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テレビ局警備という「選ばれし者の仕事」

テレビ局の警備をやったことがある。

もちろん、すべてのテレビ局がそうだとは言わない。
ただ、私がいた現場は、なかなか香ばしかった。

始業前30分は、勤務扱いされないまま現場に入る運用だった。

10時間労働でも、飯の時間は15分。
それ以外の休憩はカタチ上あるが、取る人はいない。
これが「空気を読む」というやつか?

シフトによっては18時間勤務。
さすがに4時間の仮眠時間はある。
ただ、それを入れても拘束時間は長い。
問題は「寝られる時間があるか」ではなく、そういう勤務が普通に組まれていることだ。

休み?
ランダマイズな感じで把握できん。
現場が回らないから。

この時点で、かなり労基の匂いがする。

警備だから、局内の通行許可には本来ルールがある。
入っていい人、ダメな人。
許可証、手続き、確認。
そういうものがある。

ところが、アナウンサーや局関係者の中には、顔パスされないと怒り出す人がいた。

有名人ですか。
私は知らんし。
蒼井優なら入れてやる。(過去記事参照

マイケル・ジャクソン級なら、さすがに分かる。
というより、その場合は顔パスではなく、事前に警備計画が組まれている案件だ。
地方局内の有名人を、世界的スターと同じ運用にするな。

そもそも、知っているかどうかではなく、通していい根拠があるかどうかの話だ。

警備員に必要なのは、芸能人名鑑を暗記する能力ではない。
通していいかどうかを確認するための情報だ。

顔パスさせたいなら、壁に写真でも貼っておけばいい。
名前、所属、通行可能エリア、許可範囲、更新日。
それを出せば済む。

それをしないなら、面接の時に記憶力テストでもやれ。

「この局の全アナウンサーと役員と関係者の顔を覚えられますか?」
「怒らせずに顔パス運用できますか?」
「会社のルールと現場の空気が違っても、いい感じに責任だけ負えますか?」

そこまで聞け。

しかも、会社の指示に従うと、現場ルールと違うと怒られる。
現場ルールに従うと、会社の正式な指示とズレる。

どっちなんだい。

チェックリストはアホみたいにある。
でも形骸化していて意味がない。

50項目ぐらいあったが、先輩いわく、

「全部チェック入れとけばいいから」

だそうだ。

安全のためというより、何かあった時に「確認したことにする」ための紙に見える。

パソコンで仕事をしていたら、「遊んでる」と言われる。

先輩曰く「警備員がパソコン使う仕事があるわけ無いと見られるから」
だそうだ。ほほう。

記録、入力、確認、報告。
それも警備の仕事だろうが。

そのくせテレビが付けてあって、それは見てないといけない。
放送事故とかですかね?
警備の仕事じゃないだろそれ。

労基案件ではないかと聞けば、返ってくるのは、だいたいこういう言葉だった。

「昔からだし」
「若い人はすぐハラスメントだ法律だと言う」
「ここ以外、なかなか働くところがないから」

昔からなら正しいのか。
法律を出したら悪いのか。
働く場所が少なければ、労働条件は雑でいいのか。

違うだろ。

これは根性の話ではない。
空気の話でもない。
警備の話であり、労働の話であり、責任の話だ。

警備員には責任を負わせる。
でも、責任を果たすための手順、情報、休憩、賃金、指揮系統は渡さない。

平時は「みんなやってる」。
問題が起きたら「なぜ確認しなかった」。

マスメディア。
テレビ局だろここ。テレビ局だからこうなのか。
いや、少なくとも私がいた現場では、看板と裏側の落差がすごかった。

それでいて求められるのは、顔を覚え、空気を読み、上の顔色をうかがい、会社ルールと現場ルールの矛盾を吸収し、実質休めない長時間勤務でもミスをせず、所詮は地方の有名人を怒らせず、何かあれば現場責任を負う人間。

なるほど。

これは普通の仕事ではない。

選ばれし者の仕事である。

私がワガママなのか。
常識がないのか。
社会人としての意識が足りないのか。

だとしても選ばれたくない。

まだまだ言い足りない。

そもそも、この警備の仕事は、局内の部署ではない。
警備会社から配置されている外部業者だ。

ある日、警備業務で使うプリンターのインクを取りに、依頼元である局内の部署へ行こうとした。
すると先輩から、こう言われた。

「担当者の顔色を見て、機嫌が良さそうだったら貰って。機嫌が悪そうだったら買いに行くから」

この時点で、だいぶ嫌な予感がした。

なので聞いた。

「機嫌というのはどういうことですか?仕事ですよね」

すると

「キミが嫌な思いをしたいならそう言ってみれば?」

なんだそれ。
半ば脅しじゃないか。自分が何を言っているのかわかっているのか?

しょうがないのでインクを買ってきた場合を尋ねた。

「買ってきた場合、インク代の請求はどこに持っていけばいいですか?」

返ってきた答えが、これだ。

「いやいや、そんなことしたら怒られるから、自腹で……」

愕然とした。

世間じゃこれが常識なのか。
それとも、私の常識がないのか。

警備業務で使う備品を、担当者の機嫌を見て貰いに行く。
機嫌が悪ければ、現場の人間が自腹で買う。
しかも、それをおかしいと言う空気すらない。

なるほど。
また一つ、「選ばれし者が受け入れるべき常識」が出てきた。

このほかにも、山ほど出てくる。
会社のルールと現場の空気の矛盾。
休憩のない長時間勤務。
始業前の勤務扱いされない時間。
顔パスしないと怒る関係者。
意味を失ったチェックリスト。
パソコン作業を「遊んでる」と見る人間。
駐車場と駐輪場を警備員には使わせない。
そして、何か疑問を持つと返ってくる「昔からだし」。

私は、3日で選ばれない者になることにした。
そこまで時給よくないし。

始発の公共交通機関で間に合わない時間の出勤なのに駐輪場使わせないし。
3日勤務して、退勤した後に最寄りの交通機関の営業が終わっていたこと2回。
歩いて家に帰ると3時間かかるんだぞ。

だから原付使えるかって聞いたのに。
警備会社は「使えるはずだけど、念のため1日目は交通機関で行って」
現場は「警備員は使っちゃダメ」

流石にやっとられんって。

警備員として現場にいる。責任も負う。
でも、設備や手続きの設計上は、最初から人間として数えられていない。

そして私は、勤務した3日間の記録と、文章化した書類を、警備会社の社長に直接提出した。

さすが経営者だった。
これがどういうことか、すぐに分かってくれた。

「昔からだし」
「若い人はすぐハラスメントだ法律だと言う」

そんなことは言わなかった。

ただ、顔が青くなっていた。

背景として、この警備会社がその現場の業務を受けたのは、まだ1か月ほど前だった。

前から働いていた警備員をそのまま採用し、現場運用もそのまま引き継いでいたらしい。

つまり、会社側も実態を把握していなかったのだろう。
少なくとも、私にはそう見えた。

もちろん、それで全部が免責されるわけではない。
だが少なくとも、話を聞いて「昔から」で潰す側ではなかった。

これで、先輩たちに溜まりに溜まった未払い賃金が出るといい。
先輩たちは未払い賃金とも認識してないっぽかったが。

先輩たちは、みんな優しかった。
いや、優しさとは少し違う。

たぶん、あの現場で生き残るために、怒らせないこと、逆らわないこと、疑問を飲み込むことを覚えてしまった人たちだった。

それを世間は「大人」と呼ぶのかもしれない。

私は選ばれなかった。
というより、選ばれたくはない。

選ばれし者が、少しでも報われることを願って。

社長の返答次第では……

ちなみに30分の未払い労働があったとして。
週4日勤務と仮定。
ある先輩は14年間勤務している。
時給1000円で単純計算すると、

30分 × 週4 × 52週 × 14年 = 1456時間。

金額にすると、145万6000円である。

30分などと言うな。
14年積めば、人ひとりを1456時間タダで使った計算になる。

「昔からだし」で済ませるには、なかなか立派な金額だ。

ゲーム次第では聖剣クラスの武器が買えるぞ。
エスカリボルグかエクスカリバーかムラマサかわからんけど。


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