【徹底考察】終末世界でもゲームボーイは退屈凌ぎになるのか
遂に待ちに待ったSwitch 2が発売されましたね。世間では8年間でゲーム業界のみに留まらず、日本全土を賑わせ続けたSwitch後継機の話題で持ちきりです。もはや日本人の生活サイクルに根付いているといっても過言ではないほど、ゲームという文化は日本に浸透しました。
時は2007年、ニンテンドーDSの台頭により、ゲームという文化が急速に市民権を広げて行った頃、相対性理論というバンドが「シフォン主義」というミニアルバムをリリースしました。その一曲目、「スマトラ警備隊」という楽曲の2番サビ前の歌詞が今回取り上げるテーマです。ひとまず、本楽曲を今まで知らなかった人のために歌詞全編載せますね。
やってきた恐竜 街破壊
迎え撃つわたし サイキック
更新世到来 冬長い
朝は弱いわたし あくびをしてたの
太平洋 大西洋 ここ一体何平洋よ
盗んだわたしの記憶をかえして
CIA KGB FBIに共産党の陰謀よ
誰か わたしを逃がして
飛んでったボイジャー 惑星破壊
なすすべないあなた サイコパス
環状線渋滞 先長い
待つのつらいわたし ゲームボーイしてたの
北極星 超新星 流星群にお願いよ
誰か止めて あの子のスーサイド
新幹線 連絡線 運命線よ教えて
わたし 明日は どこでどうしてるの
あくびをしてたの
太平洋 大西洋 ここ一体何西洋よ
盗んだわたしの記憶をかえして
CIA KGB FBIに共産党の陰謀よ
誰か わたしを逃がして
見ての通り、恐竜が街を破壊し、ボイジャーが惑星を破壊する世界線にいる主人公ですが、そんなはっちゃけた情勢を目の当たりにしながら退屈凌ぎにゲームボーイをプレイし始めるんですよね。ここで私は思うわけです。
寧ろゲームボーイする方が退屈じゃね?と。
せめてDSかPSPやれよ!と。
今回は本楽曲の主人公が、終末世界でゲームボーイをプレイする奇行に至った理由に迫ろうと思います。
決してゲームボーイの魅力を否定するつもりはありません。ゲームボーイの残した偉大なる功績があってこそ、気軽にゲームを楽しめる世の中になったといって過言ではありませんから。全国の任天堂ファンの皆さま、その点を念頭に置いて頂けますと幸いです。それでは本題へ参りましょう。
仮説① めちゃくちゃ思い入れのあるソフトだったから
早くも正解に辿り着いた感はありますね。私も中学生くらいまでは最新ゲームを発売日に入手して、学校から帰ってきたらすぐに攻略に取り掛かり、また次なる新作ゲームの発売を心待ちにするという、今思い返しても夢みたいな日常を送っていました。今はゲーム以外の楽しみが増えてきたこともあり、最新作に没頭するより、昔に買った3DSのソフトを懐かしみながらチョロチョロ遊ぶような時間が増えてきましたね。この主人公も私と同じように、攻略することより思い出に耽ることが目的だったのかもしれません。
だとしたらこの主人公は若くても20歳前後と予想できるわけです。しかし、一番サビから分かる通り、やたら根拠の薄い陰謀論に傾倒している様子が伺えます。いい大人が、恐竜を眼の前にして「CIAの陰謀だ!」とのたまっていたら、私は正気を疑います。20歳超えて陰謀論を唱えている輩は、そもそもゲームボーイの流行に対しても「頭が悪くなる」などと根も葉もない言い掛かりを振り翳し、不買運動に乗り出しているはず。主人公はネット上で仕入れた耳慣れない横文字を、我が物顔で使ってみたいだけの中高生である可能性が高いです。中高生となると、思い出に浸るためにゲームする時間があったらモンハンの最新作をやってるはずなので、この仮説は残念ながら外れでしょう。
仮説② そもそも最新のハード(DSやPSP)を持っていなかったから
先程の仮説を通して、主人公が中高生であることがほぼほぼ確定しました。であれば、彼彼女の懐事情は親の教育方針に大きく委ねられます。お小遣いの額面によってはDSやPSPを入手する道が断たれていてもおかしくはありません。已む無く従兄弟のおさがりでくすねた前時代の忘れ形見に、有り余る時間を浪費していた可能性が高いわけです。
しかしながら、ここで矛盾が一つ生じてしまいます。何故主人公は北極星 超新星 流星群にDSあるいはPSPを強請らないのかと。なんせ恐竜が街を破壊しているんですよ。自分も周囲の人間も、いつ死んでもおかしくない状況です。抑圧された人生のまま終わりを迎えてしまいそうな状況下で、自分より他人を優先できますかね?ゲームもまともに買い与えられてないとすれば、自分よりお小遣いの額が大きいクラスメイトを勝手に逆恨みして、他人への思いやりが欠如した捻くれ者に育っていると考えられるので、2番サビで明かされた利他主義な考えは持てないと思います。よって、DSやPSPは所有していた、或いは次世代機を購入できる程度には貯金があったはず。この仮説もまた不適切でしょう。
仮説③ 流行に乗るのがダサいという固定観念を抱いていたから
先程までの仮説を通して、主人公は経済的にも教育方針的にも、さして不自由のない中高生であると推測できました。では、そんな平凡な環境で育ってきたガキンチョが思春期あたりで突如として陥りがちな固定観念、「流行に乗るのが逆にダサい」という、斜に構えていることに愉悦を感じる思考回路に侵されていた場合はどうでしょう。
本心ではDSやPSPでドラクエなりモンハンなりを楽しみたいと思いつつ、クラスメイトや知人の前では虚勢を張ってしまい、自分が周囲と比べて特異で非凡な存在であると錯覚してしまう病気だったという説です。「みんなが嬉々としてDSでモンハンやっている中、敢えてゲームボーイのレッドアリーマーやってる俺、やっぱ理解ってるわぁ~。」という具合に。仔細に綴ると私自身の中学時代と重なって目眩がしてきますね!
実際、主人公の性格とはかなりマッチしてそうです。特に陰謀論を鵜呑みにする中高生は、こういった病気を併発しているケースが多いと聞きます。しかし、本楽曲を見る限り、ゲームボーイをプレイしているのは恐らく首都高の車中。環状道路の渋滞に引っ掛かっている最中の出来事です。当然、周囲には家族以外誰もいないはず。こういう中高生は、家族の前でまで己の非凡さを誇示しようとはせず、わざわざ身内しかいない場でもゲームボーイをやるほど、設定を徹底してません。惜しかったですね。この仮説も立証ならず。
仮説④ 「ゲームボーイ」って言ったほうが趣が感じられるから
いやぁ~~~、ねぇ?……そら~~、そうでしょうなぁ。これって結局、今が2025年で、Switch 2発売を心待ちにしている世の中だから、「DS」に懐かしさや趣があると思ってしまうんでしょうけど、当時からすりゃ「Switch」「PS5」みたいなことでしょうし。まぁ、みんな分かりきってた結論でしょうが、ここまでの長文、お付き合いいただいてありがとうございます……
仮説⑤ 主人公にとっては世界の終末なんて、その辺のレトロゲームに劣るくらい興味のない話だったから
あれ?こっちのほうが、何かいい解釈じゃないすか?およよよ?
だってこの解釈で読み進めていった場合、主人公の優先したいものを不等式に表すと、
世界の終末 < 一世代前のゲーム<<< あの子
ていうわけでしょう?なかなかイイっすねこの解釈も。
今回ずっとニタニタしながら、ひたすらこじつけを繰り広げていただけのはずなんですが、いつの間にか歌詞への造詣がかなり深まってましたね。大学に進学してから久しく国語の授業を受けていませんでしたが、クラスメイトと意見を交じ合わせながら、サラダ記念日の解読に勤しんでいたあの頃を思い出しました。
相対性理論さんの歌詞って掴みどころがないイメージがあったんで、自分の中で解像度が高まったのが少し嬉しく感じます。書き始めの段階では、仮説④でオチにしようと思ってたんで、自力でトゥルーエンドを手繰り寄せられて良かったです。
というわけで今度こそ、長文お付き合いいただいき、ありがとうございました!
