華料理の文化としての強靭さなのかもしれません。
さて、ツバメの巣が中国の文献に登場し、宮廷料理へと覚醒したのは明代のこと。中国の歴史の中では比較的最近になってからです。その発見の歴史には、前回紹介したあの人が関わっています。
明の永楽帝の命を受け、南海へと大航海に出た中国の航海王、英雄・鄭和(ていわ)。あるとき彼の船団が嵐に遭い、東南アジアの無人島に足止めされました。食糧が底を突き、飢えに苦しむ隊員たちが見つけたのが、断崖絶壁に無数に作られた「アナツバメの巣」でした。
試しにこれを採って水で煮て食べたところ、隊員たちの疲労はまたたく間に回復し、肌には驚くほどのツヤが戻ったと言います。帰国後、鄭和がこれを皇帝に献上したことで、ツバメの巣は「天下の至宝」として歴史の表舞台に君臨することになりました。
ツバメの巣の食感は「滑(ワッ:なめらか)」であり、それ自体に強い味はありません。しかし、分子生物学の視点から見ると、その他の食材には見られない、生理学的な特徴が見えてきます。
まずシアル酸(Sialic Acid)。ツバメの巣には、人間の母乳や唾液にも含まれる「シアル酸」が、ローヤルゼリーの約200倍という圧倒的な濃度で含まれています。シアル酸は、細胞表面の糖鎖の末端に存在し、ウイルスや細菌の侵入をブロックする分子的な「バリア」として機能します。

シアル酸とはノイラミン酸の一部を置換した物質の総称で、細胞表面に大量に存在して、水分子を引き寄せています。
「ノイラミン酸」。薬剤師ならご存じの、アレです。昨年末から、今年にかけて、薬剤師の皆様は、数百件、人によっては千件を超えるくらいは、アレの服薬指導したのではないでしょうか。そのアレのアレです。細胞表面のアレの一種がシアル酸なんですね。大切な成分です。
また、肌のターンオーバーを促進するEGF(細胞成長因子)様物質も含まれており、これが身体の若々しさを内側から引き出します。
食べる量がわずかなため、一口食べてどうこうというものではないですが、極度の飢餓、栄養欠乏状況にあって、ツバメの巣は非常に優れた生理作用を発揮します。
皆様も、ぜひ、一度、本物を味わってみて下さいね。
それではレシピ行ってみましょう。
【初級編】仙人雪衣風プリン

高級なツバメの巣の代わりに白キクラゲ(雪耳)を使います。
(難易度) ☆
(調理時間) 25分
(材料:2人前)
乾燥白キクラゲ:10g(水で戻して細かく刻んだもの)
卵白:2個分
牛乳:200ml
砂糖:大さじ2
クコの実:4粒(水で戻しておく)
(調理方法)
鍋に牛乳、砂糖、細かく刻んだ白キクラゲを入れ、弱火で5分煮てキクラゲをトロトロにします(コラーゲンの覚醒)。
耐熱容器に移し、冷蔵庫で冷やし固めます。
食べる直前に、卵白と砂糖(分量外:小さじ1)をボウルで硬く泡立て、しっかりとしたメレンゲ(雪衣)を作ります。
冷えたプリンの上にメレンゲをふんわりと盛り付け、トースターかハンドトーチで表面にわずかに焼き色(10秒)をつけ、クコの実を飾りつけたら完成。
【中級編】ツバメの巣とココナッツミルクの雪衣包み

(難易度) ☆☆
(調理時間) 40分(ツバメの巣の戻し時間を除く)
(材料:2人前)
ツバメの巣(乾燥):6g(または市販の戻し済ツバメの巣 50g)
氷砂糖:20g
水:100ml
ココナッツミルク:50ml
雪衣(メレンゲ衣):
卵白:3個分
コーンスターチ:大さじ1
粉砂糖:大さじ1.5
(調理方法)
乾燥ツバメの巣は水に6時間浸して戻し、ピンセットで不純物を綺麗に取り除きます。
蓋付きの器にツバメの巣、水、氷砂糖を入れ、器ごと蒸し器に入れて弱火で30分じっくりと燉(ダブルボイル)します。最後にココナッツミルクを混ぜて冷まします。
卵白を泡立て、途中で粉砂糖とコーンスターチを加え、逆さにしても落ちない硬いメレンゲを作ります。
耐熱皿にココナッツツバメの巣を敷き、その上を完全に覆うようにメレンゲ(雪衣)をドーム状に成形します。
160℃に予熱したオーブンで5分、表面がほんのり色づくまで焼き、仙人の羽衣を完成させます。
【上級編】真・仙人雪衣(伝統的油浸技法)
泡立てた卵白でツバメの巣を包み、低温の油で優しく火を通す、広東高級官僚の専属料理人に伝わる最高技法の再現。

(難易度) ☆☆☆
(材料:4人前)
特級官燕(最高級ツバメの巣): 20g
極上上湯(または冰糖水):
氷砂糖 40g、水 150ml、お好みで少々のクコの実
究極の雪衣(メレンゲ衣):
新鮮な卵白:4個分
澄麺粉(浮き粉):大さじ1
蓮粉(蓮の実の粉、なければコーンスターチ):大さじ1/2
揚げ油: ピーナッツ油(新鮮なもの、使い古しは変な色移りを招きます)
(調理方法)
戻した特級官燕を氷糖水とともに器に入れ、極弱火の蒸し器で正確に40分蒸し上げ、完全に冷ましてから水分を軽く切っておきます。
卵白を銅製のボウルで一気に泡立て、ツノが立つ直前に澄麺粉と蓮粉をサッと混ぜ込みます。
レンゲにメレンゲを薄く敷き、中央にツバメの巣を贅沢に乗せ、さらに上からメレンゲを被せて綺麗な楕円(繭型)に整形します。
油を 90℃ ~ 100℃ の極低温に保ちます(泡が立たない温度)。そこへ雪衣を優しく滑り込ませます。
お玉で熱い油を優しく上からかけながら、約2分。卵白が膨らみ、真っ白なまま固まって油の上に浮かび上がったら、網ですくい上げます。
皿に盛り付け、周囲に余った透き通った氷糖水を優しく流し込んで完成。純白の衣を割れば、中から温かいツバメの巣がトロリ。
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コーヒーが好きだ。とくにミルクコーヒー。外出の予定がない時は、これにハチミツ酒をひとさじ加えて飲む。これがまたすこぶるいい。それぞれの銘柄を変えると、がらりと味が変わる。どうだい?一杯おごってはくれないか?