糸を扱い始めた頃の私は、目に入るものすべてが欲しくなっていました。


きれいな色? 気になる。
珍しい質感? 欲しい。
良い素材? 試してみたい。

いろいろな糸を手にするほど、自分のセレクトももっと面白くなると思っていたんです。

でも、たくさんの糸を見るようになるにつれて、むしろ逆のことが起こりました。

糸を知れば知るほど、私は「選ばない」ことが増えていったのです。

きれいな糸はたくさんある。でも、特別な糸はそれほど多くない

今の私にとって、「色がきれい」というだけでは十分ではなくなりました。

糸を手にした瞬間、その糸から生まれるものを想像できるか。

水通しや仕上げをした後、どんな表情になるだろう。

肌に触れたとき、どんな感触だろう。

大きな編地になったとき、この色はどう見えるだろう。

そして何より、この糸と何週間も向き合いながら、一着の服にしてみたいと思えるだろうか。

そんなことを考えるようになりました。

心が動かなければ、どんなにきれいでも、今は見送ることが多くなりました。

良い素材は、あくまで始まり

もちろん、今でも天然素材には強く惹かれます。

カシミヤ、ベビーキャメル、ヤク、アルパカ、上質なメリノウール、シルク、リネン、コットン……

でも、たくさんの糸に触れてきて、一つ気づいたことがあります。

良い素材だからといって、それだけで良い糸になるわけではない。

似たような混率の糸でも、触ったときの印象や、編地になったときの表情は驚くほど違います。

だから今は、ラベルに書かれた数字だけでは選びません。

糸そのものを見る。

糸の個性を見る。

色を見る。

しなやかさを見る。

編地になったときの変化を見る。

そして何より、その糸を手にしたときに自分がどう感じるかを大切にしています。

何十本もある中で、一つだけ気になる糸がある

今の私がいちばん惹かれるのは、そんな糸です。

珍しい素材のこともあります。

言葉ではうまく説明できないほど美しいニュアンスカラーのこともあります。

一見するとシンプルな素材なのに、触れてみると想像とはまったく違う糸だったりすることもあります。

そして今、糸を選ぶときに自分へ問いかけることがあります。

「私は、この糸で自分のものを編みたい?」

答えが「はい」なら、その糸を誰かにも見せたくなります。

だからきっと、私の糸のセレクトも少しずつ変わってきたのだと思います。

ただたくさんの糸を並べたいわけではありません。

自分なりのセレクションを作りたい。

有名だから、ではなく。

高価だから、でもなく。

私自身が「これは何か特別」と感じた糸を選びたいと思っています。

もうすぐ秋。糸を見る目も少し変わります

8月は、私にとって少し不思議な季節です。

まだ夏の真ん中にいるようでいて、気持ちは少しずつ秋へ向かい始めます。

自然と目に留まる色も変わります。

深みのある色。

温かみを感じる質感。

ウールやカシミヤ、キャメルの柔らかな毛。

そして、もう少し涼しくなったら身につけたい服。

この時期になると、私は特に複雑なニュアンスを持つ自然な色に惹かれます。

モスカラー。

ブラウン。

ワイン。

くすんだローズ。

グレー。

落ち葉や土、樹皮、少し色褪せた花を思わせる色。

一つの季節だけの「流行色」というより、何年経ってもワードローブの中で美しく残る色です。

私が以前より慎重に選ぶようになった、もう一つの理由

私が出会う糸の多くは、いつでも同じものを追加注文できる定番商品ではありません。

ストックヤーンだからです。

一本だけ出会うこともあります。

数本まとまって見つかることもあります。

そして、そのロットが終われば、それでおしまい。

もちろん、また別のベビーキャメルに出会うことはあるでしょう。

カシミヤにも、きっとまた出会います。

コットンやウール、シルクなどの素敵な混紡糸も、これからたくさん見つかると思います。

でも、まったく同じ素材、同じ色、同じ風合いの糸にもう一度出会えるかどうかは、私にも分かりません。

以前は、それを少し残念に感じていました。

でも今は、その一期一会こそがストックヤーンの魅力なのかもしれないと思っています。

その糸には、その糸と出会える瞬間がある。

見つけて。

触れて。

選ぶ。

そして、その先では一本の糸から、まったく別の物語が始まっていくのかもしれません。

今、私が選んだ二つの糸

ちょうど今、そんなことを感じさせてくれる二つの糸があります。

まったく違う個性を持つ二種類。

でも、どちらもこれから迎える秋にとてもよく似合う気がしています。

100% ベビーキャメル

一つ目は、ベビーキャメル100%

深みのあるモスブラウンです。

一言ではなかなか表現できない色。

ブラウンの中に、ほんの少しグレーとオリーブを感じます。

湿った土や木の樹皮、苔、乾いた秋草のような自然の色。

静かで落ち着いた色だからこそ、大きな編地になったときにとても美しく映えそうです。

そしてベビーキャメルは、私にとって「何か適当に編んでみよう」とは思わない素材の一つです。

せっかくなら、長く着たいと思えるものを作りたい。

柔らかなセーター。

シンプルなカーディガン。

ベスト。

大判のストール。

毎年、秋が来るたびにクローゼットから取り出したくなるような一着。

そして、ここにもストックヤーンならではの魅力があります。

ベビーキャメルそのものには、きっとまた出会える。

でも、ベビーキャメル100%で、この複雑なモスブラウンにもう一度出会えるかどうかは分かりません。

だから、こういう糸を見つけると、私はいつも少し長く眺めてしまいます。

コットン85% × カシミヤ15%

もう一つは、まったく違う雰囲気の糸です。

コットン85%・カシミヤ15%。

この組み合わせは、季節の変わり目にとても魅力的だと思います。

本格的なウールにはまだ少し早い。

でも、真夏の服からは少しずつ離れたくなる。

そんな時期です。

コットンの軽やかさを残しながら、カシミヤが加わることで、糸に柔らかさと上品な風合いが生まれます。

そして、私が特に惹かれたのがこの色です。

ブラウンをほんのり含んだ、くすみのあるダスティローズ。

夏の明るいピンクではありません。

少し色褪せたバラ。

乾いた花びら。

ほんの少しのワインと秋の土。

そんなものを思わせる、落ち着いた大人の色です。

薄手のプルオーバーやカーディガン、ベスト。

ジャケットの下に合わせる軽やかなニットにも素敵だと思います。

そして、こちらも同じです。

コットンとカシミヤの混紡糸には、これからもきっと出会えるでしょう。

でも、コットン85%・カシミヤ15%という組み合わせで、このダスティローズにまた出会えるとは限りません。

だから私は、少量だけ存在する偶然のようなロットを、以前より好きになりました。

糸にも、その糸がいちばん美しく見える「時」があるような気がします。

そして秋を待つ今、この二つの色にはちょうどその時が来ているように感じます。

ここでは、糸そのものだけではなく、その背景も伝えていきたい

これからnoteでは、私が出会った糸を少し違った角度から紹介していきたいと思っています。

素材について知ること。

異なる繊維を比べること。

実際の編地を見ること。

色や季節のトレンドについて考えること。

そして、なぜある糸の前では立ち止まり、別の糸は見送ったのか。

そんな「選ぶ理由」も少しずつ書いていきたいです。

今の私が面白いと感じているのは、ただきれいな糸を探すことではありません。

たくさんの糸の中から、色や素材、風合いに何か特別なものを感じる一本を見つけること。

今日は、深いモスカラーのベビーキャメルと、秋を感じさせるダスティローズのコットンカシミヤ。

一週間後には、まったく違う糸に心を奪われているかもしれません。

ストックヤーンは、そういう意味では少し秋に似ています。

いちばん美しい瞬間は、予定することも、まったく同じように繰り返すこともできない。

だからこそ私は、そんな糸との出会いを探すことが好きなのだと思います。

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