◆ハーバル小説◆Herbal Diner Lise🌿Episode31🌿タイムと栗のラグー、秋のはじまりに
🌿あらすじ🌿
世界を旅してきた女性・リゼが営む小さなダイナー。
店の料理には、旅先で出会った味やハーブの知恵が息づいている。
常連客との何気ない会話、季節の食材、時折訪れる旅人たち。
料理を囲みながら交わされる言葉は、誰かの背中をそっと押したり、忘れていた思い出を呼び起こしたりする。
これは、ハーブと料理を通して人と人が繋がる場所――『Herbal Diner Lise』を舞台にした物語。
今日もまた、ひと皿の料理とともに、小さな物語が始まる。
🌿タイムの香る夕暮れ 🌿
夕方の風が、夏の名残をそっと攫っていった。
街路樹の葉はまだ青いけれど、光の角度が少し傾いている。
リゼは鍋の中で玉ねぎを炒めながら、季節の変わり目の匂いを感じていた。
香ばしい香りに、タイムの枝を落とす。
葉がじゅっと弾け、空気がやわらかく満たされた。
そのとき、扉が開いた。
入ってきたのは、仕立てのいいスーツを着た青年。
髪はきちんと整えられ、腕時計は上品。
けれどその目の奥には、少し疲れがにじんでいた。
「こんばんは。ひとりですけど、いいですか」
「もちろん。お好きな席へどうぞ」
リゼはにっこりと微笑み、窓際を指さした。
青年──透は軽く会釈して席に着く。
「香りがいいですね。……タイム、ですか?」
「ええ、今夜は栗と合わせてラグーを作ってるの」
「珍しいですね。タイムって、肉よりも魚に使うイメージがあったので」
仕事帰りでも話し方に無駄がない。
リゼはすぐに気づいた。
この人、頭が切れて、常に冷静なタイプね。
「お料理、お任せしていいですか」
「もちろん。少し時間をいただければ」
リゼが鍋を煮込みながら声をかけると、透は静かに頷いた。
カウンター越しに漂う香りを追いながら、彼はぽつりと呟く。
「この香り、どこかで……。ああ、そうだ。
知り合いに、ハーブを使うカフェをやってる人がいて。
ラベンダーの香りがいつもしてるんです。」
その一言に、リゼの手が一瞬だけ止まった。
でも、表情は変えず、ゆるやかにタイムの枝を混ぜる。
「ラベンダーね。静かな香りだわ。
人の心を落ち着かせる、優しいタイプの子がよく選ぶの」
透は少し驚いたように顔を上げる。
「……そうなんです。まさにそんな感じの人です。」
リゼはにこりと笑った。
「そう。じゃあ、きっとあなたは、その香りに惹かれたのね。」
透は一瞬言葉を失い、カップの水に視線を落とした。
「……仕事では、合理的でいようと決めてるんです。
でも、あの店に行くと、少しだけ理屈じゃない気持ちになるというか……」
「タイムも同じよ」
リゼはそう言って、完成したラグーを皿に盛りつけた。
「少しスパイシーで、どこか野生的。
でも、香りの底にあたたかさがある。
心を動かす香りは、理屈じゃないの。」
皿の上には、タイムの枝と香ばしく焼かれた栗、ほろほろと崩れるポーク。
その香りが、秋の入り口を告げる風と一緒にふわりと広がる。
透はスプーンを手に取り、一口食べた。
「……すごい。
やさしいのに、芯がある味だ。
たぶん、あの人の香りも、こんな感じです。」
リゼは笑った。
「いいじゃない。それなら、あなたの気持ちは間違ってないわ。」
透は照れくさそうに苦笑いした。
「自分の気持ちなんて、まだ整理もできてないのに……
なんでそんなに簡単に見抜かれてしまうんだろう。」
「香りはね、嘘をつかないの」
リゼはカウンター越しにワインを注ぎながら、穏やかに続けた。
「人を想うとき、その人が思い浮かぶ香りがある。
あなたにとって、その人の香りはもう“日常”の中にあるんでしょうね。」
透は少し目を細めて笑った。
「……そうかもしれません。
じゃあ、またその香りを思い出したくなったら、ここに来てもいいですか」
「もちろん。秋は始まったばかりだからね。」
リゼは彼の背中を見送りながら、タイムの葉を指でちぎった。
その香りが、静かに店内に広がる。
「ロゼ……。いい人を惹きつけたわね。」
窓の外では、街路樹が秋の風にそよいでいた。
ラベンダーの香りの向こうに、タイムが静かに寄り添うように。
リゼは鍋をもう一度火にかけながら、微笑んだ。
◆ その後のリゼ×透の再会は…35話、…思う人は誰?
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