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チャンスは、少し奇妙な姿でやってくる

チャンスの女神は、なぜ前髪しかないのか

「チャンスの女神は前髪しかない」という言葉がある。

これまで何となく聞いたことはあったが、改めて意味を確認してみると、なるほどと思った。

チャンスは、こちらに向かってやって来た瞬間につかまなければならない。通り過ぎてしまうと、もう後ろ髪はない。つまり、後から追いかけてもつかむことはできない。

言い換えれば、

チャンスは一瞬。だから、日頃から準備し、来たと思ったら迷いすぎずにつかめ。

ということなのだろう。

前髪しかない女神という不思議なビジュアル

意味は分かった。

しかし、そこでふと思った。

前髪しかない女神とは、一体どんな姿なのだろうか。

実際にイラストとして想像してみると、かなり不思議なビジュアルになる。前髪はある。しかし、後ろ髪はない。いわば、前髪だけが残された神様である。


前髪しかない女神

これはこれで、前衛的なヘアスタイルとして見ることもできる。神秘的とも言えるし、少しユーモラスでもある。普通に考えれば、なかなか奇妙な姿だ。

それにしても、なぜこんな表現になったのだろう。

「チャンスは逃すな」
「好機は一瞬」
「機会を逃すな」

そう言えば済む話でもある。

それなのに、わざわざ「前髪しかない女神」という、強烈なイメージに変換されている。

ここが面白い。

奇妙だからこそ、記憶に残る

おそらくこの言葉の力は、意味の分かりやすさだけではない。

むしろ、ビジュアルの違和感にあるのだと思う。

「チャンスは逃すな」と言われれば、たしかに正しい。しかし、どこか聞き慣れた教訓でもある。納得はするが、強く記憶には残りにくい。

一方で、「チャンスの女神は前髪しかない」と言われると、妙に引っかかる。

なぜ前髪だけなのか。
後ろ髪はないのか。
そもそもどんな見た目なのか。

意味よりも先に、絵が浮かんでしまう。

少し変で、少し滑稽で、でも意味を聞くと妙に納得する。だから記憶に残る。

つまりこれは、記憶に刺さる比喩なのだと思う。

元々は女神ではなく、男性神だったらしい

調べてみると、この言葉の由来には、古代ギリシャの「カイロス」という神が関係しているらしい。

カイロスとは、
「ちょうどよい時」
「好機」
「決定的な瞬間」
を表す存在である。

日本語では「チャンスの女神」と表現されることが多いが、元々のイメージでは、カイロスは若い男性の神として描かれることが多かったようだ。

その姿には、いくつか象徴的な特徴がある。

前髪が長い。
後頭部には髪がない。
足には翼がある。
素早く走り去っていく。

前から来たときには、前髪をつかむことができる。しかし、通り過ぎてしまうと、後ろにはつかむ髪がない。だから、もう捕まえられない。

なんとも分かりやすく、そして不思議な造形である。

チャンスとは、静かに立ち止まって待ってくれるものではない。目の前を一瞬で通り過ぎるものなのだ。

「つかむ」という言葉の荒々しさ

この比喩で面白いのは、「前髪をつかむ」という表現に、少し荒々しさがあることだ。

チャンスを丁寧に受け取る。
チャンスを慎重に選び取る。

そういう上品な感じではない。

目の前を通り過ぎる何かを、反射的につかむ。少々不格好でも、とにかく手を伸ばす。そんな感覚がある。

チャンスは、こちらの準備が完璧に整うまで待ってくれない。

「もう少し考えてから」
「もう少し準備ができてから」
「次に同じ機会が来たら」

そう思っているうちに、通り過ぎてしまう。

だからこそ、前髪をつかむくらいの瞬発力が必要なのだろう。

もっと普通の表現でもよかったのではないか

もちろん、同じ意味を表す言葉は他にも考えられる。

たとえば、

チャンスは流れ星のようなもの。見えた瞬間に願わなければ、すぐ消えてしまう。

チャンスは波のようなもの。来た瞬間に乗らなければ、同じ波は二度と来ない。

どれも分かりやすい。

しかし、「前髪しかない女神」ほどの奇妙さはない。

分かりやすい表現は、すっと入ってくる。一方で、奇妙な表現は、頭の中に引っかかる。

この引っかかりこそが、言葉の強さなのだと思う。

チャンスは、きれいな形では現れない

この言葉を経営や人生に置き換えて考えると、さらに面白い。

チャンスは、必ずしも美しい姿で現れるわけではない。

むしろ、最初は面倒ごとに見えることもある。
準備不足のまま来ることもある。
少し不格好な形で現れることもある。
リスクや不安を伴っていることもある。

あとから振り返れば、「あれが転機だった」と分かる。しかし、その瞬間には、ただの厄介な出来事に見えることもある。

だからこそ、チャンスの神様は、完璧な美しい姿ではなく、前髪しかないという不思議な姿で表現されたのかもしれない。

チャンスとは、あとから見ればありがたいものだが、目の前に現れた瞬間は、少し奇妙で、少し扱いにくいものなのだ。

前髪をつかめる自分でいる

結局、この言葉が教えているのは、ただ「すぐ動け」ということではないと思う。

大切なのは、チャンスが来たときに気づけるだけの準備を、日頃からしておくことだ。

知識を持つ。
経験を積む。
人との関係をつくる。
判断軸を持つ。
小さな行動を続ける。

そうした準備があって初めて、目の前に現れたものを「これはチャンスかもしれない」と感じ取ることができる。

そして、そう感じたときには、迷いすぎずに手を伸ばす。

チャンスの女神には、前髪しかない。

なんとも不思議な表現だ。

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