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#44 「自分でもできるかもしれない」という錯覚

昨日、漫画を大人買いしてしまった。
昔好きだった漫画。

「紡木たく」さんの『瞬きもせず』。
その一場面。

サッカーは好きだけど、家業の手伝いやらで練習ができない高一男子。
新しく来たコーチのおかげで、サッカーが面白くなっていく。
高校最後の試合で負けた時、「コーチがきたおかげで自分でもできると思った」と感謝の言葉を伝える。

叶わないと思っていた夢。
新しいコーチが来て、
発破をかけられ、今やれることに取り組むことで
夢を手繰りよせようとする。

「自分でもできるかもしれない」と思えるか。

私はもともと「夢」や「将来像」を描くのが苦手だ。
描いたところで、それが叶わない現実がやってくることを
直視したくなかったからだと思う。
それは、自分のダメさや力不足を突き付けられるだけだと、
どこか思っていた。

根っから、できると思っていない。
自分を信じていない。

そう思っていた。

でも本当にそうか。
こうしたいな、と思って
それが実現したこともある、という事実に気が付いた。

一人暮らしをして、自炊をするようになり、
美味しいものを作れるようになりたいな、と思っていた。
「美味しいもの」の定義は漠然としていた。

もちろん料理教室に通っていることも大きいが、
なにより、今は毎日料理を続けている。
自分が「美味しい」と思うものも、たまに作れるようになった。

料理も「これなら作れるかな」の繰り返しだったのだ。
今日のハンバーグは生焼けだったが、
先週作ったハンバーグは火が通りつつ、中はじゅわっと美味しく焼けた。

自分がそう思える環境を自分で作っていく。
自分がやってみたいことを
これなら自分でもできるかもしれない、と
ある意味自分を錯覚させてくれる環境を自分に提供する。

こうありたいと思う「ゴール」をたまに確認しつつも、
やることは、目の前のできることを一歩だけ進む。
それを続ける。

自分のできることを
できる範囲で続ける。

そのためにも、
「自分でもできるかもしれない」と
自分に思わせてあげる環境
が必要なのかもしれない。

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