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なぜ40代女性はこんなに疲れるのか④〜“ひとりになりたい”と思う母親の罪悪感〜

「ひとりになりたい」と思ってはいけない気がする

正直に言うと、私は「ひとりになりたい」と思うことがあります。
一人旅にも、ずっと前から憧れています。
独身時代は年2回は海外1人旅をしていたのに……

でもその気持ちには、必ずセットで罪悪感がついてくる。
「母親なのに、そんなこと思っていいのかな」
そんな声が、頭のどこかから聞こえます。


夫には“自由な時間”があったのに、私はなかった

うちの場合、夫も育休を取りました。

その2年半の間に、夫は少なくとも3回、丸2日の外泊をしています。
早朝に出発して、夜遅く帰ってくるような、宿泊を伴う外出です。

一方で私は、完全母乳育児だったこともあり、
授乳中は最長でも3時間ほどしか外出できませんでした。

美容院に行くだけでも落ち着かず、
1泊どころか、日帰りの長時間外出すら現実的ではありませんでした。

何度も外に出たいと思いました。
でもそのたびに、
「私がいないと泣き叫ぶかもしれない」
その光景を想像してしまう。

そして結局、
「その状況を作るくらいなら、私が家にいよう」

そうやって、自分の自由より子どもの安心を選び続けていました。
それが当たり前になっていたのだと思います。


ひとりの時間なのに、なぜか“休めない”

今は子どもも3歳になり、
ようやく「私がいないとダメ」という感覚からは少しずつ抜けてきました。

それでもまだ、

ひとりの時間ができると、なぜか落ち着きません。

本来なら休んでいいはずなのに、
気づくと掃除や片付けをしてしまっている。

自分のための時間のはずなのに、
いつの間にか“家のこと”に使ってしまうのです。


「後ろめたさ」はどこから来るのか

不思議なのは、誰かに責められているわけではないのに、後ろめたさがあることです。

休んでいいのに休めない。
好きに使っていい時間なのに落ち着かない。
その違和感が、じわじわと心を消耗させていきます。

振り返るとどこかで、
「母親は自分のために時間を使わないもの」
そんな前提を持っていた気がします。

子ども優先であることは当然で、
自分の時間は“余ったら使うもの”。

そんな無意識のルールです。


いつから「母親はこうあるべき」になったのだろう

誰かに直接言われたわけではありません。

それでも気づけば、
「母親はこうあるべき」
というイメージが、自分の中にしっかり根を張っていました。

だから、
休むことよりも、頑張ることを優先してしまう。

そしてそれが正しいような気がしてしまう。


本当は、“ひとりの時間”は必要なはずなのに

冷静に考えれば、ひとりになる時間は必要なものです。

リセットする時間がなければ、誰だって疲れてしまう。

それなのに、
「休む=悪いこと」
のように感じてしまう。

この感覚こそが、じわじわと人を追い詰めている気がします。


「ちゃんとした母親像」が自分を縛っている

結局のところ、自分を縛っているのは外側ではなく、
内側にある“理想の母親像”なのかもしれません。

頑張って当然。
休まないのが普通。
自分のことは後回し。

そんなイメージです。

私の母の影響も大きいと思いますが、
母は専業主婦でした。

今のように仕事・育児・家事が同時に押し寄せる環境とは、きっと違っていたはずです。
それでも、その時代の“母親像”は、今も形を変えずに残っている気がします。


「全部やろうはばかやろう」

本当に大切なことだけを残して、
優先度の低いものは手放す。

頭では分かっているのに、
それが一番難しい。


ひとりになりたいと思ってもいい

ひとりになりたいと思うこと自体は、悪いことではない。

むしろそれは、
ちゃんと日々を頑張っているからこそ出てくる、自然な欲求なのだと思います。

母親であることと、自分であることは、どちらかを消す関係ではないはずです。


「母親像」を、そろそろ更新しませんか?

よくネット上で見かける

「産後に見えない」
「ママに見えない」

といった賞賛(?)の言葉。

正直、私は嫌い!

その言葉の裏にある“母親像”は、
一体どんな姿を想定しているのだろうと思いませんか?

母親とは、
愛情深く、常に家庭を優先し、忍耐強くすべてをこなす存在
そんなイメージのまま、今も社会のどこかに残っている気がします。

でも現実には、共働き世帯が多数を占める時代です。
働き方も、家族の形も、昔とは大きく変わっています。

それなのに、「母親像」だけが更新されていないように感じます。


ひとりの時間は、“わがまま”ではなく必要な時間

だからこそ、

ひとりになりたいと思うことに対して、罪悪感を持たなくてもいい。

それは逃げではなく、回復です。
そして回復は、次に進むために必要なものです。

最近の私はそう思うようにして、
週1回土曜日の夕方~夜にかけてのヨガレッスン(3時間)は死守しています。

今日もまた、ちゃんと生きているだけで十分だと思える社会であってほしいと感じます。

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