奥羽本線の数奇な経歴をたどる②
【はじめに】
福島市を起点に山形市および秋田市を経由し、青森市に至る484.5㎞の幹線である。開通当初から福島~秋田間、秋田~青森間の東北日本海側の主要都市を連絡する列車が運行されており、特に夜行列車に於いては上野を出発し福島から奥羽本線を経由し青森まで直通する列車まで存在していた。
しかし軌間や電化設備の変更による輸送形態の変化から、現在では複数区間に分断され全線を通した直通運転は不可能となっている。全国他のJR線では見る事の出来ない特異な経歴を辿った奥羽本線の姿を振り返ってみたい。=今回は最短所要時間の変遷についてご紹介します=
【1.明治・大正時代】
・1905(M38).9.14 湯沢~横手間の開通により奥羽北・南線が接続し全通
・1906(M39).4.16 福島~青森間普通列車1往復運転開始
㊦16時間58分、㊤17時間16分
・1907(M40).5.19 上野~青森間直通普通列車1往復運転開始
・1911(M44).9.15 上野~青森間直通普通列車2往復に増発
・1919(T8).10.1 上野~青森間直通普通列車3往復に増発
・1922(T11).3.15 上野~青森間直通急行列車1往復運転開始
・1924(T13).7.31 上野~青森間直通急行701・702列車
㊦13時間13分、㊤13時間37分(福島~青森間所要)
全線開通後翌年のダイヤ改正で全線と踏破する普通列車が運転を開始し、更に翌年には上野から直通する普通列車も新たに登場している。その後のダイヤ改正でも直通普通列車は増発され、1922年には「津軽」の前身となる急行701・702列車が登場している。
急行列車の登場により、福島~山形~秋田~青森間の各県庁所在地間移動時間は大幅に短縮される事となった。

【2.戦中・戦後急行列車復活】
・1944(S19).10.11 上野~青森間直通普通403・404列車
㊦15時間11分、㊤14時間16分(福島~青森間所要)
・1947(S22).6.29 上野~秋田間のみ直通急行401・402列車復活
・1947(S22).7.5 大阪~青森間直通急行507・508列車復活
・1950(S25).11.8 大阪~青森間急行507・508列車に「日本海」と命名
・1950(S25).12.20 上野~秋田間急行401・402列車に「鳥海」と命名、秋
田~青森間は普通列車乗り換え
㊦14時間12分、㊤12時間52分(福島~青森間所要)
・1956(S31).11.19 「鳥海」秋田~青森間を区間延長し、急行「津軽」へ
改名、「鳥海」は昼行急行へ
㊦10時間13分、㊤10時間40分(福島~青森間所要)
第二次世界大戦中全国の急行列車は殆ど廃止となり、運行する列車は普通列車のみとなった。当然のことながら所要時間は掛り増しとなったが、燃料となる石炭事情が改善された終戦2年後に急行列車が復活している。それでも石炭の質が悪いため速度は上げられなかった事や、秋田での普通列車接続の悪さにより所要時間の短縮はわずかであった。
1950年代に入り全国の多くの急行列車には名称が付けられ、1956年のダイヤ改正で福島~青森間を結ぶ急行「津軽」が登場、所要時間が短縮されるに至っている。

【3.特急列車登場】
・1961(S36).10.1 上野~秋田間に「つばさ」、大阪~青森間に「白鳥」2
種の特急列車が登場
㊦7時間37分、㊤7時間37分(福島~青森間乗り継ぎ所要)
・1968(S43).10.1 上野~山形間特急「やまばと」電車運転開始
・1970(S45).7.1 上野~秋田間寝台特急「あけぼの」運転開始
・1972(S47).10.2 秋田~青森間特急「白鳥」電車運転開始
・1975(S50).11.25 上野~秋田間特急「つばさ」電車運転開始
・1982(S57).11.15 東北新幹線大宮~盛岡間本格開業、一部「つばさ」を除き、福島~秋田間特急に運転区間が短縮
全国白紙のダイヤ改正となったサンロクトオでは、東北日本海側にも特急列車「つばさ」「白鳥」が登場する。当初は上下とも秋田駅で両列車間の乗り継ぎ連絡があるダイヤが組まれていたため、福島~青森間の移動は急行「津軽」に比べ大幅に短縮となった。

※次回最終回、山形新幹線開業から現在の所要時間について
※画像資料:pixta,jp ピクスタ
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