友達って、どうやって作るんだっけ。大人になって変わった、友達のかたち
※この記事は約1100字程度です。
友達って、
どうやって作るんだっけ。
大学院に入って、
ふと考える瞬間があります。
同じ学科の学生は約30人。
そのうち、社会人は10人弱。
気づけば、
自然と分かれているんです。
社会人は社会人同士。
ストレートの学生はストレート同士。
交わらないわけではないけれど、
どこか、
流れている時間が
違うような感覚があります。
ストレートの学生たちは、
とても仲がいい。
一緒に通学して、
授業が終わっても、
そのままどこかへ出かけていく。
たぶん、放課後も、
ずっと一緒に過ごしているのだと思います。
——“ずっと一緒にいる関係”。
それを見て、
少し懐かしい気持ちになります。
一方で、社会人の私たちは。
学校にいる時間は
一緒に昼食を食べて、
グループワークで協力して、
笑い合うこともある。
でも、授業が終わると——
「じゃあ、また」
と、それぞれの生活に戻っていく。
私も、その一人です。
家では子どもが待っていて、
晩ごはんを作る
「お母さん」という役割が、
すぐに始まる。
時間がない。
それは確かに、
大きな理由です。
でも、
それだけではない気もしています。
人との距離の取り方そのものが、
少し変わったのかもしれません。
学生の頃の私は、
“ずっと一緒にいること”が当たり前でした。
一緒に帰って、
一緒に笑って、
同じ時間を重ねていく。
それが、
関係の深さだと思っていた。
人との関わり方って、
気づかないうちに、
少しずつ
変わっていくものなのかもしれません。
小さい頃は、
同じ遊びをする「仲間」。
思春期には、
少し狭くて、でも深い「親友」。
そして今は、
それぞれの違いを持ったまま、
無理をせずに関わる関係。
社会に出てからの私は、
限られた時間の中で、
初対面の人とも協力し、
同じ目標に向かって関係を築く。
そんな経験を、
重ねてきました。
「誰とでも関係をつくり、
仕事をする力」は、
確かに、
身についたように思います。
けれど、ふと思うのです。
——友達の作り方って、
どうだったっけ。
べったり一緒にいなくても、
関係は成り立つ。
必要なときに関わり、
それぞれの生活に戻っていく。
水のように、
さらさらと流れる関係。
それはきっと、
大人になったからこそできる、
心地よい距離感。
でも、正直に言うと。
学校からの帰り道。
ほんの少しだけ、
寂しさのようなものを
感じることがあります。
あの頃みたいに、
理由もなく一緒にいられる関係を、
どこかで懐かしく思っている自分もいる。
これは、成熟なのか。
それとも、距離なのか。
どちらがいいとか、
悪いとかではなくて。
今の自分が選んでいる関係のかたちに、
少しだけ
立ち止まっているだけなのかもしれません。
それでも、ふと思うのです。
友達って、
なんだったっけ。
もしかしたら、
友達の作り方を忘れたのではなく、
“作らなくてもいい関係”を
知ったのかもしれません。

