見出し画像

数字で、人を見てしまう。― noteで数字が気になる理由

※この記事は約800字です。

「noteで数字を追うのはやめよう」と
決めたはずなのに。

いや、
そんなに気にしていなかったはずなのに。

やっぱり、見てしまう。

スキの数が少ないと、
「この記事、よくなかったのかな」と思う。

フォロワーが減ると、

「何かしたかな」とか、
「あの一文かな」とか、

勝手に原因探しをしてしまう。

正直、
数字が減ると、ちょっとざわつく。

減るたびに、
noteの中での自分の価値まで
下がったような気がするから。

別に、人気者になりたいわけじゃない。

でも、

選ばれなくなったみたいで、
なんだか寂しい。

noteのホーム画面には、
フォロー数とフォロワー数が表示されています。

これ、もし現実で起きていたら
どうなんだろう、と考えてみました。

たとえば、

初めて会う人の名札の下に、
「この人が応援している人数」と
「この人を応援している人数」が
書いてある世界。

山田:応援している数 59人
   応援されている数 132人

田中:応援している数 560人
   応援されている数 3230人

そんなふうに並んでいたら、
私はきっと、名前より先に
数字を見てしまう。

そして、田中さんのほうが

「この人なら大丈夫そう」

に見える。

数字に、
思った以上に引っ張られている。

フォローするとき。

おすすめに流れてきた記事を見るとき。

なんとなくプロフィールを
開いたとき。

現実で会う人なら、

表情とか、
声とか、
空気感とか、

もっといろんな情報があるのに。

noteでは、
それが見えにくい。

だから、数字を見てしまう。

そしてたぶん私は、

他人を見るときだけじゃなく、

「自分がどう見られているか」まで、
その数字で確かめようとしている。

だから、数字が減ると
少し焦る。


でも、
ずっとそうかというと違う。

長く読んでいると、

数字だけでは
わからないことが出てくる。

この人の言葉の温度。

ものの見方。

大切にしていること。

にじむ優しさや、誠実さ。


そういうものが見えても、

やっぱり数字は気になる。

数字が増えればうれしいし、
減れば寂しい。

明日もたぶん、私は数字を見る。

そして、
たぶんまた書いてしまう。

いいなと思ったら応援しよう!