35歳からの自己理解:「強み」で生きると苦しくなる「努力」と「実績」の裏側で、なぜあなたは息苦しいのか
「周囲への細やかな気配り」
「圧倒的な実務遂行能力」
「誰からも頼られるサポート力」
勤勉に新たな技術を学び
顧客のニーズに新たな解決を提案し
クライアントの意向を汲み交渉をし
案件をまとめ上げる
あなたはこれまで、その「強み」を武器に
荒波を乗り越え、居場所を勝ち取ってきたはずです
35歳、あるいは40歳を過ぎ
社会的な責任も重くなった今
本来ならその武器を携えて
最もやる気に満ち、
充実した日々を謳歌しているはずでした
しかし、現実はどうでしょうか
かつて一生懸命獲得した、
その「強み」を使えば使うほど、心は削られ
進んでも進んでも苦しくなる一方
楽になる道が見えてこない
次は、どっちに進めばいいのだろうか
そんな感覚に陥っていませんか?
「もっと頑張らなければ」と
武器を強く握りしめるほど、
なぜか自分自身が蝕まれ、疲れ果てていく——。
この日々は、どこまで続くのかと
なにもやる気が起きず、途方に暮れる週末
これは、かつての35歳の時の私です
あの頃、疲れ果てていたなぁと思い出します
その苦しさの正体は、あなたの能力不足ではありません
むしろ逆
あなたが必死に磨き上げ
あなたを救ってきたその「強み」こそが
あなたを苦しめているのです
かつてそれが「薬」として機能した時代もありました
社会に出たての頃、
もしくはそれ以前の子ども時代に
高い共感性を持ち、周りを慰め、癒し、
愚痴聞き役となり、ケアしてきた方
不屈の精神で日々勉強に取り組み、
部活も試験も頑張り続ける忍耐力を持ち、
はたまた生徒会などでも、
その指導力の高さ、マネジメント力を発揮してきた方
しかし、月日は流れ
実はいま、そんな優秀な方々が、私と対話をしに訪れます
「強み」は、適切に使っていくことが有益とされています
社会の役に立ち、自分も楽に仕事ができ、
かつよい成績に結び付きやすい
誰にとってもメリットしかない
しかし、その「強み」が苦しくなる時がある
それは、「適合」のために、その技術を身に着けてきた
その役割を引き受けてきた、というとき
そのエネルギーの源泉は、
社会に、他人に受け入れてもらうため、
その場に置いてもらうための「生存戦略」として、だから
他者により、評価され、価値を見出され、
有用であると認められると、
そのメンバーとして所属できる
そこに居ていいという「許可」が得られる
免罪符のようなものです
例えば新入社員
その企業の風土や文化に合うか、
企業側が欲しい能力を有しているか、
選別するのは企業側
必要とされるスキルや戦力があると認めてもらい
その企業に所属する事ができる
新入社員側も、自分に合う気質の会社か
自分の希望はどのくらい叶えられるかを考え
企業へ希望を出すわけだけれども、
まだどちらかと言えば、企業が選ぶ側でしょう
だから、自分の「やりたいこと」よりは、
企業が「やってほしいこと」に合わせていく必要がある
それが「適合」
もちろん、それぞれに適性はあるから、
端から苦手なことではないケースが多いけど
「生存戦略」であるがゆえに、
その目的は「生き延びること」
これが、「適合」のための「強み」で生きていくと
どこかで苦しくなってくる理由です
だって「生き延びる」が目的って
今、我々はそんなに緊急事態なのでしたっけ...?
この「生存戦略」として「強み」を回している時
私たちは「自分」を置き去りに、
もしくは封印してしまっています
だから、どれほどの成果が出ても、心が空っぽなのです
そして、多くの場合その
「生存戦略」は「義務感」として認知され
私たちは、そこから脱することが困難です
でも、脱さなくて大丈夫
今やっていることを、完全にやめてしまわなくてもいいのです
(もちろん、やめてしまっても良いのですが)
そこにただ、「自分」を置いてみてください
これに対して、自分自身はどう感じているのか?
「私は?」
という問いを携えてください
あなたの「努力」や「実績」の真ん中に
「あなた自身」を招き入れると
いままで、ご自分を亡き者として扱ってきたことが、
ありありとお分かりになると思います
あなたの人生に、あなた自身を取り戻すことこそが
あなたの人生を再起動する第一歩です
統合心理研究 東京目黒|堀江さなえ
人生を再起動する
心理×身体、統合カウンセリング
