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CHD『ジーニアス法とステーブルコイン:デジタル通貨による全世界的金融支配への道筋』

米国が推進する新たな金融システムの光と影

2025年7月、アメリカで「Genius Act(ジーニアス法)」という法案が静かに成立した。表向きは暗号通貨の規制枠組みを整備し、デジタル経済の発展を促すための法案だ。しかし、この法案の本質を掘り下げていくと、単なる金融イノベーションを超えた、はるかに大きな構想が浮かび上がってくる。

キャサリン・オースティン・フィッツ(Catherine Austin Fitts)は、元米国住宅都市開発省の高官として金融システムの内部を知り尽くした人物だ。彼女は最近のポッドキャストで、このGenius Actが持つ二つの顔について警鐘を鳴らしている。一つはアメリカのドル覇権を延命させる戦略的ツールとしての顔。もう一つは市民の完全な監視と制御を可能にする「制御グリッド(コントロール・グリッド)」としての顔である。

三つの法案が描く監視社会の青写真

実際には、今回成立したのはGenius Actだけではない。下院は「Genius Act」「Clarity Act」「Anti-CBDC Surveillance State Act」という三つの主要な暗号通貨法案を可決した。これらは単なる個別の法案ではなく、アメリカの金融システム全体を再構築する包括的な戦略の一部なのだ。

Clarity Act(デジタル資産市場明確化法)は、ビットコイン市場参加者(デジタルコモディティ取引所、ブローカー、ディーラーを含む)の登録要件と規制構造を明確化することを目的としている。一方、CBDC反監視国家法は、連邦準備制度が個人に直接CBDCを発行することを禁止している。

しかし、フィッツが指摘する真の問題は、これらの法案の中で最も重要でありながら最も見過ごされがちな欠陥だ。Genius Actには、ステーブルコインがプログラム可能であることを防ぐ条項が一切含まれていない。

ステーブルコインとは何か:10ドル紙幣のデジタル版?

まず基本から始めよう。ステーブルコインとは、価値が安定した暗号通貨の一種だ。例えば、1枚のステーブルコインは常に1ドルの価値を保つように設計されている。

フィッツは分かりやすい例で説明している。「あなたが銀行口座を持ち、私も銀行口座を持っているとしましょう。私があなたに10ドルを送りたい場合、通常なら電信送金やACH振込、小切手など様々な方法があります。ステーブルコインは、これと並行するシステムを作り上げるものです。私が10ドル分のステーブルコインを作成し、それが私の銀行の10ドルで完全に担保されているとします。そして、あなたにその10ドル分のステーブルコインを送ることができます。」

「なぜわざわざそんな面倒なことを?」と思った人もいるだろう。確かに、国内で買い物をするだけなら従来の銀行システムで十分だ。しかし、国際送金となると話は違ってくる。現在、アメリカから日本に送金する場合、高額な手数料と時間がかかる。ステーブルコインなら、この取引をより安く、速く行えるという触れ込みだ。

しかし、フィッツが指摘するのは、この利便性の裏に隠された別の意図である。

36兆ドルの債務と迫り来る危機

アメリカは現在、36兆ドルという天文学的な債務を抱えている。さらに悪いことに、この債務の多くが今後2年以内に借り換えを迫られる短期債だ。つまり、アメリカは新たな買い手を見つけなければならない。

ここでステーブルコインの真の狙いが見えてくる。Genius Actによれば、発行されるステーブルコインは米国債や高品質の流動資産で100%裏付けされなければならない。つまり、世界中の人々がステーブルコインを使い始めれば、それだけ米国債の需要が増えるというわけだ。

投資家のカイル・サマニ(Kyle Samani)は、これを「人類史上最大の裁定取引」と表現した。世界80億人のうち、50億から70億人が自国通貨よりドルを好むだろうという推測に基づいている。もしこれが実現すれば、アメリカは世界中から資金を吸い上げることができる。

モバイル決済を通じた世界支配:イラクの教訓

フィッツは興味深い例えを使っている。イラク戦争時、アメリカは文字通りドル紙幣を詰めたパレットを送り込み、イラク人を自国通貨ディナールからドルに移行させた。今回のステーブルコインは、デジタル版の「イラクの現金パレット」だというのだ。

イラク戦争(2003年~)の初期、アメリカはイラクの経済をドル化するため、大量の米ドル紙幣をパレットに積んで輸送し、現地で流通させた。これは「イラクの現金パレット」と呼ばれ、戦争で不安定化したイラクディナールを抑え、ドル依存を強める戦略だった。

バグダッドで100ドル札のパレットの横でポーズをとる武装警備員。 約120億ドルの現金が米国主導の政権によって使われた

ステーブルコインに関して具体的にはこうだ。発展途上国の人々は、不安定な自国通貨よりも安定したドルを好む傾向がある。モバイル決済システムを通じてステーブルコインを簡単に入手できるようになれば、彼らは喜んで自国通貨を捨てるだろう。結果として、世界中の富がドルに流れ込み、アメリカの金融覇権は強化される。

「なるほど、アメリカにとっては素晴らしい戦略じゃないか」と思うかもしれない。しかし、ここからが本当の問題だ。

BISのCBDCシステムとの競合:国家主権をめぐる戦い

中央銀行デジタル通貨(CBDC)は各国の中央銀行が発行するデジタル通貨で、ステーブルコインとは発行主体が異なる。国際決済銀行(BIS)は、各国がそれぞれ独自のCBDCを発行する分散型システムを推進してきた。

しかし、フィッツが指摘するのは、アメリカのステーブルコイン戦略がこのBISシステムに対抗する意図があることだ。

「BISシステムでは各国が独自のCBDCを持つが、アメリカのシステムでは、連邦準備銀行を所有する銀行が子会社を設立してステーブルコインを発行します。これが成功すれば、アメリカは中国とロシアを除く世界中の国々の金融システムを規制・管理下に置くことができるのです。」

つまり、この競争は単なる技術的な選択肢の問題ではなく、21世紀の金融覇権をかけた地政学的な争いなのである。

ニューヨーク連銀の正体:民間銀行が支配する「中央銀行」

ここで重要なのが、ステーブルコインの発行主体についての理解だ。連邦準備制度理事会は政府機関であるが、各連邦準備銀行は株式を発行する法人である。ただし、合衆国政府は連邦準備銀行の株式を所有しておらず、各連邦準備銀行によって管轄される個別金融機関が出資義務を負っている。

12の地区連銀のうち、とくに重要な役割を担うのがニューヨーク連銀である。ニューヨーク連銀には、FRS全体として金融政策を運営するうえでの勘定が置かれ、同行は金融市場に対する日々の資金供給・吸収オペレーション等の金融調節を全米レベルで一手に担うという重要な役割を担っている。

つまり、アメリカの中央銀行システムは実質的に民間銀行によって所有・運営されているのだ。JPモルガン、チェース・マンハッタン、ゴールドマン・サックスなどの大手銀行がニューヨーク連銀の株主として、アメリカの金融政策を事実上支配している。

このシステムでは、CBDCを連邦準備銀行が直接発行するのではなく、これらの民間銀行が子会社を設立してステーブルコインを発行することになる。フィッツの言葉を借りれば、「新しいボスも、古いボスと同じ」ということだ。

プログラム可能な通貨がもたらす恐怖

Genius Actには、致命的な欠陥がある。ステーブルコインがプログラム可能であることを防ぐ条項が一切含まれていないのだ。プログラム可能とは、特定の条件下で自動的に使用を制限したり、凍結したりできることを意味する。

例えば、あなたが政府の政策を批判したとする。プログラム可能な通貨システムでは、あなたの資金が即座に凍結される可能性がある。あるいは、特定の商品の購入を制限されたり、特定の地域での使用を禁じられたりするかもしれない。

「そんな極端なことが本当に起こるのか?」という疑問は当然だ。しかし、中国ではすでに社会信用システムが導入され、市民の行動によって金融サービスへのアクセスが制限されている。技術的に、同じことがステーブルコインでも可能なのだ。

分散台帳技術の環境コストと技術的脆弱性

ステーブルコインシステムのもう一つの重要な問題は、その技術基盤にある。分散台帳(ブロックチェーン)技術は、膨大な電力と水を消費する環境負荷の大きいシステムである。

2020年から2021年の間に、世界のビットコイン・マイニングによって173.42テラワット時の電力が消費された。この結果は、約380億キロの石炭を燃やした場合、あるいは190基の天然ガス火力発電所を稼働させた場合に相当する。

フィッツは指摘する。「分散台帳と、システムの運営方法により、このシステムは膨大なエネルギーと水を消費し、極めて環境負荷が大きい。欧州や米国におけるデータサービングやエネルギー使用量に関する議論を見れば分かりますが、このエネルギー爆発の主な推進力は、中央制御可能でプログラム可能な通貨を実現するためなのです。」

さらに、システムの技術的脆弱性も深刻だ。「停電が起きたらステーブルコインはどうなるのか?」という視聴者からの質問に対し、フィッツは端的に答えている。「システムがシャットダウンします。動作しません。現金を用意しておいた方が良いでしょう。」

実際、法定の詳細がまだ決定されていない部分も多い。当初は分散台帳で定義されるが、途中で集中管理に置き換えられる可能性も否定できない。ブロックチェーンのマイニングが本当に技術的にうまく機能するのかという根本的な疑問もある。

コロナ禍で起こったこと

技術的な問題だけではない。ここで今一度、コロナ禍で政府が私たちに強制しようとしたこと、したかったが技術的な理由でできなかったことを思い出してほしい。

コロナ禍では、ワクチン接種の有無で移動やサービス利用を制限する試みが見られた。ステーブルコインがプログラム可能なら、同様の制御が金融面で可能になる。もしコロナ禍ですでにステーブルコインが配備されていたなら、接種歴や言動に基づき、個人の資産凍結や取引制限が即座に実行されていた可能性は高い。

実際、2022年のカナダ「フリーダム・コンボイ」では、トラック運転手らが政府の強制措置に反対し、オタワで大規模な抗議活動を展開。政府はこれに対し、銀行口座の凍結や資金没収で対応し、市民の金融アクセスを制限した。プログラム可能なステーブルコインなら、こうした制御がより迅速かつ広範に実行可能だ。

Genius Actは、ドル覇権を延命させると同時に、監視社会の基盤を確実に築くものとなる。フィッツは、この法案がもたらす「光」よりも「影」がはるかに大きいと警告する。

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Palantirと「政府のオペレーティングシステム」

さらに不気味なのは、このシステムを支える技術インフラの存在だ。データ分析企業Palantirは、「米国政府の中央オペレーティングシステムになる」という野心を公言している。同社のCEOアレックス・カープ(Alex Karp)は、西側諸国の優位性を維持するために、敵対者を「恐怖させる」必要があると語っている。

Palantirの技術は、すでにイスラエルの「ラベンダー」システムで使用されている。このシステムは、AIを使って標的を自動的に選定し、攻撃を実行する。最も恐ろしいのは、AIが標的を選ぶため、人間の軍事担当者は戦争犯罪の責任を問われないという仕組みだ。

同じ技術が金融システムに応用されたらどうなるか。誰があなたの資金を凍結したのか、なぜ凍結されたのか、誰も責任を取らないシステムが完成する。

エプスタイン文書と権力の闇

この文脈で、エプスタイン文書の扱いは象徴的だ。下院議員のトーマス・マッシー(Thomas Massie)は、エプスタイン文書の公開を求める法案に20人の共同提案者を集めた。投票に必要な票数は確保されていた。

ところが、下院議長のマイク・ジョンソン(Mike Johnson)は何をしたか。議会を早期休会させて投票を阻止したのだ。マッシーは怒りのツイートでこう問いかけた。「なぜあなたは未成年者の性的人身売買組織を庇護し、これを党派的な問題だと偽装するのか?」

フィッツはこの出来事を、より大きな問題の一部として捉えている。エプスタイン文書を隠蔽できる権力者たちが、プログラム可能な通貨システムを手に入れたらどうなるか。彼らの意に沿わない者は、文字通り経済的に抹殺されかねない。

日本人にとっての意味:対岸の火事ではない

「これはアメリカの話で、日本には関係ない」と思うかもしれない。しかし、それは大きな間違いだ。Genius Actは、外国のステーブルコイン発行者に対しても絶対的な管理権を主張している。

もし日本の銀行がステーブルコインの発行を始めれば、アメリカの規制下に入ることになる。さらに、日本円建てのステーブルコインが普及すれば、日本の金融主権は事実上失われる可能性がある。税制はどうなるのか。金融政策の独立性は保てるのか。これらは今すぐ議論すべき問題だ。

実際、中国はすでにこの脅威を認識し、対策を講じ始めている。モバイル決済プラットフォームからステーブルコインを排除する方法を模索しているのだ。日本も同様の議論を始める必要がある。

現金という最後の砦

では、私たちに何ができるのか。フィッツとポリー・トミー(Polly Tommey)は、シンプルだが重要な提案をしている。現金を使い続けることだ。

「でも現金は不便だし、汚い」という声もあるだろう。確かに電子決済は便利だ。しかし、便利さと引き換えに失うものの大きさを考えてほしい。現金は匿名性を保証し、プログラムによる制御から自由な、最後の金融手段なのだ。

トミーは最近の経験を共有している。イギリスでもアメリカでも、多くの店が現金での支払いに割引を提供しているという。「現金はもう使えない」という言説は、必ずしも現実を反映していない。

現金が金融システムで存続するには、取引の20〜30%以上で使われることが必要だ。経済学のネットワーク効果により、この水準を下回るとATMや現金輸送のインフラが縮小し、消滅リスクが高まる。日本では現金決済が40〜60%を占めるが、キャッシュレス推進で減少傾向にある。

スウェーデンなどでは利用率5〜10%で存続が危うい。政府の法定通貨保護や文化的信頼も影響するが、個人による中小店舗での現金利用がインフラ維持に直結する。意識的な現金使用は、この割合を維持できるかどうかの鍵となる。

地域金融機関の重要性

もう一つの重要な行動は、地域の金融機関を支援することだ。フィッツは、多くの人々がニューヨーク連邦準備銀行のメンバーである大手銀行を利用していることを指摘する。これらの銀行こそが、ステーブルコインシステムの主要な推進者となる可能性が高い。

地域の信用組合や小規模銀行は、巨大な金融システムからある程度独立している。これらの機関を利用することで、少なくとも部分的には、来るべき監視システムから距離を置くことができる。

テクノロジーとの健全な関係

最後に、テクノロジーそのものとの付き合い方も見直す必要がある。フィッツは「The Tech Exit」という本を紹介し、特に子供たちをスマートフォンから遠ざけることの重要性を強調している。

デジタル技術への過度な依存は、単に健康や教育の問題だけでなく、将来の監視社会への順応を促進する。アナログな生活習慣を維持することは、精神的な独立性を保つ上で重要だ。

The Tech Exit

G20映画が描く近未来

興味深いことに、ハリウッドはすでにこの未来を描いている。新作映画「G20」では、ヴィオラ・デイヴィス(Viola Davis)演じるアメリカ大統領が、世界中にステーブルコインを普及させる計画を推進する。映画では、農民向けの低利融資とセットでステーブルコインを提供し、世界中の人々をドル経済圏に取り込んでいく。

フィッツはこれを「世界市民向けの入札」と皮肉っている。安い融資で人々を誘い込み、借金漬けにして支配下に置く。これは決してフィクションの話ではない。

最大の脅威は技術ではなく、私たちの無関心

ステーブルコインもPalantirのAIも、それ自体は単なる道具に過ぎない。真の脅威は、これらの技術を悪用しようとする権力者たちだ、と多くの人は考えるだろう。

しかし、本当にそうだろうか?

日本年金機構のデータ漏洩事件を思い出してほしい。個人情報が流出し、政府の管理体制のずさんさに、どれだけの人が憤りを感じただろうか。そして、その憤りは具体的な行動につながっただろうか。

私たちは憤慨し、SNSで怒りを表明し、そして日常に戻る。銀行口座はそのまま大手銀行に置き、買い物は相変わらずキャッシュレスで済ませ、子供にはスマートフォンを持たせる。

最大の敵は、実は私たち自身の中にいる。それは「どうせ変わらない」という諦めであり、「みんなが使っているから」という同調圧力であり、「便利だから仕方ない」という怠惰である。

地域店舗は顧客離れに敏感だ。現金を扱う店にしか行かないと現金宣言する市民が現れたらどうだろうか?もし地域の金融機関に大量の資金をもつことが「真の愛国者」であるとという認識が広がったら?もし人々がスマートフォンを従属装置とみなし、あのガラケーが抵抗と知性のシンボルであると思い始めたら?権力者たちが恐れているのは、市民2.0の団結した行動だ。

彼らの計画は、私たちの「無関心」や「利便性」を好む心理なくして成立しない。だからこそ、最初の一歩は外部の敵と戦うことではなく、内なる無関心と怠惰に向き合うことなのかもしれない。


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