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「パンク」について | ちょいとそこまで。#7

今日は朝から出かけるつもりで、お気に入りのカーキ色のTokyoBikeを引っぱり出した。急がないと蚊の大群に襲われるので、いつもよりスピーディにタイヤに空気を入れた結果、準備だけでひと汗かく。この段階ですでに出かける気力が半分くらい削れている。
でも風が心地良さそうなので、気分良く走れるかもしれないなと思いながら、少し遠い駅までの道をペダルを踏んだ。

途中で小さく嫌な音がした。ちょっとした石を踏んだのか、金属片か。まあ大丈夫だろうと走り続けていたら、直後に思いきり破裂音がして、後輪のタイヤがつぶれていた。
パンク。何度か経験があるのに、いつもその瞬間は少しびっくりする。

さすがにこのまま進むのは無理だろうと、降りて押しながら歩きだす。近所に行きつけの修理屋がある。白髪のおじいさんが一人でやっていて、バイクから自転車からなんでも手際よく、格安で直してくれる。今日もお願いしようと思ったら、シャッターが降りていた。休みなのか、体調でも悪いのか。自分の不運を呪った。

仕方なく、ぺちゃんこのタイヤを引きずって家まで戻る。10分くらい歩いただけなのに、余計に体力が削れていく感じがした。汗でTシャツがベタつく。もう出かけるのやめようかと迷ったけれど、近くのLuupが空いてたので、結局それを借りて駅まで向かった。

なぜパンクしたのだろう。あたりをつけてみる。おそらく下水道の蓋の上を走った時に何か尖ったものを踏んだに違いない。できるだけ先頭に居たいと思って、狭い車の脇をすり抜けようとした時だ。
何もそこまで急ぐことはなかったのに。たった1分も変わらないのに、前に出ようとする気持ちが、結局遠回りを呼び込んだ。

こんなふうに無理に進もうとしたときに限って、うまくいかないことが多い気がする。

そんな風にパンクのことを考えていたら、別のパンクのことが浮かんできた。

脳がパンクするのは、仕事のときが多い。
いろんな案件や連絡が同時にやってきて、自分の処理能力の限界を越える。
すると、やるべきことは山積みなのに、何から手をつけていいかわからず、立ち止まってしまう。若いころはしょっちゅうそうだったけれど、大人になると少しはましになった。

最近は、脳がパンクしそうになったら、机にポストイットやメモを広げるようにしている。
やらなければいけないことを全部書き出して、一つずつやっつけていくと、だんだん霧が晴れてくる。
そのうち、あれほど大きく見えていた混乱も、意外と大したことじゃないと思える。これも年の功だろうか。これだけ情報が多い時代に、他の人はどうやって適切に向き合っているのか。

同じ「パンク」という言葉でも、タイヤと脳とではずいぶん意味が違う。
でもどちらも、立ち止まるきっかけになるという意味では、似たようなものかもしれない。
少しの遠回りもきっと悪くない。そう思うことにする。

今日はこの辺で。

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