第32話|届かない想いを抱いて
ハローワークの求人票で、「アロマ」という文字が目に留まった。
あの時、訓練校で出会った世界。
もう一度、あの香りの中で働けたら――そう思った。
だが実際に就職した先は、アロマとはかけ離れた、力任せの揉みほぐし専門店だった。
障害者枠の求人だったはずなのに、特別な配慮は何一つない。健康な人と同じように、いや、それ以上に体力を求められる現場だった。
それでも私は、自分に言い聞かせた。
「揉みほぐしも好きなんだから、できるはず」
そうやって、何度も何度も心の中で繰り返した。
けれど身体は正直だった。
腱鞘炎。
動悸。
息切れ。
胸の奥で、心臓が小さく悲鳴を上げ始めていた。
それでも気づかないふりをした。
気づいてしまえば、また何かを失う気がして。
限界を告げたのは、心臓よりも先に、手首だった。
夜、氷で冷やしながら、涙がこぼれた。
私は辞めることを選んだ。
仕事というものに、これまで執着したことはなかった。
でもこの時だけは違った。
「やっと見つけたかもしれない」と思った場所だった。
初めての、仕事に対する挫折だった。
もう施術はできないのかもしれない。
そう思った時、胸の奥がすうっと冷えた。
そんな頃、長男が高校を卒業し、家を出た。
次男と二人の生活が始まる。
彼は相変わらず不定期だった。
月に一度の時もあれば、週に一度の時もある。
けれど、来てくれていた。
そして、久しぶりに“生”のありさちゃんに会えることになった。
観月ありさリーディングコンサート
『座・ALISA』
松下由樹さんとの第一弾には行けなかった。
でも、宝塚の二人との第二弾には足を運ぶことができた。
舞台に立つありさちゃんは、相変わらず透き通るように白く、まるで舞台の向こう側まで見えているのではないかと思うほどだった。
朗読。
歌。
圧倒的な存在感。
胸の奥が震えた。
「これでまた、頑張れる」
そう思えた。
客席には、旦那様の青山さんの姿もあった。
あの場所には、ちゃんと幸せがあった。
「これから第3弾、第4弾と、座・ALISA続けていくので楽しみに待っててくださいね」
その言葉を、私はまるで自分に向けられた約束のように受け取った。
頑張ってね。
私も、頑張る。
ありがとう、ありさちゃん。
届くことのない想いを胸に抱え、私はまた現実へと戻った。
その後、第3弾、第4弾がコロナ禍によって消え去っていくことなど、まだ誰も知らなかった。
