黒。踵。23時。


は、バンド活動をしていた時期がある。
本当に真剣にやっていた「メジャーデビュー」なんて「夢」を持ったのも事実だ。
もちろん、解っていた。「甘くない」のは。でも、たぎるモノがあったんだ、
抑えられないくらい強かった。
小学生からギターに触れ、中学校では人前に出て、
高校生になった頃にはライブ前にフライヤーとデモテープを配ってた。

方々に沢山の御恩を頂き、血を流した日から12年。
気付けば、ハコは満員になるくらいに支えられていた。

難しい選択なんかじゃなかった。当然だ。甘くない。
キッパリやめると「決めた」ちょっと前の、DIY。

私の大切なエフェクターは

大切にしていた。そのジャンルでは「鉄板」のエフェクターだった。
普段は「こん」とつま先で「押し」ていた。
キッカケは、よくある話「暴走」だ。
普段は1人が「マネージメント」をしていたが、ハコが埋まる様になって
「イキ」がったバンドは、
浮足し立ち、出来ない約束をし、関係者に嫌われ、解散に追い込まれる。
文字通り「五万とある話」

ライブが出来ないのに、練習スタジオの予約は出来る。
おおよそ、御想像頂けるだろう、その頃は、そんな世界だった。

蹴った、「何とか御厚意に預かったハコでのライブ前」のスタジオ練習で、
只の八つ当たり。
なにも罪ない大切なエフェクターを何度も。
もう、このバンドでその先は「無い」と決まっている「練習」だ。

なんなんだよ たいせつに なんでだよ さいごだから やっぱり、
またあたらしく おわりだな。

全部の感情が混ざって「蹴った」

23時

「決めた」ハコから出た。
連中とは一言も交わさなかった。いつもの中華屋も行かなかった。

心臓を止められないのと同じ様に「もうやりたくない」
理由なきDIY。

今もわからない。
ステージに立ってたなんて考えたら吐き気がする程、こじらせた。
すべてがギリギリだった。

でも、感情を揺さぶりたい。空気なんか読め無くていい。
その「種」だけは残った。

蹴った先に、今があった。夢が冷めたあとに始まった。
「ギター」から「人生」に、情熱の矛先を「代替え」し「育て」た。

理由なきDIY。


いいなと思ったら応援しよう!

goku いただいたチップは、より良い活動に使わせていただきます!!