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「続けること」への迷いが、生成AIによって増えているのかもしれない

「継続は力なり」というように、「続けること」は自分を成長させたり、スキルを身につけるために重要なことですよね。

ドジャースの大谷翔平選手だって途方もない継続を積み重ねたからこそ、二刀流という偉業を達成しているわけです。
もちろん、そこまで極端な話でなくとも、何かを長く続けた先にしか見えない景色ってあったりしますよね。

例えば、英語の勉強をコツコツ続けていたら、ある日、映画のセリフがふと聞き取れるようになったり、ブログを書き続けていたら、いつの間にか文章が洗練されていたりするわけで。

ただ、何事も継続するのって難しい

何故、継続するのが難しいのかって考えていくと、内的な要因や外的な要因合わせて色々ありますが、「続けることへの迷い」というのも大きな要因ではないかと思います。

「本当に、このまま同じことを続けて大丈夫なのか?」、
「このスキルって、近い将来に陳腐化したりしないか?」
とか、迷いが生まれてくると、途端に続けることへのモチベーションが下がってきます。
「続けること」への意味を見失ってしまうんですよね。

そして現代においては、この迷いによる断念が生じやすくなっているのかもと思ったりしたので、今回はその話をしていきます。



✅選択肢の多さが「続けること」を迷わす

そもそも何故「続けることへの迷い」が生じてしまうんでしょうか?

その理由のひとつは、現代社会における選択肢の多さです。

例えば、電灯もなかった古代においては、夜間には、夜空を見るくらいしかなかった (少し言い過ぎかも…)ので、月や星の動きをひたすらに観察し続ける人が大勢いて、高度な天文学の獲得に繋がった側面があるわけです。

それに比べると、現代社会においては選択肢が限りなく多く存在します。
スマホやパソコンが一つあれば、本当にこのブログでは表現しきれないほどに様々なことが出来ます。
ブログや絵を書いてもいいし、動画作成してもいいし、ネイティブと英会話してもいいし、ネットサーフィンして情報収集しても良いわけです。
やろうとすれば、様々なスキルが習得できる時代なのです。

そんな風に選択肢が多くあっても、自分の使えるリソースは必然と限られます。
そうすると、何かに手を出したは良いものの、「本当にこれが自分の最もやりたいことなんだろうか?」、「本当にこれが自分に向いていることなんだろうか?」と考えてしまうと、続けるべきなのか悩ましい場面も出てきます。

例えば、「ブログを書く」という行為一つをとっても、その中には多くの選択肢が内包されていますよね。

本当にnoteというプラットフォームで書き続けるのがベストなのか、WordPressのような個人ブログの方がよいのか、あるいは他プラットフォームの方が自分に向いているのではないか、そもそもブログを書くより他の自己投資があるのではないか…そんな迷いが生まれるわけです。

「正解がない時代」だからこそ、選択肢の多さが逆に継続を妨げる要因になってしまっていると言えますよね。


✅迷ったときの判断指標:Will, Can, Must

では、「何を続けるべきか?」を考えるとき、どうやって判断すればいいのか?

そういう時には、キャリア設計なんかでよく使われる「Will、Can、Must」のフレームワークを判断指標とするのがよいのではないか、と思っています。

  • Will(意思)…自分のやる気があるかどうか?楽しいと感じるかどうか?

  • Can(能力)…時間やスキルがあるか?環境的に続けられるか?

  • Must(必要性)…社会的に求められているか?成長や成果につながるか?

この3つの軸を満たしていれば、「続けるべき理由」がはっきりさせやすいかなと思います。

つまり、自分の得意領域であって、それが自分のやりたいことであって、誰かから必要とされていたり、自己成長が望めるものを選んでおけば、続ける障壁を小さくできるし、続ける意義を見失いにくい。

例えば、私は本業で文章を生業にしている訳ではないのですが、書くのは基本的に好きですし(もちろん辛い時もありますが…)、大学や仕事の中で文章を評価された経験から得意だと思っていて、また書くことを通した自己成長も感じています。
だから、ブログはある程度は続いているんですよね。


✅生成AIが「続けるための基準」を揺るがす

と、ここまで書いて思ったのは、これらのうち「Can」と「Must」は、生成AIの出現によって揺らいでいるんじゃないかということです。

①Canの難易度が高まっている

Canの観点から見ると、生成AIは人間に求められるスキルのレベルを明らかに上げています

例えば、英語が得意だったから翻訳のスキルを更に伸ばそうとしても、既にDeepLやChatGPTがほぼ完璧な翻訳をしてくれるので、人間が勝れる範囲は狭くなってきています。
より細かなニュアンスの読解だったり、専門性の高い翻訳だったり、求められるレベル感が高くなっているのです。

そうすると、特に初学者にとっての継続の壁になってくるのではないかと思います。

これは翻訳だけではなくて、ライティングも、イラストも、プログラミングも、動画も同じですよね。

ブログ記事について言えば、現状の生成AIは一般論に終始するような軽さがあって、差別化は簡単ですが、いつまでこの状況が続くかは読めないです。
「5年後の生成AIが吐き出す文章に対して勝てるのか?」を考えてしまうと、結構モチベーションへの影響があるかもしれません。

②Mustが不確定化している

また、求められるスキル自体が流動的になっています。

例えば、「情報整理」系の文章はすでにChatGPTのDeep Researchで代替できるような状況になりつつあります。
すると、コンサルや企画系の仕事の一部が代替されて、そういった仕事における必要なスキルの種類が移り変わっていきます。

このように、スキルによっては必要性が失われたり、逆に新たに必要になってくるものもある。
そうすると「何を続けるべきか?」という迷いが生まれやすくなります


✅「続けること」をどう捉えていくべきか?

何だか後ろ向きな話になってしまったので、このような不透明な状況下でどうしたら良いかを考えていきます。
観点としては2つですね。

① 継続の定期的な棚卸し

定期的に「自分はなぜこれを続けているのか?」を振り返ることが重要になってきます。

仮にAIによって代替されやすいスキルであるのならば、「本質的に重要なのは何なのか」を考えていく。
例えばブログであれば、情報をただ流すことはAIに出来ても、自分だけの考えや思い、伝えたいことを発信することは、今後もAIには代替できないわけです。

なので、そういう部分を意識していくと、続けることの意義を失いにくくなるし、逆にそうでないと辛くなっていく局面があると考えています。


② Will(やりたいこと)を大切にする

結局、「続ける」ために最も重要なのは「楽しいかどうか」になってきます。
Willを持っている限り、人は試行錯誤しながらも続けられる。
どのような技術が今後現れて、CanやMustがどれだけ揺らいだとしても、「好き」という気持ちがあれば、見返りがなくても継続することができるんですよね。時代に左右されにくい部分ですし。

そう考えると、自分が何をしたいのか、どういう価値観を大切にしているのか、それを突き詰めて明確にするのが良いのかなと感じます。


✅まとめ

ということで、今回は「継続」についての話をしてきました。
選択肢が多くて、更に生成AIが進化する時代においては「続けること」への迷いが増えていっているように感じています。

そんな状態だからこそ、「続けることの意味」を絶えず考えて、自分が根本的に何をしたいのかを深堀することがより重要になってくるのかなと思います。

それではまた。


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