The100Gs|ギブネスをめぐる百物語「003_紫陽花」
21時半を少し過ぎた頃、誰かがドアをノックした。風呂上がりのパジャマのまま扉を開けると、上の階に住む大家さんだった。
「隣人に紫陽花をもらったから、好きなだけ持ってって。
残りはgreen bin(コンポスト回収箱)に捨てておいて」
そう言いながら、ガレージに積み上げられた紫陽花を指差した。
押し花にしたら一生分の便箋が埋まりそうなほどの、抱えきれない紫陽花の山。
その「隣人」の家の庭は、紫陽花御殿と呼べるほど、色とりどりの紫陽花に囲まれている。虫除けのために剪定したのか、枝からバッサリと切られた紫陽花たちが、更けようとしている夏の夜のもと、静かにアスファルトに横たわっていた。
とてもじゃないけど、狭いベースメントの1ベッドルームには飾りきれない。10本ほど選んで水に挿し、部屋に飾った。残った紫陽花たちは相変わらず、あきらめたかのように運命を待っていた。
まだ咲いてる。まだ生きている。瑞々しく重なる色彩のグラデーション。同じように見えてひとつとして同じかたちのない、可憐なその額たち。でも、ここには置いて置けない。
わたしは泣く泣く花の山を抱えてgreen bin に入れて蓋を閉めた。
その夜は、なんだか眠れなかった。
翌朝目が覚ますと、すぐに外に出た。
巨大なビンの蓋を開けた瞬間、むあっと生ぬるい空気を感じた。紫陽花の呼吸。昨夜と同じ姿で、まだ瑞々しいままに、花たちはそこにいた。
幸い、先にビンに入れられていたのは刈った芝や草木だけだったので、わたしは紫陽花をまとめて抱え出した。それから部屋に戻って、大きなバケツ二つに水を汲み、花を入れた。
「Free flowers - Please take one!」とマジックで書いた貼り紙をして、フロントヤードに置いて出かけた。胸のざわめきが、やっとおさまった。
夕方になって家に戻ると、バケツはほとんど空になっていた。
ああ、よかった。「どうせ一日か二日で枯れるよ」とオーナーは言っていたけれど、それでもあの奇跡のような色彩とカタチを、まだ命が宿っているそれを、葬ることにはどうしても加担できなかった。
うちに飾った紫陽花も、そのあと少しずつしおれて枯れていった。
ほんのひとときの生命の発露。だけどあの日、通りに置かれたバケツから手に取られ、人々の胸に抱かれて、それぞれの屋根の下で咲いた紫陽花の分までも、わたしはいっぱいに味わった。
2025.08.01
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【The 100Gs|ギブネスをめぐる百物語】
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