AIは人権である。すなわち原発推進は人権推進であるという発想。

AIを使えないことは人権侵害? AIと原発の接点

「AIを使えないことは人権侵害だ」と言われたら、どう感じるだろうか。大げさに聞こえるかもしれないが、私は2030年の日本社会を想像すると、この主張はあながち突飛ではないと思っている。

AIは日常生活や仕事にどんどん入り込み、もはや「なくても困らない便利ツール」ではなく、「使えなければ社会参加そのものが難しい」存在になりつつある。教育、行政、ビジネスのどこを見てもこれからの運用はAIを前提に変化していて、AIを使わないことは「ネットに接続していない状態」と同じくらいハンディになる。

そしてここで見落とされがちなのが、「電力」の問題だ。多くの人はAIの社会的影響を語るとき、アルゴリズムの精度や規制ばかりを気にするが、AIを回すための膨大な電力需要については、驚くほど無頓着だと感じる。私はこの“電力のオーダー”を見誤ることが、AI時代の最大のリスクの一つだと思っている。


AI利用が「人権」に近づきつつある

国連は「インターネット接続は人権の一部」と位置付けたが、AIに関してはまだそうはなっていない。だが、日本の現場はすでに法律を先回りしている。学校教育では生成AIの活用が推進され、行政サービスでもAIチャットボットが当たり前になりつつある。

つまり、AIを使えない人は「教育格差」や「行政格差」に直面する可能性が高い。私自身も、AIを使わないことは現代社会でインターネットを使わない以上のハンデだと感じる。企業に至っては、AIを導入しないと業務効率で競争にならず、いずれ市場から排除されていくのは目に見えている。

この状況は単なる「便利・不便」の話ではなく、人の社会参加そのものを左右する。だからこそ「AI利用は人権的利益に近づいている」と私は考える。

AI電力需要は「命に関わる」

AIを使うには、とにかく電気がいる。国際エネルギー機関の試算では、2030年までにデータセンターの消費電力は今の2倍以上に膨れ上がる。その主要因はAIだ。

普通の人は「AIなんてクラウドで動いてるんだから、そんなに電気はいらないだろう」と思いがちだが、実際にはAIサーバーを冷やす空調や電源設備まで含めれば、都市一つ分の消費電力に匹敵することもある。つまり、AIの普及は電力インフラ全体を揺るがすレベルの話なのだ。

そして電気代が高騰すれば、高齢者や低所得層は冷暖房を我慢せざるを得なくなる。2024年には熱中症搬送者が10万人近くに達した。そのような異常気象が続く中で、エアコンの使い控えが起こると起こりうる被害は計り知れない。電力不足や料金の高騰は、直結して「命の問題」なのだ。

AIのせいで電気代が跳ね上がれば、私たちの健康リスクはさらに高まる。それは憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」に抵触しかねない、と私は思う。

ドイツの教訓:原発ゼロは生活を脅かす

ドイツは2023年に原発を完全停止したが、その後の電気料金は高止まりしている。もちろんガス価格高騰など複合的な要因もあるが、原発停止の影響は無視できない。

日本でも、もし原発を使わずにAI需要を賄おうとすれば、結局はLNG火力頼みになり、円安物価高の現在電気料金は今より確実に高くなるだろう。私は、これがエネルギー貧困を加速させる姿を想像してしまう。特に弱者にとっては、電気代の上昇は健康を直接脅かす。

再エネの拡大はもちろん大事だ。だが、少なくとも短期的に原発を外す選択はリスクが大きすぎる、と私は考えている。

三段論法

ここまで整理すると、次のような三段論法が見えてくる。

前提A:AI利用は生活・ビジネス必需品になりつつあり、使えないと社会参加が難しい
前提B:そのAIの電力需要を賄うには、短期的に原発なしでは不可能
結論C:したがって原発反対は、結果的に人権侵害リスクを高める

私はこの因果関係がどんどん強まっていると感じている。特に2030年頃には、AIなしでは教育も行政も受けられず、企業は競争力を失う。さらに原発を動かさなければ電力需要は賄えず自由にAIを使えず電気代は高騰し、冷暖房を我慢して命を落とす人が増える。ここまでつながると、原発再稼働を拒むことは「非合理」だとすら言えるのではないだろうか。

人権を守るための現実解

もちろん、私は原発のリスクを軽視するつもりはない。安全性や廃棄物の問題は確かに大きい。だが、AI時代の電力需要を考えると、無視するわけにもいかない。

現実的な解決策は、短期的には安全審査を通過した原発を再稼働し、料金高騰を抑えること。そして並行して、火力や再エネや蓄電池など使える電源を全力で導入使用すること。さらに、AIそのものの計算効率を上げ、電力消費を抑える技術開発も不可欠だろう。

「人権」を守るには、原発を含めた多様な電源の組み合わせこそが現実解だと私は思う。

おわりに

「AIは人権である」という言葉は、今はまだ誇張に聞こえるかもしれない。だが、AIなしでは教育・行政・医療にアクセスできず、電気代高騰が命を脅かす社会が来るとしたらどうだろうか。

多くの人はAIの社会的影響を議論しながら、その裏で必要になる電力量を見誤っている。私はそこに危うさを感じる。

だからこそ、原発政策を「エネルギー問題」ではなく「人権問題」としても捉え直すべきだと思う。原発推進が人権推進につながる、この主張が「常識」と呼ばれる日が来るかもしれない。


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