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【信州暮らし25 /白樺の林】 2026.8.12 涼風至

 東京や大阪では「小さい秋」はまだ見つからないだろうが、ここ御代田ではお盆の時期を迎える頃から小さい秋が始まって少しずつ夏が消えてゆく。初めて信州のお盆を迎えるが、長野市あたりの北信地域ではお盆の迎え火、送り火に白樺の皮を焚く風習があり、「かんば」という名称で白樺の皮がスーパーの店頭に並ぶ。白樺の皮は油分があるので火がつきやすく、焚くと甘い香りがしてその香りをたよりに先祖が帰ってくるという。「信濃路は白樺焚いて門火かな(大橋越央子)」「送り火の白樺の皮一握り(瀧澤伊代次)」と詠まれるくらいだ。白樺は信州の風景写真にもよく出てくるし、近所の庭や林の中に特徴的な白い樹肌をもった木にお目にかかることも多い。俳人達も「秋立つと目に白樺の白さかな(石井露月)」「白樺は白つらぬけり霧の中(西川五郎)」と17文字に詠んでその白さを際立たせる。白樺の細胞から白い粉状になった物質が排出され樹肌が白く見えるというのだが「白樺の白は手に附く秋の風(松本たかし)」と詠まれているから、手で触ると白い粉がつくのだろうか。今度、樹肌に触ってみたいと思い私も一句「白樺の肌に触れ見つ盆の宵(Alt)」、うーん、もう一つか。確かに緑の木々の中にある白い樹肌は美しく「貴婦人といふ白樺の芽立ちかな(青木重行)」ともあるから、その姿は貴婦人に例えられるほど気品に満ちているのである。少し趣向を変えて、若山牧水の「白鳥は かなしからずや」を私流に置き換えて「白樺は さびしからずや 空の青 うみのあをにも 染まずのび立つ」と書いてみる。林の中で白い樹肌を持つ木々は周囲と馴染めず一見さびしそうではあるが、その個性に自信を持って美しく「のびたつ」姿は凛として清々しい。「まっすぐに秋白樺のまひるかな(鶯谷七菜子)」と詠んだ人もいるから、まっすぐにのび立つ白樺は優しい力強さを与えてくれるのである。ただ樹齢が短く40〜50年も経つと樹勢が弱まっていく。老齢木の伐採、下草刈り、稚樹の育成によって白樺林の更新を行なっていく必要があるという。白樺の林にも高齢化の波が押し寄せているそうだから、身につまされる話ではある。景観保持のため伐採が制限されている白樺林もあるので、白樺林の更新は簡単には進まない。「年老いた白樺しずか雪の朝(Alt)」一面の美しい白い世界の風景とはいえ、葉を落とした老齢の白樺にとっては厳しい冬を迎えているのだろう。

 白樺を名前に冠した文芸集団に「白樺派」があることはよく知られている。大正時代に同人誌「白樺」を発行した人達の集まりを指す。志賀直哉、武者小路実篤、有島武郎、里見弴、高村光太郎、柳宗悦らの作家や芸術家たちが集まり、人道主義や理想主義の旗を掲げた運動だった。長野ではそれが教育運動になって中心となる教師達は信州白樺派と呼ばれたそうである。古い教育理念から新しい教育理念を産む過程では軋轢もあったようだが、その精神は長野の児童教育に伝わっているという。長野、教育とくると松本の開智学校を思い出す。私が松本を訪れた2023年には耐震や防災改修工事中で中に入るとことができず開智学校の看板がある門から校舎を眺めるだけだった。最初に建てられた場所から移築されて開智の名前は住居表示にも残った。教育県長野を象徴する心意気を感じる建物である。1965年(昭和40年)に教育博物館として公開され、2019年には国宝にも指定された。1876年(明治9年)に建設されているから、今年で150年が経つ。年老いた建物が長い時間大切に使われているのを見ると、なんとなく穏やかな気持ちになる。

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