赤いカビが止めたコレステロール〜カビの中に眠っていた、血管を守る薬の設計図〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
目次
1. コレステロールは、なぜ静かに怖いのか
2. 発見のルーツ:薬はカビの中に眠っていた
3. 赤いカビと、青緑のカビ
4. 作用機序:スタチンは肝臓の工場を止める
5. LDLが下がる、本当の理由
6. 現在の治療:スタチンは今も中心にいる
7. まとめ
8. 参考文献
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1. コレステロールは、なぜ静かに怖いのか
コレステロールは、体にとって必要なものです。
細胞膜を作る。
ホルモンの材料になる。
胆汁酸の材料にもなる。
だから、コレステロールそのものが悪いわけではありません。
問題は、血液中にLDLコレステロールが多い状態が続くことです。
LDLコレステロールが血管の壁に入り込み、酸化や炎症をきっかけに、動脈硬化へつながっていく。
しかも、その変化は静かです。
痛くない。
熱も出ない。
今日すぐ倒れるわけでもない。
けれど血管の内側では、少しずつ未来のリスクが積み上がっていく。
心筋梗塞。
脳梗塞。
狭心症。
その見えない沈黙に立ち向かう薬が、スタチンです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2. 発見のルーツ:薬はカビの中に眠っていた
スタチンの物語は、血管から始まったわけではありません。
肝臓から始まったわけでもありません。
始まりは、カビでした。
日本の研究者、遠藤章先生は、微生物が作る物質の中に、コレステロール合成を抑えるものがあるのではないかと考えました。
その発想の背景には、ペニシリンの存在があります。
ペニシリンは、青カビから見つかった抗菌薬です。
ならば、微生物が作る物質の中には、コレステロールを下げる薬のヒントもあるのではないか。
そう考えて、多数のカビや微生物が調べられました。
そして見つかったのが、Penicillium citrinum というカビが作る物質。
コンパクチンです。
コンパクチンは、コレステロール合成に関わる重要な酵素、HMG-CoA還元酵素を阻害することが分かりました。
ここから、スタチンという薬の歴史が始まります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
3. 赤いカビと、青緑のカビ
今回のタイトルは、
赤いカビが止めたコレステロール
です。
ここで少し整理しておきます。
スタチン発見のルーツとして有名なのは、遠藤章先生が青緑色のカビ Penicillium citrinum から見つけたコンパクチンです。
一方で、赤いカビとして知られる紅麹には、モナコリンKというスタチン様成分が含まれることがあります。
モナコリンKは、ロバスタチンと同じ構造を持つ成分として知られています。
つまり、スタチンの物語には、カビが作った不思議な化学物質が関わっています。
青緑のカビから見つかった、最初のスタチン。
赤いカビにも存在した、スタチン様の成分。
カビは、人間のコレステロールを下げるためにそれを作っていたわけではありません。
自然界では、微生物どうしが生き残るために、さまざまな化学物質を作ります。
その小さな化学物質が、偶然、人間の体の中にある酵素を止めた。
それが、コレステロール治療の歴史を変えました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
4. 作用機序:スタチンは肝臓の工場を止める
コレステロールは、食事から入ってくるだけではありません。
体の中でも作られています。
その中心が、肝臓です。
肝臓では、アセチルCoAからいくつもの段階を経て、コレステロールが作られます。
その合成経路の中で、重要な関門になっている酵素があります。
HMG-CoA還元酵素です。
スタチンは、このHMG-CoA還元酵素を阻害します。
つまり、肝臓の中にあるコレステロール工場のスイッチを弱める薬です。
ここで大事なのは、スタチンが血液中のLDLコレステロールを直接つかまえて捨てているわけではない、ということです。
血管の中を掃除機のように吸い取っているわけではありません。
まず、肝臓でコレステロールを作りにくくする。
そこから、体の反応が始まります。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
5. LDLが下がる、本当の理由
スタチンによって、肝臓の中のコレステロール合成が抑えられる。
すると肝臓は、コレステロールが足りないと判断します。
足りないなら、血液中から取り込もう。
そこで肝臓の表面に、LDL受容体が増えます。
LDL受容体は、血液中のLDLコレステロールを肝臓へ取り込む入口です。
入口が増える。
血液中のLDLが肝臓へ回収される。
結果として、血中LDLコレステロールが下がる。
流れにすると、こうです。
スタチンがHMG-CoA還元酵素を阻害する
↓
肝臓内のコレステロール合成が低下する
↓
肝臓がLDL受容体を増やす
↓
血液中のLDLが肝臓に取り込まれやすくなる
↓
LDLコレステロールが低下する
スタチンは、ただコレステロールを下げる薬ではありません。
肝臓の代謝と、受容体の調節を利用した薬です。
ここが、薬理としてかなり美しいところです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
6. 現在の治療:スタチンは今も中心にいる
現在の脂質異常症治療でも、スタチンは中心的な薬です。
LDLコレステロールが高い人では、まず生活習慣の改善が大切になります。
食事。
運動。
体重管理。
禁煙。
糖尿病や高血圧など、ほかのリスク管理。
ただし、動脈硬化性疾患のリスクが高い人や、すでに心筋梗塞・狭心症・脳梗塞などを起こした人では、薬物治療が重要になります。
そこで使われる代表がスタチンです。
現在は、スタチンだけで十分にLDLコレステロールが下がらない場合、ほかの薬を組み合わせることもあります。
たとえば、エゼチミブ。
これは小腸でのコレステロール吸収を抑える薬です。
さらに、PCSK9阻害薬。
これはLDL受容体を分解されにくくして、血液中のLDLコレステロールをさらに下げる薬です。
つまり現在の治療は、
生活習慣の改善
スタチン
必要に応じてエゼチミブ
さらに高リスクならPCSK9阻害薬などを検討
というように、患者さんのリスクに応じて積み上げていく形になっています。
それでも、土台にいるのはスタチンです。
カビの中から見つかった小さな化学物質は、今でも脂質異常症治療の中心にいます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
7. まとめ
スタチンは、コレステロールを下げる薬です。
けれど、その始まりは血管の中ではありません。
薬のルーツは、カビの中にありました。
遠藤章先生が見つけたコンパクチンは、HMG-CoA還元酵素を阻害し、コレステロール合成を抑えるという道を開きました。
スタチンは、肝臓のコレステロール工場を止める。
すると肝臓はLDL受容体を増やし、血液中のLDLコレステロールを取り込みやすくする。
その結果、LDLコレステロールが下がる。
現在でも、スタチンは脂質異常症治療の中心にいます。
赤いカビ。
青緑のカビ。
目に見えない微生物の世界。
その中に、人間の血管を守る薬の設計図が眠っていた。
コレステロールを止めたのは、ただの偶然ではありません。
自然界の片隅で生まれた、カビの暗号だったのです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
8. 参考文献
・日本動脈硬化学会:動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版
・Endo A. A historical perspective on the discovery of statins. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2010.
・From Fleming to Endo: The discovery of statins.
・Endotext:Cholesterol Lowering Drugs.
・ESC/EAS Guidelines for the management of dyslipidaemias.
・StatPearls:HMG-CoA Reductase Inhibitors.
