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50代、静かに肛門を締める夜


50代になると、身体は思っている以上に正直である。

寝ても疲れが抜けにくい。
肩は凝る。
腰は痛い。
目はかすむ。
そして、なぜか小さいおならが出る。

大きいやつではない。
堂々と「出ました」と言えるようなものではない。

問題は、小さいやつである。

「ぷ」

と、出る。

しかも、こちらの許可を取らずに出る。

あれは何なのだろう。
自分の身体なのに、勝手に小さな音を鳴らすのはやめてほしい。

私は何もなかった顔をする。

当然である。
夜勤中である。
仕事中である。

そんなことで動揺している場合ではない。

でも、心の中では思っている。

今の、聞こえたかな。

いや、聞こえたよね。

絶対、聞こえているよね。

もちろん周りの人は何も言わない。
大人だからである。
職場だからである。
もしかしたら、本当に聞こえていないのかもしれない。

でも、こちらは聞こえた気がしている。
自分の耳には、はっきり届いている。

だからこそ、何もなかった顔をする。

夜勤というのは、ただでさえ人間の尊厳を試される時間である。

眠い。
腰が痛い。
ナースコールが鳴る。
記録がある。
排泄介助がある。
吸引がある。

朝まで、静かに体力を削られていく。

そこへきて、自分の身体まで勝手に「ぷ」と言い出す。

もう、いろいろやめてほしい。

一応、私は考えた。

便が漏れるわけではない。
下痢をしているわけでもない。

昔は下痢体質だったけれど、ここ数年はむしろ快便である。
ちゃんと食べるようになったからか、バナナ状の便が出るようになった。

便潜血の検査も、少し前に受けている。
結果は問題なかった。

となると、これは腸の病気というより、もっと地味な話なのではないか。

つまり、衰えである。

ちゃんと衰えている。

骨盤底筋。
肛門括約筋。
感知能力。
反射。

そういう、普段は存在すら忘れている場所が、静かに年齢を重ねている。

白髪が増える。
老眼が進む。
疲れが抜けない。

そういうものと同じように、肛門もまた、50代の現実を生きている。

悲しい。
でも、どこか笑える。

身体は本当に、思いがけないところから「もう若くないですよ」と知らせてくる。

だから私は、夜勤中に静かに肛門を締めることにした。

誰にも見えない。
誰にも気づかれない。

何もなかった顔のまま、肛門だけをそっと締める。

おならを止めるように、軽く締める。
数秒キープして、ゆるめる。

大事なのは、全力で頑張らないことである。

50代に必要なのは、根性ではない。
メンテナンスである。


昔のように、勢いでどうにかする時期は過ぎた。
気合いで押し切ると、どこかが壊れる。

だから、静かに整える。
誰にも言わずに鍛える。
何もなかった顔で、こっそり身体と交渉する。

老化に抗うというより、老化と交渉する。

「全部は止められないけど、せめて職場では控えめにしてもらえませんか」

そういう話である。

今夜も夜勤である。

眠いし、疲れるし、正直、身体はもう帰りたがっている。

それでも朝は来る。
ナースコールは鳴る。
記録は残る。
患者さんは眠ったり、起きたりする。

そして私は、何もなかった顔をしながら、静かに肛門を締めている。

50代の夜は、思ったより忙しい。

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