田園の向こうの志賀原発 その先へ
羽咋市を発ち、北隣の[志賀町]に入ります。

ナニコレ?
志賀の南部でこんな崩落、去年はなかった
ような。
地震や豪雨ですぐには崩れず、時間が経って
から崩れることもあるのでしょうか?
ここで、ちょっと時間が前後します。
2026 5/3 16時 志賀町南部 米町川付近

初日の5月3日はこの位置まで来てました。
しかし単体で記事にするには情報が少ない
ので本項に併合します。

志賀町文化ホール。
建物自体は地震に耐えましたが、入り口前
の階段が壊れたままです。
左のスロープが唯一の通路になっています。
まぁでも、元々入り口のドアが一つだけ=
それほど大人数の利用を想定してないから
このままでも問題ないのか?

十字路を挟んだ南西に仮設住宅団地があります。
震災から2年5ヶ月経ちますが、志賀町では
170世帯が現在でも仮設住宅での暮らしを
余儀なくされています。
復興公営住宅が完成して入居が可能になる
のは"令和9年度"、つまり今から1年後だそう
です…

仮設住宅団地の東の向かい、柴木総合公園。
遠くに見えている建物は志賀町役場です。

仮設住宅団地の北向かいに町立図書館。
仮設住宅団地を築くにあたって立地は悪く
ないですが…


米町川の北側には田園が広がります。
ウチの近所ではまだなのですが、能登では
ちょうどゴールデンウィークくらいの時期
に田植えが行われます。

能登はとても田んぼが多いです。
「能登ってどんなところ?」
一言で言えば「田園」です。
雨が強くなりすぎたので、ここで休暇村に
引き返しました。
ここから
2026 5/4 8時 志賀原発付近

先程の米町川流域より北西へ2kmほど。
電柱の影になってますが、遠くに[志賀原発]
の排気筒が見えます。

もう稲が実っている?
いいえ、あれは麦です。
六条大麦。
麦ごはんの麦です。
能登半島の他の土地では見かけませんが、
志賀町では盛んに栽培されています。

志賀原発まで1km南の地点。

歩道がバキバキに割れています。
その右側の車道も、同じように割れていた
のでしょう。
震災発生直後は。
現在はアスファルトがだいぶ色褪せて一見
わかりませんが。

視点が逆ですが↑2つの写真の中間の位置
の、1年前の様子です。
補修の跡がまだ新しく、分かりやすい。
道路が一度完全に断裂したのです。
もし震源がもう少し南西寄りなら、志賀町
中の道路がこうなっていたかもしれない。
繰り返しますが、この位置は志賀原発から
1km南です。

ここで復習をしておきましょう。
2024年1月の震災発生直後、「志賀原発の変圧器の油が漏れた」と報道されました。
この付近には漁港があるので海洋汚染とし
ても重大事件ですが、そもそも[変圧器]とは
何か?
志賀原発の敷地内に電気を引く装置です。
志賀原発は東日本大震災以来ずっと止まってますが、[使用済み核燃料]が原子炉建屋内
の燃料プールに保管されており、常に冷却
を続けなくてはなりません。
その為の電気を引いてるのが[変圧器]です。
その変圧器が、志賀原発内には5つあるの
ですが、内3つが油漏れ=壊れたのです。
もし5つ全部壊れていたら全電源を喪失、[使用済み核燃料]の冷却が完全に停止し、
崩壊熱を放ち続けてメルトダウン、そして
原子炉が爆発します。
あの福島第一原発の惨劇が、能登で繰り返されてしまう、実は紙一重の事態だったの
です。

恩恵無くリスクは重大、維持費はバカ喰い。
能登の被災地の「なんとかせぇや」1位です。
第一、南から志賀町に入るとまずコイツが
目につくので「志賀町=原発」ってイメージ
になるんですよ。
今回の旅では志賀原発の北側へ初めて行き
ますが、そこには志賀町の本来の原風景が
残っていました。

続く。
