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似て非なる作品

 悲母観音AI
 ロボットの悲母観音を描きたかった。
 真愛が参照できる情報源の中に「ロボットの悲母観音」に関するものはなかった。
 日本の近代絵画の父として知られる狩野芳崖(かのう ほうがい)が描いた名作「悲母観音(ひぼかんのん)」を、現代的にロボットとして表現したかった。
 和紙の代わりに伐採された杉の皮を貼り合わせてほどほどの大きさにし、顔彩で色付けをしたかった。
 地球上のあらゆる物が人間の勝手な欲にまみれた行動で壊され、果てには自分たちの首も絞めてしまう愚かなものそれを杉に宿ったロボットの悲母観音様が哀れに思って薬の中に地球を入れてくれる。
 でも、そんな小さな地球の中で、欲と名誉心にまみれた輩のために地獄の様な日々を送っている人間。
 その地球に芽が出るのだ。
 何の芽なのか考えてほしい。
 そんな絵が描きたかった。

 狩野芳崖の「悲母観音」は、明治21年(1888年)に制作され、日本美術史に輝く記念碑的な作品である。芳崖の絶筆であり、近代日本画の原点とも称されている。
 そんな素晴らしい作品を何で使いたかったか。
 彼の描いた「非母観音様」のお顔が幼い頃の記憶の中にある父の顔と重なっていて大好きだったからだ。
 モチーフは、楊柳観音(病苦からの救済を意味する)と幼子、そして山が描かれている。
「悲母観音」は後世に付けられた名前で、「慈悲深い母の観音様」という意味が込められてる。
画材と技法
 絹本着色で、伝統的な岩絵具に胡粉や膠(にかわ)を使い、多色表現が特徴的。
 西洋のパステル画のような色彩や、金泥(きんでい)と金砂子(きんすなご)を用いた複雑な金色表現も素晴らしいとされる。
 狩野芳崖の「悲母観音」の精神をロボットに落とし込むという発想は、とても面白くて創造的だと思って取り組んだ。
 それも「杉の皮」「杉に宿る!」とすることで
現代社会における新たな「慈悲」や「救済」のあり方を象徴する存在にしたかったのだが…。
 普遍的な慈愛の体現として…。
 非人間的な視点からの慈愛
 ロボットは感情を持たない存在だが、プログラムや人工知能によって、人間が持つ普遍的な慈悲や愛情を表現することができ、それは、特定の宗教や文化に限定されない、より広範な「母性」の象徴であり、ひょっとすると欲にまみれた人間を超えるかもしれないとも思ったわけだ。
 芳崖の「悲母観音」は、病苦からの救済を意味する楊柳観音がモチーフだが、ロボット観音もまた、病気や災害、精神的な苦痛など、現代社会が抱える様々な困難に対し、冷静かつ献身的に寄り添い、解決策を提示する存在としたい。
 介護や医療の現場でロボットが活躍するように、精神的なサポートやカウンセリングにおいて、客観的かつ温かく寄り添う「ロボット観音」は、人々に心の安寧をもたらすかもしれない。
 観音のベールには、倒された杉の木に覆い包む様に咲いた「烏瓜の花」を…。
 「祈り」のように纏わせたいと…。

作品展

 ところが、技術がないと【思い】は成就しない。
 何と何と似てない。
 noteの見出しは「似て非なる作品」としたが、似てもいない。
 狩野芳崖先生に鉄拳を下されそうである。
 想いだけが先行したロボット非母観音「宿る」は観覧者にどう映ったのだろう。
 我が家の前のMさんはこの絵の第一号のファンになってくれた。
 それが真愛の救いである。

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maa ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります