BHAGAVADGITA HOME-STUDY-COURSE バガヴァッドギーターにいたるあらすじと背景
◆COURSE GITA DHYANAM 8番目の詩で言われていたこと
मूकं करोति वाचालं
पङ्गुं लङ्घायते गिरिम्
यत्कृपा तमहं वन्दे
परमानन्दमाधवम्
mūkaṃ karoti vācālaṃ
paṅguṃ laṅghāyate girim
yatkṛpā tamahaṃ vande
paramānandamādhavam
I salute that Maadhava, the source of supreme bliss, whose grace makes the dumb man eloquent and the cripple cross mountains.
行いの結果は、還ってくる。「結果」には2種類ある。「見える結果」と「見えない結果」。前者はすぐにわかる。後者は、いつどのようなかたちで為されているのか、私にはわからない。だから、できる行いをし尽くして、+αで祈るという行為をする(祈ったらなんとかなる・・というわけではないのが重要。。)。結果とは、”私のいつかの行為が、秩序によって巡りもたらされたもの”。学びによって考えが整列されていくと、いいことだけでなく厳しいことも、「プラサーダ」(もたらされたもの)として受け取る練習ができるようになっていく。
◆THE CONTEXT OF THE BHAGAVADGITA バガヴァッドギーターにいたるあらすじと背景
クリシュナの時代、二つの派閥における大規模な争い。それが、バガヴァッドギーターの背景。クル王族の、ダルタラーシュトラの100人の息子たち VS パーンドゥの5人の息子たち。
作者であるヴャーサは、歴史上の出来事や人物に膨大な叙事詩をのタペストリーを組込み、創造的な物語を書き上げた。
◆THE KAURAVAS カウラヴァたち
クルの一族に属する人々は、カウラヴァと呼ばれる。ダルタラーシュトラとパーンドゥが年頃になったとき、二人のどちらかが、カウラヴァ一門の長になるかを決めなければならなかった。ダルタラーシュトラは目が見えないため、パーンドゥが王となり統治。王国は繫栄した。
パーンドゥは休暇中に、森に滞在した。その際、一対の鹿に矢を放ち傷つけた。求愛中の動物を殺すのは、ダルマ(秩序)に反した行為。さらにその鹿たちはリシと奥様の化身であり、パーンドゥに呪いをかける。彼に子どもができないようにするという呪い。パーンドゥは隠居したが、さまざまな執着を持ったまま修行に入ってしまう。
パーンドゥにとって、父親になれない事実は大きな悲しみとなった。彼の奥様はクンティ。クリシュナ神の一族である。彼女は、聖者ドゥルヴァーサのお世話をした褒美として、マントラを授けられた。聖者は非常に尊敬される存在なので、王が盛大に歓待する。聖者は王に教えを授ける。つまり、聖者の世話を立派にやり遂げるのは、大きな功労だった。
彼女が得たマントラは、様々な神様を呼び寄せ、子どもも授かる力もあった。ただ、美しい太陽に感動してマントラを唱えたところ太陽神が現れ、子を為すこととなってしまった・・という経緯がある。国の繁栄=力のある子たち。より能力の強い子をつくるために、様々な神を呼び寄せて交わった。
結果としてクンティは数々の子を為すが、パーンドゥの執着を呼んでしまう。国の繁栄と子を残すという執着。パーンドゥは、リシの呪いによって落命する。さまざまな経緯を経て、パーンドゥの5人の息子たち=パーンダヴァの長男であるダルマプットラが、王位を継承した。ダルマプットラは、なにが正しいかというダルマの生き方にコミットしていた。
息子たちのなかでもっとも多才なのが、アルジュナだった。弓の名手であり、戦の名人。且つ芸事や芸術にも精通していた。ダンサーであり、ミュージシャンであり、何よりもダルマにコミットしていて、大きな名声を得た。
ダルマプットラとともに、彼の4人の兄弟たちは、とてもうまく王国を統治した。誰しもが、その栄誉をたたえた。一方、これが全ての問題の始まりでもある。ダルタラーシュトラの息子たち、とくにドゥルヨーダナは、とても嫉妬深く、パーンダヴァの息子たちを統治者として認めなかった。。

◆所感・めも
バガヴァッドギーターは、登場人物が多くて家系図を観ても難しい。ただ、そこに捉われてとっつきにくさを感じてしまうのではなく・・バックグラウンドとして描かれていることを観ていく。人の欲や執着、嫉妬、ダルマとそれに反する行為(アダルマ)、何を祈るか・・。
インドにバガヴァッドギーターを物語として子どもたちが学ぶ文化があるなら、それらを自然と身に着けていくんだろうなと思った。アニメになってたら、各登場人物を「推し」として能動的に知っていくだろうし。
現代日本の「物語」は、綺麗・可愛い・偶像化されたものが多い(コンプラもある・・)。でも、昔は日本においても、古事記だとかは、人間の欲やドロドロを描きまくっている。歌舞伎の演目も、たとえば『女殺油地獄』はタイトルだけでもうすごい。油まみれになって女を殺すので。それら、人間の「性(さが)」に目をつぶらずに、情けなさや醜さ、それゆえに心動かされるもの。知る必要はあるのではないかと思った。
