第26話|この幸せが続くと信じていた
普通の生活になった。
やっと、普通の生活に。
我が家は、雨の日の土日じゃないと遊びに行けなかった。
だから雨が降ると、家族で隣の県まで車を走らせた。
山道では、彼がわざとドリフトをして、
私は助手席で本気で叫び、
子どもたちはきゃっきゃと笑う。
少し変わった家族かもしれない。
でも、私たちにとっては、それが“普通”だった。
人並みな苦労もあったけれど、
平凡で、穏やかな日々を過ごしていた。
私は再び通信制の高校に通い始め、
なんとか三年間で卒業することができた。
そんな頃、長男が
「私立中学を受験したい」と言い出した。
彼も私も、最初は反対した。
私立なんて、お金持ちのおぼっちゃまやお嬢様が行く学校。
そんなイメージしかなかったし、
彼は何より、いじめのことを心配していた。
「頭のいいやつが集まるところは、
いじめのレベルも違う。よく考えろ」
そう言っていた。
それでも長男は、一歩も引かなかった。
「僕がいじめられるわけない!」
その言葉の強さに、
私たちは根負けした。
条件はひとつ。
塾には行かせられない。
自力で勉強して、受験すること。
長男はその条件を受け入れ、
見事にやり遂げた。
合格が決まると、
「犬が欲しい」と言った。
いろいろな場所を見て回り、
一匹の柴犬の子犬と出会った。
連れて帰る頃、私たちはまだペット不可のアパートに住んでいた。
引っ越すまでの間、子犬は私の父に預けることになった。
やがて、築数十年の古い戸建てに引っ越し、
新しい生活が始まった。
犬の中での序列は、はっきりしていた。
彼は絶対的な権力者。
次男は対等な兄弟。
長男は、何でも言うことを聞く自分より下。
私は、長男と次男の間くらい。
きっちり線引きされていた。
ちょうどその頃、
ありさちゃんは「キャサリン」に出演していた。
この幸せが、ずっと続く。
彼も私も、
何の躊躇いもなく、そう信じていた。
——そう信じていた理由を、
今ならはっきり言える。
そこに、確かな根拠なんて
何ひとつなかった。
ただ、殴られない日が続いていたこと。
怒鳴られずに眠れる夜があったこと。
子どもたちが笑っていたこと。
それだけで、私は
「もう大丈夫なんだ」と思い込んでいた。
幸せが続くと信じたのではなく、
これ以上、壊れないでほしいと
願っていただけだったのに。
幸せを疑うほど、
私にはまだ、心の余裕がなかった。
