#18 器と、旅と、日々の食卓
日常で使う食器は、唐津や萩焼の焼き物を使うことが多い。
どれも唐津や萩など、その土地に赴いて買い集めたものだ。
唐津焼きは「唐津やきもん祭り」で見つけた。街中の至る所が会場になり、多くの作家が作品を展示・販売する祭典だ。器の作家さんと直接お話ができたり、その方が手掛けた作品を一望したり、他の作家さんの作品との違いを見比べながら、じっくり吟味して購入できる時間がとても楽しかった。
こうしたお祭りは年一回だが、窯元(かまもと)に赴けば、いつでも出会うことができる。萩焼を買い求めた際は、電動自転車を借りて、10軒近く窯元を回った。ポップな若者向けな店構えだったり、美術館を併設し歴史を感じさせる老舗だったりと店舗の風情や趣は異なり、器が生まれた「故郷」を知るような感覚になった。
ある窯元で、吸い込まれるような青色の器に出会った。
器の見込み(中央の底)部分には宇宙を思わせる青があり、
器自体は砂の粒子を感じさせる土に群青を乗せたような色だった。
すっかりその色や形に魅せられたが、どう使ってよいかわからない。
女将さんに尋ねると「何に使ってもいいんですよ。」と仰った。
「この器は口縁(器のふち)を直線ではなく、波のように揺らめく曲線にしているから、小鉢にもお茶碗にも使えるし、ヨーグルトなどを入れても違和感がないんです。」とのこと。
「お茶碗」の形状をしているけれど、お茶碗っぽくないと思った理由は口縁だったのかと納得すると同時に、「お茶碗の形状をしているから、ご飯を食べる時だけしか使えない」というのは私の勝手な思い込みだった。縁のわずかな工夫でそれほどまでに用途が広がることにも驚いた。器だって、もっと自由な発想で好きなように使ったらいいと。
また別の窯元に行った際は、棚に所狭しと並んだ作品を見せていただいた。
おうどんや丼ものなどを入れられるものを探していたので、いくつかテーブルに並べてみる。ひとつひとつの異なる器の表情を楽しみながら選べるのも醍醐味だ。そのなかで、値段が異なるものがあった。理由を尋ねると、正円に近い方が高価で、わずかに楕円になっている方を安価にしているという。しかし唯一無二の形をした楕円の方が、自ら選び取った喜びがあるし、趣を感じられて、迷わず少し歪んだ楕円の方を選んだ。
毎食、「今日はどの器を使おうかな」と考える。
それほど種類があるわけではない。けれど、器の生みの親になる作り手や器の土を育んだ土地、そして購入したときの旅の思い出を思い浮かべながらいただく料理は、また一段と美味しく感じる。
