従わなかった人々——ミルグラムの服従実験が語らなかった35%の正体〈考察篇#23〉
三つの実験について
本題に入る前に、繰り返し名前の出る三つの実験を、最小限だけ挙げておきたい。いずれも、人間が権威や多数派にどこまで流されるかを調べたものだ。
ミルグラム(Stanley Milgram)の服従実験(1961年、イェール大学)。被験者は「教師」役として、隣室の「学習者」が問題を間違えるたびに、電圧を一段ずつ上げて電気ショックを与えるよう指示される。白衣の実験者が促す。実は電流もショックも演技で、本当に試されていたのは、被験者がどこまで命令に従うかだった。
アッシュ(Solomon Asch)の同調実験(1950年代)。線の長さを答えるだけの簡単な課題で、サクラ役が口を揃えて明らかな誤答を言う。一人だけ真実を知る被験者が、多数派に合わせて誤答に転ぶかどうかを見た。
ジンバルドー(Philip Zimbardo)のスタンフォード監獄実験(1971年)。学生を看守役と囚人役に分け、模擬監獄に置いた。役割がどこまで人を変えるかを調べた実験で、看守役が急速に残虐化したと報告され、広く知られることになった。
三つに共通する教訓は、決まってこう要約されてきた。人間は、状況の力の前にかくも容易に流される、と。

はじめに
その教訓を象徴する数字がある。65。ミルグラムの標準条件で、致死量だと信じられた電流を最後まで与え続けた人の割合だ。この数字が、流される人間の代名詞になった。
だが、ほとんど語られない数字がある。35。同じ実験で途中に手を止め、それ以上の電流を拒んだ人の割合だ。アッシュ(Solomon Asch)の同調実験にも、一度たりとも多数派に屈しなかった25%がいた。
私たちは、従った多数派で教科書を書いた。流される人間の姿を、本性として語ってきた。そして、拒んだ少数派が誰だったのかを、ほとんど問わずにきた。
問えば、答えはすぐ出そうに見える。拒んだのは、特別な人々だ。人より勇敢で、信念が固く、倫理的に優れた少数。そう考えれば、話は収まりがいい。
拒んだ人々をめぐって、印象が語られることは多い。研究に裏づけられた話は、驚くほど少ない。そしていざ確かめにいくと、何が人を拒否へ向かわせるのかという問いは、半世紀ほどけていない論争の只中にあった。
拒んだのは誰か。それは生まれつきの資質なのか、それとも、誰にでも起こりうる何かなのか。この問いを、以下、五段階でほどいていく。
1 足場にしようとした実験が、足元から崩れる
拒んだ少数派を調べようと、まずは服従実験そのものに戻る。ところが、足場にしようとした実験のほうが、足元から崩れていく。
人がこの主題で引く名前は、たいてい三つだ。ミルグラム、アッシュ、そしてスタンフォード監獄実験のジンバルドー(Philip Zimbardo)。人間は状況に流される、という命題の動かぬ証拠として、この三つは並べられてきた。
ジンバルドーの監獄実験は、もはや学術的に持ちこたえていない。ル・テキシエ(Thibault Le Texier)が掘り起こした資料は、看守が残虐に振る舞うよう事前に方向づけられていたこと、有名な囚人の「崩壊」に演技が混じっていたことを示した。状況が役割を上書きしたのではない。実験者が結末を演出していた。
ミルグラムも無傷ではない。ペリー(Gina Perry)が録音記録を精査すると、少なからぬ被験者は電流が本物だと信じていなかった。手続きは公表された手順より大きく揺れ、あの65%は、二十を超える条件のうちのたった一つの数字にすぎなかった。
ここに皮肉がある。権威を疑えと説く議論ほど、心理学のもっとも有名な権威にもたれて立っている。そして、その権威を「本当にそうか」と問い返したとたん、三本柱のうち二本までが半ば崩れる。
だが、ここで投げ出してはならない。記念碑が崩れても、現象まで消えるわけではない。問うべきは、崩れたあとに何が残るかである。
2 拒否率は、配置を変えるだけで激しく動く

崩れずに残った部分がある。ミルグラム自身が、標準条件の65%を基準に、要素を一つずつ動かして服従率がどう変わるかを記録していた。これは別々の被験者群を使った観察であり、再現の試みも積み重なっている。崩れたのは解釈であって、数字の方ではない。
効いた順に並べると、何が拒否を立ち上がらせるかが見えてくる。
権威との近さ:実験者が部屋におらず電話で指示すると、最後まで従う者は約21%へ落ちた。8割が拒む。白衣でも肩書きでもなく、命じる身体が目の前にあること自体が、圧力の大半を担っていた。
離反する一人:可視的に拒否する仲間が一人いるだけで、服従は65%から10%へ崩落した。その一人が与えるのは情報ではない。「お前の見ているものは本物だ、ここで降りていい」という許可である。
被害者との距離:学習者の声も姿も遠い条件から、その手を電極板へ押しつけねばならない条件へ近づくにつれ、服従は約30%まで落ちた。抽象的な「向こうの誰か」が、体温を持つこの人になるほど、拒否が立ち上がる。
責任の所在:実験者が「責任は私が取る」と引き受けると服従は上がり、責任が自分に宿る配置でこそ、人は降りた。
抵抗のタイミング:早い段階で最初の確固たる「ノー」を口にした者ほど、最後まで離反しやすかった。一度小さく従うと、次に降りるコストが上がる。

ここで、最初の通念が早くも揺らぐ。もし拒否が特別な人の固定した資質なら、配置を変えただけで拒否率がこれほど振れるはずがない。同じ人間が、隣に誰がいるか、被害がどれだけ見えるかで、従う側にも拒む側にも回っている。
これらの変数を貫く一本の筋がある。権威が近いほど、周囲が皆従うほど、被害が抽象的なほど、責任が他人のものに見えるほど、その場で何が問われているのかが見えにくくなる。
逆に、権威が遠ざかり、離反者が現れ、被害が具体化し、責任が自分に返るほど、場は「これは拒むべき事態だ」と読めるものになる。
つまりここで動いているのは、物理的な配置そのものではない。その場で何が倫理的に問われているかが、よく見えるか、見えにくくなっているか——その「見えやすさ」の差である。これを、場の「道徳的可読性」と呼んでおきたい。
3 コロナ禍は、可読性を最低まで下げる配置だった
抽象的な「道徳的可読性」は、ここ数年の記憶に重ねると、急に具体的な実感を帯びてくる。マスク、ワクチン、ロックダウン。多くの人が従い、一部が拒んだ。五つの条件は、この局面をほとんど設計図のように見渡させる。
権威との近さ:連日の記者会見、画面に映り続ける専門家の顔、職場や病院から直に下りてくる指示。権威は遠ざかるどころか、生活の隅々に常駐した。ミルグラムで服従を支えた「目の前の身体」が、社会の規模で再現された。
離反する一人:服従を9割崩したあの一人が、最も組織的に消された条件だ。異論を唱える医師や研究者は「誤情報」と名指され、発信の場を失った。降りていいという許可を与える隣人を、構造として不可視化したのである。
被害者との距離:被害は数字になった。日々の感染者数と死者数のグラフだ。そして対策がもたらした側の損害(休校、廃業、孤立、接種後の不調の訴え)も、同じく統計へ溶けた。どちらの被害も、体温を持つ「この人」には戻らなかった。
責任の所在:「ガイドラインに従っているだけ」「科学に従え」。一人ひとりの判断は、専門家と手続きへ預けられた。打つ側も打たれる側も、責任を自分の外へ逃がせた。
抵抗のタイミング:最初の小さな同調が、次の拒否のコストを上げた。一段また一段と強まる要請に、早い段階で「ノー」を言えた者は少なかった。日本では、要請の根拠が薄れた後も、マスクが長く外れなかった。

五つを重ねると、一つの像が結ぶ。コロナ禍は、場の道徳的可読性を、あらゆる方向から下げる配置だった。権威は常駐し、離反者は消され、被害は抽象化し、責任は拡散した。これだけ条件が揃えば、高い同調は人間の弱さではなく、配置の必然になる。流されたのは、意志が弱かったからではない。何が問われているのかが、構造として見えなくされていたからだ。
4 状況が変われば、拒む人は入れ替わるのか
それでも、と食い下がりたくなる。電話の条件でも約21%、最も過酷な近接条件でも約30%、それでも拒んだ者がいた。この数字は小さくない。どんな配置でも拒む層が一定数いるなら、それはもう状況ではなく、その人の徳ではないか。
直観としては強い。だが、これを徳の証拠とするには、一つ確かめねばならないことがある。集合の重なりだ。
電話条件で拒んだ21%と、近接条件で拒んだ30%は、同じ顔ぶれなのか。もし毎回ちがう人々なら、固定した「抵抗者」など存在せず、あるのは状況のサイコロだけだ。もし同じ人々が条件をまたいで拒み続けるなら、それは状況に還元できない。徳と呼ぶしかない。
ここに、半世紀続く論争の急所がある。ハーマン(Gilbert Harman)とドリス(John Doris)は、この服従実験を心理学の小ネタとしてではなく、ある前提を根底から揺さぶる爆弾として読んだ。その前提とは「徳倫理学」——「勇気」「誠実」といった安定した性格の良さ(徳)が、人を正しい行為へ導くという、アリストテレス以来の考え方である。
ドリスの『性格の欠如——パーソナリティと道徳的行為』(Lack of Character: Personality and Moral Behavior, 2002)は、こう突きつける。行動を決めているのが状況であって安定した性格特性でないなら、状況を越えて働く「勇気」や「誠実」など存在しない。徳が人を導くというアリストテレス以来の前提が、経験的に偽になる。
擁護に回ったカムテカー(Rachana Kamtekar)、マクダウェル(John McDowell)、アナス(Julia Annas)は、こう切り返す。状況主義が叩いている「特性」は藁人形だ、と。徳とは刺激への固定した反応ではない。状況の何が重要かを読み取り、それに応じて応答する実践知(フロネシス)である。
具体的に考えてみる。ある被験者が、実験者が電話で指示する条件では早々に拒み、実験者が隣に立つ条件では最後まで従ったとする。同じ一人の、正反対の振る舞いだ。
状況主義の側はこう読む。同じ人間が配置次第で従いも拒みもした、だから人を貫く「勇気」などなく、近くの権威という状況が決めたのだ、と。
徳倫理の側はこう読む。その人にとって「電話の向こうの声」と「目の前で見据える白衣」は、同じ状況ではない。前者では事の理不尽さがよく見え、後者では見えにくかった。振る舞いが割れたのは、徳が壊れたからではなく、二つの場を別物として正しく読み分けた結果だ、と。

どちらが正しいかを決めるには、「同じ状況で何度試しても拒むか」を数えればよさそうに思える。だが、ここで詰む。徳倫理の言うとおり、その人にとって電話と対面が別の状況なら、両者は最初から「同じ状況」ではない。数えるべき同一の場が消えてしまう。かといって、数えられるように「どちらも権威が命令した場面だ」と粗く括れば、徳倫理の側は「それは私の言う状況ではない」と退ける。足りないのはデータではない。同じ振る舞いを見て、何をもって決着とするか、その物差しを両陣営が共有していないのである。
5 固定スイッチではなく、傾きとして
この論争を一発で決める方法は、本当は一つだけある。同じ人を何度も違う条件に置き、毎回拒むかどうかを見ればいい。毎回同じ顔ぶれが拒むなら徳の証拠、毎回入れ替わるなら状況の証拠だ。
ところが、その肝心の研究が存在しない。理由は実験の設計にある。ミルグラムの各条件は、それぞれ別の被験者群で行われた。同じ人物を、電話の条件にも、被害者が目の前にいる条件にも通して追跡する、という設計にはなっていなかった。倫理的にも実際的にも、同じ人を何度も極限に置けなかったからだ。だから「どんな条件でも拒み続けた核」は、このデータからは取り出しようがない。論争が半世紀も決着しない、いちばん即物的な理由がこれである。勝負を決めるはずの観察が、はじめから行われていない。
だが、闇ではない。直観を支える間接証拠が三つある。
一つ。どの過酷な条件でも、服従はゼロにならなかった。状況が説明力を100%握ったことは、一度もない。残余は常にあった。
二つ。ミルグラム自身が、共同研究者エルムズ(Alan Elms)と、服従者と離反者を後から人格検査にかけている。離反者は権威主義的傾向のスコアが低く、責任を自分に帰す度合いが高かった。小標本で自己報告中心、決定的とは言えない。だが「拒んだ人々には測れる共通項がある」方向を、弱く指している。
三つ。より強い証拠は実験室の外にある。オリナー(Samuel Oliner / Pearl Oliner)の『利他的人格——ナチス・ヨーロッパにおけるユダヤ人の救助者たち』(The Altruistic Personality: Rescuers of Jews in Nazi Europe, 1988)は、占領下で数年にわたりユダヤ人を匿った救助者700人超を、傍観者と比較した。一度の離反ではない、持続する拒否だ。そこに、養育期に異なる階級や宗教の他者と友好的な関係を結んでいたこと、親が他者一般への共感を実践していたことが、共通項として浮かんだ。

この三つを束ねると、安定した核があるという直観は、状況がすべてを決めるという立場よりも分が良い。ただし、「共通項がある」と「それが固定特性だ」の間には、まだ溝がある。フリーケンスタイン(William Fleeson)の「全人格としての特性」説が、その溝に橋を架ける。
人は状況により大きく揺れる。だがその揺れの個人ごとの平均と分布の形には、安定性がある。徳とは「いつも勇敢」という固定スイッチではない。「困難な場を拒否として読む頻度が、その人らしく高い」という、分布の安定性なのだ。
ならば、どんな状況でも拒む不動の少数、という像は、おそらく厳密には正しくない。だが「最も曇った場でも拒否へ傾きやすい分布を持つ人々」は実在し、その傾きの差は状況には還元しきれない。それは徳と呼んでよい。不動の特性としてではなく、場の意味を読み抜く傾向の、その人ごとの確かな偏りとして。

6 拒む人は、自分を「抵抗者」だと思っていない
やるべきことを果たそうとすることから始まり、社会の敵の烙印を押されて終わるのである」
— 並行図書館 / Parallel Library | Alzhacker (@Alzhacker) November 16, 2022
- Václav Havel チェコ共和国初代大統領
最初の通念へ、ここで決定打を入れる。拒んだのは特別な人々だ、という像である。
全体主義下の小さな抵抗を、ハヴェル(Václav Havel)は『力なき者たちの力』(The Power of the Powerless, 1978)でこう描いた。八百屋がある日、店先に掲げてきた体制のスローガンの札を、ただ下ろす。もう嘘には加担しない、というほとんど地味な一手だ。
これは英雄の物語ではない。むしろ、抵抗が特別な物語でないことを示す像である。やるべきことを果たそうとする、ただそれだけのことから始まり、気づけば社会の敵の烙印を押されて終わる。その間に、「私は勇敢な抵抗者になろう」という決意の瞬間は、どこにもない。

この描像を、実験が裏づける。ボッキアーロ(Piero Bocchiaro)らは、不正を目撃した者が告発するか黙るかを測った。事前の予測では、ほとんどの参加者が、自分なら離反する、告発すると答えた。だが実際の行動率は、はるかに低かった。自分を抵抗者だと見積もる感覚は、まるで当てにならなかったのである。
なぜか。本物の拒否は、自己を抵抗者と意識することからは来ないからだ。それは役割への気づきと、場の読みから来る。アリストテレスは、本当に徳のある者は徳を意識せずに正しく行為する、と考えた。歯を食いしばって「勇気を出そう」とする者は、まだ徳が習い性になっていない。気づけばそう振る舞っていた、という者こそ、徳が性格に溶けている。
ここに、これまで追ってきた「測れない部分」の正体がある。測定された変数で説明し尽くせない残余の核心は、おそらく「本人ですら徳と意識していない読み」にある。だからこそ質問紙にかからない。当人が「これは徳だ」と名指せないものを、外側の測定が捕まえられるはずがない。意識に上がった瞬間、それは「徳を演じること」へ変質してしまう。見つからないことが、それがそこにある仕方なのだ。
そして、ここが分かれ目になる。もし抵抗に測定可能な本質があるなら、それは選別でき、技法として訓練でき、資格として認証できる。「あなたは抵抗者適性40点」と。だが最後の一歩が測定ではなく、その場での行使であるかぎり、抵抗は「資質」へ制度化されえない。
測れないことは、希望の不在でも魂の神秘でもない。抵抗が、検証できる命題ではなく、生きられる様式に属することの、別名にすぎない。専門家が認定する「抵抗力」という発想そのものへの、構造的な防壁である。

結びにかえて——配置に賭ける
最初の通念は、もう支えを失っている。拒んだのは特別な少数だ、という話は、収まりはよいが、根拠が薄かった。拒否率は配置で激しく動き、固定した抵抗者の核は測られておらず、拒む当人は自分を抵抗者と意識してすらいない。
ならば、希望はどこにあるのか。残余がどれほど大きいかにではない。稀な聖人が何人いるかにでもない。服従実験が繰り返し示したのは、同じ人間が、隣に誰がいるか、権威がどれだけ近いかで、従う側にも拒む側にも回るという可動性だった。だが、希望はこの可動性にこそある。
離反する一人を置く。被害を抽象から具体へ戻す。責任を可視化する。最初の異議を早く口にできる場をつくる。これらはすべて、場の道徳的可読性を上げる介入であり、分布全体を拒否の側へずらす梃子になる。
「抵抗者は生まれるのではなく、作られる」。この一行が生き残るとすれば、それは抵抗が固定された資質ではなく、場の設計と養育が育てる傾きだからだ。
そして、ほどけないまま手元に残る問いがある。抵抗する者を育てようとする試みは、やがてその集団自体が一枚岩の正義へと固まり、新たな同調圧力へ変わってしまうことなく、はたして次の世代へ受け渡せるのか。
もし「こう抵抗せよ」という単一の教義や訓練体系を伝えようとすれば、それは必然的に次の収斂系、次の正統論へと硬化する。抵抗者養成講座は、講座である時点ですでに一つの権威を立てている。受け渡せるのは、教義ではなく条件のほうだ。
離反する一人がいられる余地を作ること、被害を数字に溶かさず具体的な顔のまま残すこと、責任の所在を曖昧にしないこと。これらは技法ではなく、環境の設計思想である。段階的に、重層的に、分散した形で、それぞれの持ち場に小さく埋め込んでいく。単一の対抗思想としてではなく、多様な小さな実践の集積として。
抵抗者を作ろうとした瞬間、それは新たな専門家階級を作ることになる。抵抗が起こりやすい場を作ろうとする限りにおいてのみ、それは硬化を免れる。
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