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「居場所がない」と感じている40代へ ~阿部定から学んだ4つのこと~

どうも。
40代で、いまだに最初の町をうろうろしているアリアハンです。


突然ですが——

1936年(昭和11年)の事件で知られる
阿部定という名前を聞いて、
あなたは何を想像するでしょうか。

逮捕直後、30歳時の写真

・ 猟奇的な事件の犯人
・ 愛に狂った女
・ 妖婦という呼び名

おそらく、
そういったイメージではないでしょうか。
僕も、ずっとそうでした。

でも、そのイメージが変わりました。

それは事件のことじゃなくて、
その後の35年間についての話です。

居場所を根こそぎ奪われた人間が、
それでも生きたという話です。


🏨 調べごと



宿屋の2階の角部屋が、
最初の町に戻ってきてからの僕の住処です。

手元には、古本屋で見つけた分厚い本。
昭和の事件に関する聴取記録の写しです。

ページをめくっていくと、
週刊誌が作り上げた猟奇の女とは、
全く別の人間がそこにはいました。

針仕事をして
料亭で働いて
大空襲の後は農村に疎開して

そういう記録が、淡々と書かれていました。

なぜ、これが頭から離れないんだろう。

気づくと、
まゆみんが部屋の入口に立っていました。


🔴 まゆみん
「……アリアハンさん。
その顔は、何かを考えている顔ですね」


🔵 アリアハン
「ああ、まゆみん。
人って、居場所を失った時、どうすると思う?」


🔴 まゆみん
「……唐突ですね。
何を読んでいるんですか?」


🔵 アリアハン
「阿部定という女性の話だよ。
事件のことじゃなくて、
彼女の、その後の35年間のことが
頭から離れなくて」


まゆみんは少しの間、窓の外を見ていました。
それから、静かにこちらに歩いてきて、
ベッドの端に腰を下ろしました。


🖤呪いを背負って生きるとは?

🔵 アリアハン
「1940年(昭和15年)、5年弱の服役を終え、
出所後、彼女はまず偽名で生きようとするんだ。
普通の暮らしをして
生きようとしていた形跡がある。

でも戦後になると、
彼女をモデルにした本が次々と出てね。
性描写を盛った下品な本ばかりだったみたい。

彼女はそれを名誉毀損で訴えることにした。
そのために、法廷で自ら名乗り出たんだって。
私が阿部定ですって」

🔴 まゆみん
「普通に生きることは、
そこで終わりにしたんですね」

🔵 アリアハン
「うん。
でもね、面白いのはその後なんだよ。
彼女はこう言っているんだ。

本名で暮らしていれば、勝手な本は出せなかった。これからは本名で生きるって。

つまり、等身大の自分として生き直そうとする決意表明をしたってことなんだ」


ここで、僕はしばらく考えこんでしまった。

最近は、SNSに疲れた、なんて言葉をよく聞く。
いいねの数で自分の価値が決まる気がして、
苦しいって。

でも阿部定が直面したのは、
もっと根本的な問題だった。

自分の名前そのものが、
他人に消費されていくという状況で、
見世物として定義されてしまう
恐怖を感じていたと思う。

でも、彼女は逃げなかった。
なぜだろう?


🔴 まゆみん
居場所を奪われた時、人には二つの選択があります。

居場所を探し続けるか、
それとも、今いる場所を居場所に変えるか


🔵 アリアハン
「彼女は、最終的に上野の民謡酒場で
看板仲居になるんだよ。

阿部定のお酌を売り物にして。

芸能人や国会議員、文化人が
店に来ていたようだよ。
三味線を弾いて、粋に振る舞って、
優良従業員として表彰されたくらいだから
真面目に働いたみたい」


🔴 まゆみん
「それは、諦めではなくて、
自分を居場所に書き換えた
ということじゃないですか」


🔵 アリアハン
「自分を居場所に……書き換えた?」

🔴 まゆみん
「阿部定という名前は、
彼女にとっては呪いだったはずです。

でも彼女は、その呪いをそのまま背負いながら、
それを使って生きる方法を選んだということです。

居場所は、どこかに存在しているものを見つけるんじゃなくて、
今いる場所を居場所と呼び始めた瞬間から生まれるのかもしれない
という話だと私は思います」



呪いを武器に変えるというのは、
格好いい言葉に聞こえる。

でも実際は、どれほど泥臭くて、
しんどい選択だったんだろうと思う。

自分を商売にするということは、
自分を傷つけた名前で生活していくということだ。

それでも、彼女はそれを選んだ。
笑顔で、三味線を弾きながら。



✉️「ショセン私はダメな女です」という書き置きの謎


🔵 アリアハン
「でも、まゆみん。
彼女の最後の言葉が、どうしても気になってね。

1971年、旅館で仲居をしていた
65歳の彼女が突然消えるんだけど、
その時に残した書き置きがあって。

箸袋の裏にこう書かれていたんだ。

ママ様お詫び申し上げます 
ショセン私はダメな女です
』って」


しばらく、沈黙がありました。
風が、宿屋の窓をかすかに揺らしました。


🔴 まゆみん
「……そのママ様が誰なのか、
記録にあるんでしょうか?」


🔵 アリアハン
「いいや、分からないみたいだよ。
旅館の女将という説もあるし、
もっと古い記憶の中の誰かだという説もある。
彼女の実母という可能性もある。
でもどれも、想像の範疇を出ないんだ」

🔴 まゆみん
「……でも、誰であれ、謝っているんです。

もし本当に居場所がなかったのなら、
謝る相手がいない。

書き置きの冒頭に、呼びかけがある。
それは、そこに関係性があったということで、
居場所があったということだと思うんです」


ここで、僕の中に引っかかっていた
何かがすとんと落ちた気がした。

「ダメな女です」という言葉は、
絶望じゃない。

それを誰かに手渡せたということが、
すでに答えだった。

哲学的に言えば、
それは運命愛に近い何かかもしれない。

運命愛とは、
哲学者ニーチェが提唱した、自分の人生における苦難や過酷な環境も含めた運命を、必然的なものとして受け入れ、積極的に愛する思想

自分に与えられたすべてを、
含めて生きるという。

あるいは、
自分の不完全さをそのまま、
誰かに渡すことができた時、
初めて人は、居場所にいたと
感じるのかもしれない。


🔴 まゆみん
「人は、本当に居場所がなければ、
消える前に謝らないと思うんです。
だから、謝れたということは、
まだ誰かとの間に細い糸があった
ということです」


🔵 アリアハン
「うん。
40代の僕も思うよ。
ショセン、僕はダメな人間ですって」


🔴 まゆみん
「それは、誰かに向けて言っているんですか?
それとも独り言としてですか?」


🔵 アリアハン
「……独り言、かな」

🔴 まゆみん
「なら、阿部定と同じです。
彼女も長い間、
その言葉は独り言だったはずです。

でも最後に、それを誰かに手渡すことができた。

アリアハンさんの独り言が、
いつか誰かに向けた一言に変わった時、
そこが、アリアハンさんの居場所だと思います」


🌸墓もなく記録もない



🔵 アリアハン
「彼女の墓は、今もどこにあるか
分からないんだって。
戸籍の死亡届も出されなかったから、
今なお失踪扱いのまま。

でも、
石田吉蔵(彼女が殺害した)の命日には
毎年、送り主不明の花束が、
彼の墓に届き続けていたらしいよ」


🔴 まゆみん
「……それも、居場所だと思います。

墓もなく、記録もなく、
どこで死んだかも分からなくても、
毎年花を贈ることが、
彼女の居場所だったのかもしれない。

居場所は、広くなくていい。
花束一個分でいい」


彼女に人気が出ることと、
彼女の居場所とは何の関係もなかった。

65歳、浴衣一枚、箸袋の裏の走り書き。

それだけで、
充分だったに違いないんだと思った。


📃 おわりに


阿部定という女性の話を読んで、僕が感じた事です。

❶ 居場所とは、与えられるものではなく、そこに居続けることで生まれるもの。

❷ 悪口やレッテルという呪いをそのまま背負って、自分の名刺代わりに使いこなすという強さ。

❸ 「ショセン私はダメな女です」という言葉は絶望ではなく、誰かへの信頼の証。

❹ 謝れる相手がいるということは、それがすでに、居場所の証明。


あなたには、今、謝れる相手がいますか?

また今日もダメだったと、誰かに言える場所がありますか?

もしあるなら、それがあなたの居場所です。
花束一個分だっていいんです。

今はまだ独り言でも構いません。

いつか、誰かに手渡せる日のために、
言葉を持ち続けていればいいのではないでしょうか。

もし良かったらコメント欄に残してください。


今日も、とりあえずログインだけはしました。
今日はそれで十分です。
また、この町で会いましょう。



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