【短編小説】チョコと苦い記憶
『ねぇママ、パパにバレンタインのチョコ作りたい!』
と娘の華恋が、スマホの画面を私に見せながら言ってきた。
『チョコクッキーがいいの!』
そう娘に言われたが、お菓子をほぼ作った事がない身としてはクッキーが簡単に出来る物なのかどうなのか分からない。
調べてみると、ホットケーキミックスを使うと簡単に出来ると書いてあった。
『じゃあ、パパに内緒でチョコクッキー作ってあげようか』と言うと華恋はピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。
材料は、ホットケーキミックスにココアパウダー、バター。砂糖と卵は家にあるから、それで大丈夫。器具は、綿棒、ゴムベラ、クッキングシート、抜き型。
必要な物をメモして、華恋と一緒に近所のショッピングモールへ向った。
店内はバレンタインコーナーが設置されていた。
専門店のチョコがズラッと並んだ一角に手作りコーナーがある。
抜き型を見ると色んな型があって全種類集めたくなる気持ちを抑えハートの型を1つだけ手に取った。ラッピング用の袋とメッセージカードも買って店を出ようとしたら
『ねぇねぇママ、こっち来て』
華恋に袖を引っ張られ向かいの雑貨店に入ると、親子用のお揃いエプロンが飾られているのが目に入った。ワンピースの様な形がすごく可愛らしい。
『かわいいね。一緒に着て料理する?』
『うん!』
バレンタインを機に娘と一緒に料理を作るのも楽しそう。衝動買いになるけど、悪くないと思った。
昼食にモール内で買ったサンドイッチを食べ、お菓子作りに取り掛かる為、買ったばかりのエプロンを身につける。
お菓子作りをしたのは、小6の時にたった一度だけ。
放課後、友達がクラスの好きな男の子にチョコを渡したいという話で盛り上がった。
その子の家が近いという理由で友達4人が我が家に集まってチョコを作る事になった。
ちょうど、両親が仕事で不在だったのもあった。
チョコ作りは、成功だった。
後は、渡すだけだったけど直接渡すのは恥ずかしいし誰が書いたか分かるのも嫌だって言い出して、私は父の部屋からワープロを持ち出して手紙を書いた。
チョコは、男の子の家のポストに投函した。
大人になった今なら分かるけど、怪し過ぎるし怖くて食べれないと思う。
親なら尚更食べさせたくないと思う。
1週間くらい経った頃、母が
「あんた、一紀くんにバレンタインのチョコあげたでしょ!」
と突然大声を上げなから居間に入ってきた。
母は、怒っている訳でなくても声が大きくて威圧的に聞こえる為、思わず身体が反射的にビクッとなってしまう。
「あげてないよ。」
「嘘!あんた、ワープロで文を打ったでしょ!?インクリボンに残ってるんだから!!」
まるで不倫の証拠を抑えたかの様に母は鼻息を荒くして私の目の前にインクリボンを出した。
「あ…」
「こんな事して、一紀くんのお母さん困ってたじゃない!」
母の問い詰めに私は固まって何も言えなくなってしまった。
「もうホントにあんたは〜。」
言い返さないでいたからか、急にトーンダウンして今度は「あんたさぁ、一紀くんがタイプなの?
お母さんは、雅晴くんがタイプなんだと思ってたわ。一紀くんって、足が早いだけの子じゃなかったっけ?」
茶化した様なニヤついた目を向けられゾワッと鳥肌が立った。
「やめてよ!気持ち悪い!!」
その場から逃げるように部屋へ行こうとすると後ろから「いいじゃない。別に悪い事じゃないのに。」
母の言い訳がましい言葉が聞こえた。
その後は、何事もなかったかのように過ごされ
私は、この時からお菓子作りをしなくなった。
私は、母のデリカシーのなさが大っ嫌いだ。
大声も嫌い。
威圧的な態度も嫌い。
人前では、いい顔をするのも声色が変わるのも嫌い。
何もなかったように振舞われるのも嫌。
「ママ、いい匂いしてきたよ〜」
華恋の声に意識が戻る。
娘とお菓子作りをした事で、過去の出来事がフラッシュバックしてしまったみたい。
なぜ、人はいい思い出ではなく嫌な思い出の方を思い出してしまうんだろう。
「ねぇ、メッセージ見て〜」
メッセージカードには
『パパ
大好き♡
いつもありがとう
華恋』
と書いてあった。
華恋の後に『&ママ』と書き足した。
焼きたてのクッキーを1口囓る。
おいしい…
だけど上手く飲み込めない。
私は、紅茶でクッキーを流し込んだ。
私は、ただ母と一緒にこうやってお菓子作りをしてみたかった。
母との思い出は、あまり良い記憶がない。
私は華恋には嫌な思いはさせない。
「ママ、クッキーおいしいね!パパ喜んでくれるといいな〜」
「ね、喜んでくれたらいいね。」
華恋は、もう一枚クッキーを頬張りながらメッセージを渡してきた。
『ママ
いつもありがとう
大好きだよ♡
華恋 』
照れくさそうに笑う娘をぎゅっと抱きしめて言った。
「私もいつもありがとう。大好きよ。」
